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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
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大蛇との死闘Ⅱ

 激鉄が雷管を叩く。火花が薬室内で迸った。その直後、薬室内で雷管が弾け、爆発する。銃口から螺旋を描いて発射された。


 動作として表せば至極、単純。ただ千景は最高のタイミングで最高の一撃をライフルで撃った。


 弾丸は飛翔する。マッハ2をはるかに超える飛翔速度、それを距離1,000メートルの長距離から撃った。直撃までに2秒弱、どれほどの鋭敏な感覚の生物であろうと、そのわずかな時間で体を逸らすことは不可能だった。


 まして、と千景は狙撃と同時に立ち上がり、状況を見守った。


 巨体ともなれば動きは緩慢だ。レーダーがどれだけ優れていようと、即座に動けるほど動作が機敏でなければ避けれるものも避けられない。事実、弾丸の接近を感知したスカリビは口腔を閉じたかと思えば、すぐに次の行動へ移ろうと、息を吸い込むような素振りを見せた。


 その直後、弾丸がスカリビの眼球を射抜いた。膨らんだ水分の塊を灼熱の鋼弾が打ち貫き、中身を弾けさせた。


 噴水のように血飛沫が上がる。焼きつくような痛みにスカリビは滅多にあげない咆哮を上げ、悶え苦しむ。


 激痛に襲われたスカリビは首を右へ左へ、あるいは前へ後ろへと折り曲げてダン、ダンと何度となく痛みから逃れようと頭を地面に打ちつけた。どろりと蕩けた眼球が引きちぎれ、ぶちゃりと大地へと落ちる。それは薄い一筋の煙を上げ、その周囲に血臭を漂わせた。


 眼前で繰り返される痛々しいまでの自傷行為、その理由は単に眼球を射抜かれたからだけではない。致命的な部位の破壊がスカリビに激痛を与えていた。それを確かめると千景はすぐに立ち上がり、自身が潜伏しているビルの奥へ走り出した。


 その瞬間、それまで微動だにしていなかった彼の素肌から泥や土塊、瓦礫や灰がこぼれ落ちた。その音は人の耳には大した音ではなかったし、千景の動きも必要最低限のものだったが、しかしスカリビからすれば稲妻の鳴動に等しい確かな音と衝撃だった。


 絶え間ない痛みが押し寄せる中、それでもスカリビの感覚はなお鋭敏で、その頭部の反響器官は弾丸が放たれた方向を移動する何者かの存在を確かに把握(キャッチ)した。人間を超越する圧倒的な身体能力を有するスカリビは激痛も冷めぬまま、千景の潜伏する廃墟めがけて突進を敢行した。


 獣らしい、野生的な行動。その判断の早さに千景は舌打ちをこぼした。


 蛇にしては、いや蛇だからこそ頭が回る。初速に換算して10メートル毎秒といったところか。とにかく人間の走る速度よりははるかに速いスカリビの猛追から逃げるように千景は背を向け走り出した。


 昔は何かに使われたのだろう広い灰色の何もない一室を抜け、吹きさらしになったビルの反対側に出た千景はあらかじめ用意しておいた下降のためのロープへと手を伸ばした。やはり一撃では仕留められなかった、という悔しさと同時にそれでこそフォールンという諦観がせめぎ合い、アンヴィヴァレントな感傷のまま、千景は作業をてきぱきと進め、腰のベルトにロープを装着していく。


 すべての準備を完了すると、千景は一も二もなく臆することなくビルから飛び降りた。上空80メートル、旧時代の高層ビルの中ではとりたてて高いわけでも低いわけでもないごく平均的な高さのビル、その最上階から飛び降りたのだ。


 降下用のロープをベルトに取り付け、勢いよく重力に身を任せると、まず上昇気流が背中を押した。耳元を風が通り抜け、勢いそのままに落ちる千景はライフルを落とさないようにしっかりと抱えながら数秒で高さ40メートルの地点まで降り立ったところで摩擦を強め、その足を止めた。


 風がそよぐ高度で千景は停止すると耳をすまし、近づいてくるスカリビに神経を集中させた。


 いわゆるボルトアクション方式の狙撃銃、旧時代の技術と言えばそれまでで、事実として連射性では自動小銃に数段遅れるが、整備性と耐久性はやはり構造が単純な分、こちらが上だ。


 千景にとっての狙撃の師匠がこの方式タイプの狙撃銃を愛用していたため、彼も愛用している。実際、使い心地は悪くなく、狙撃に適していると思っている。


 平時であればこんなことは起きない。蛇と似たような体躯をしているという性質上、音を立てて移動するということはない。文字通り、這いずるという表現にふさわしく、瓦礫の隙間を縫ってスカリビは移動する。


 今のスカリビにはそのような芸当を考える思考力は残されていない。怒り狂った獣は自分の闘争本能の赴くがまま、むやみやたらに突進し、自身の接近を周囲へ知らせることに一切の疑問を持たなかった。


 千景はほくそ笑み、ベルトのロックを外す。再び重力にしたがって、千景は降下していく。


 その直後、何かが彼が今まさに降りているビルめがけて激突した。衝撃はすさまじく、崩落する瓦礫の雨が自身の頭上に見えた時、反射的に千景はベルトからワイヤーを切り離し、自由落下に身を任せた。


 地面まではおよそ6メートル、常人ならば着地と同時に両足の骨を折りかねない高さだ。


 眼下にはいくつもの瓦礫の山と都市コンクリートが裂けて顕になった破裂した水道管が針山のように天に向かって突き出して地層から露出していた。下手に着地などすれば両足を折るでは済まない危険な落下、しかし千景は頭から地面に向かっていった。


 そして大地に激突するその刹那、千景の腰部から黒色の結晶体が舌のように出現し、千景と地面の間に割り込んだ。鋭く突き立てられた高密度の結晶体は大地に突き刺さり、衝撃を打ち消した。


 着地と同時に千景の腎部から生成された結晶体にヒビが入り、砕け散る。徐々に霧散していく結晶の塊には目もくれず、着地した千景は慌てて崩落する瓦礫に注意を払いながらその場から去ろうとした。


 ——直後、コンクリートの壁を貫いて、巨大な大蛇が姿を現した。無数の瓦礫の雨を抜けた先、待ち受けていたのは瞳を爛々と輝かせた怨敵だった。

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