エアストライク
『それで、どうやってハルピーを殲滅するの?』
方針が逃走から徹底抗戦へと切り替わった時、現実的な話題を持ち出したのは竟だった。ジャコジャコと相変わらず銃のコッキングレバーを動かしている音が聞こえるが、声はいたって冷静だ。
ノリと勢いでやるやると言ったくせにと彼女のあからさまな態度に千景は口を尖らせるが、しかしなくてはならない着眼点だ。一旦、竟の言動の不一致には目をつむり、視線を前方のハルピーへと戻した。
ハルピーの群れ、それまでは粒のように見えていたはずなのに、いつの間にかもうその仮面の先端部にある焦点が合わない両目の挙動までつぶさに把握できる距離まで迫っていた。人の手に似た両足を小刻みにわちゃわちゃと振り回し、同じくらいバサバサと汚い両翼を羽ばたかせるその姿はさながら、雲上のゴブリンのようだった。
いっそ彼らが発する不快な怪音まで聞こえてきそうで心底嫌になる。きっと、間近にいる朱燈達は真正面から、あの人の声に似た鳴き声を聞いているのだろう。
オウムやインコをはじめ、人の声を真似する鳥類というのは一定数、存在するが、ハルピーの鳴き声はそれとは違う。似せるつもりもなければ、似せているつもりもない。ただただ不快な人に似た声、断末魔とも苦悩の喘ぎとも形容できるとにかく不愉快に人をさせる鳴き声を彼らは発する。
一説には死者の嘆きの声だ、とする学者もいるが根拠は薄弱で、冗句の類にもなりはしない。なにより、声を聞いているだけでふつふつと怒りが湧き上がる。そういう生物のそういう煽りにしか聞こえないのだ。
絵物語に登場するゴブリンと同じで、半端な知性があるからそんな声を出すのだろう。群れているという圧倒的な優位があるからハルピーはギャギャと鳴く。
現状、視界を埋め尽くさんばかりのハルピーの群れは計器に不備がなければ200を超え、300に迫る。早々見られる光景ではない。
「スウォーム現象」
パンドワゴン効果に似た21世紀ごろから提唱された集合効果。パンドワゴン効果は行列を見たら、人気店なのでは、と考える人の習性を利用する効果である一方、スウォーム現象は群れの中にいる司令塔が群体を統率するため、一種のフェロモンあるいは波を発する機能を獲得するという現象だ。
別名をスイミー現象と呼ぶ。旧来は魚群が集まる理由とか、鳥がどのようにして群れるのか、という謎を解明するだけの現象だったが、フォールン発生以後はその特異な生態を説明する言葉として使われている。
上位個体への絶対服従という逃れられない縛鎖という意味で、スウォーム現象は使われる。群れの絶対のリーダーによる統治、一種の独裁体制を説明することができるからだ。
ハルピーの上位種、ヘルン。ハルピーがフォールン化を進行させた末の産物。その声にはハルピーの脳を活性化させる作用があり、呼び寄せ、操ることができる。群体に突如として現れた統率者、それは群れを堅固にする重要なファクターだ。逆を言えば、群れのリーダーを失った生物というのはひどく脆い。
「現状、すべてのハルピーを殲滅するのは難しい。戦車砲でも持ってくるなら話は別だけどな」
『格納庫にそーゆうのはなかった』
「あれば使ってるからな。となると、取れる手段は限られる」
視線を手元の電子端末へ落とし、千景は一瞬沈黙する。なるべく言葉を咀嚼し、そしてため息混じりに吐き出す彼の舌は重く、喉はどうしようもなく乾いていた。
「火力が足りない以上、それ以外の部分で補うしかない。そこでこう考える。まず冬馬、苑秋。お前ら二人は作戦開始前に、というか今からすぐに輸送機に降りてくれ。降りたら機首の操縦室を目指せ」
『理由、聞いてもいいか?』
疑問を口にしたのは苑秋だ。おそらくは自分の隣に立つ冬馬と同じ表情をしているんだろうな、と千景は妄想する。
「近年はパイロット不足で、こういうヘリコプターみたいな小回りがきく乗り物でもない限り、基本はオートだ。オートの利点は人いらずの点であること、システムの運用がすべてコンピューター制御で行える点だが、それは言い換えれば、人間的な気配りができないってことだ。つまり」
『つまり俺達にオートパイロットを切って、マニュアル飛行をやれ、と』
「無理言うなぁ!!ていうか、それって」
「オートスタビライザーは機能しているだろうから、基本はアクセル踏めばいいだけだよ」
『簡単に言ってくれる。まぁ、一応教習は受けてるが』
けどな、と冬馬は口を尖らせる。
ヴィーザルの教習所では武器の取り扱い、フォールンの種類についての学習以外に多種多様な乗り物の操縦方法を叩き込まれる。無論、その中には現代輸送機の操縦方法もある。
ただし、多くは軍用車両、軍用バイク、あとはヘリコプターの操縦をメインに履修するため、航空機などの教習を選択している物好きは少ない。つまり冬馬と苑秋は数少ない物好きということだ。
「ガタガタ文句を言ってる暇はないぞ?今にもハルピーの群れが」
『わかった。すぐに降りる』
「あー俺死んだわー」
ぐずる二人は不承不承といった様子でそれぞれが降下の準備を始める。ヘリは二人の降下に合わせるように輸送機の真上へと移動し、そのために機体はわずかに左右へと揺れた。
自機で冬馬が降下の準備をする傍ら、千景は立てた作戦を各員に告げていく。その際、いくつかの質問が飛んだ。
内容は「撃ち漏らしたハルピーはどうするの」とか「再度進化したハルピーが出たら」とか色々だ。
ライフルを片手に千景はほくそ笑む。元来、狙撃手とは遠距離からの支援が本懐だ。その役目はなるべく遠くの敵を倒すこと。ならば今回のような任務はうってつけと言えた。
「とりあえず、作戦通りに進めてくれ。撃ち漏らしは俺、朱燈、クーミン、それからクリスティナの四人で対処する」
『りょーかい。じゃ、始めていい?』
軽い調子で返す朱燈はしかし遠距離攻撃の手段など持っていない。始めるのは彼女ではない。
「ああ。始めよう」
始めてください、と千景は操縦席に振り返り、操縦士にヘリを移動するように命令した。




