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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
19/97

Mess & Load

 傭兵会社ヴィーザルの東京サンクチュアリ支部は行政タワーの西側に面している。通称、ヴィーザルビルと呼ばれるその建物は全高100メートルの高層建築だ。外見は縦にスライスしたピクルスを彷彿とさせ、正面玄関側が婉曲している一方で、裏側は平面という不思議な構造になっている。


 縦にも長いが、横にも広い。上層へ行くにつれて床面積が小さくなっていて、一回エントランスの横幅が60メートル以上もあるのに、最上階部分を見つめると、10メートル程度しか横幅がなかった。


 正面から建物全体を見渡すと、幾つもの骨組みが網縄状になって建物を覆っていて、縄で縛られた豚肉のような印象を受ける。ビルの中腹、ちょうど下から数えて20階のあたりは妙にひらけていて、大きな切り口が付けられているように見える。


 切り口に当たる部分にあるのはヘリポートだ。構造のイメージとしてはかまどが近いだろう。一見するとそこまで奥行きがないように見えるが、実際はかなり深く、数階まるまるがヘリ専用のスペースとして使われている。


 見遣っている間にも依頼を受けたヴィーザルの傭兵を乗せたヘリが離陸していく姿が見えた。ローター音などまるで聞こえず、実に静かな離昇だった。


 空へとローターを回転させて消えていくヘリの後ろ姿を千景は嘆息混じりに見つめていた。他ならぬ現実逃避の結果として。


 そんな千景のうろんな様子に気づいてか、彼の正面に立っていた男はその右手に持っていた電子ペンを顔面めがけて投げつけた。ぐぎゃ、という小さな悲鳴をあげて、千景はペンを投げた男に視線を戻した。


 立腹した様子のその男は黒いサングランスをかけていた。オールバックの黒髪、ほどよく日焼けした肌、無精髭をめいいっぱい生やし、自分を睨む千景にそれ以上の凶相で睨み返した。


 ガタイはすこぶる良い。肩から胸にいたるまで衣服越しでもわかる無骨な筋肉の鎧を纏い、着ている防寒ジャケットの袖口から覗かせる手首には無数の傷跡があった。歴戦の戦士を彷彿とさせるその殺伐とした容姿の偉丈夫に睨まれ、さしもの千景も居心地が悪そうに口をへの字に曲げた。


 「随分と、逃避していたな」


 電子ペンを拾い上げ、机の上に置く千景を鼻で笑いながら、男は続けた。


 「信用の失墜を軽視しちゃいないか?ヴィーザルの傭兵としての自覚を失ったか?」


 場所はヴィーザルビルの30階。数ある上級社員用執務室の一つに千景と朱燈は呼び出されていた。


 部屋の内装は執務室と言うよりかは来賓室に近い。部屋の主人の仕事机が上座にあり、その正面には来客用のソファが二つ、その間にガラス製の机があり、観賞用の造花が置かれていた。


 造花からはほのかにフローラルな香りがただよってくる。21世紀中期に流行ったインプラントアロマというやつだ。23世紀ともなれば漂ってくる香りの質は本家本元と遜色なく、実に心地良い朗らかな気分にさせてくれる。


 上座を見れば机の後ろには窓があり、左右を見れば本棚がそれぞれ3台ずつ並んでいた。部屋の隅には除湿機と循環用の扇風機が置かれ、多湿な夏場の湿気を取り除き、ほどよく熱風を室内に循環させていた。


 居心地が良すぎて、ソファなんぞ腰掛けたらそのまま寝入ってしまいそうな確信があるゆったりとした部屋での仕事はさぞや快適なことだろう。少なくとも千景や朱燈のような実戦部隊に属する社員には味わえない贅沢だ。


 室内に差す陽光はほのかな暖かさがあるが、まだ午前であるため、部屋全体を照らすほどではない。青い影が目立つその部屋は当の主人が大層な強面で、口を開けば牙でも生えていそうな狼男であるせいで、夏場であるのに冬にも似た寒さを感じさせた。


 休めの姿勢をとる千景と朱燈を男は交互に見やる。無言のまま、居心地の悪い時間が流れた。


 「報告は聞いている。貴様らと防衛軍双方のものをな」


 重く、無機質な声で男は言葉を紡ぐ。まるで何かを朗読するようなひどく機械的な言葉遣いだ。


 「結論から言えば、貴様らの処罰は保留だ。状況を客観的に分析した結果ではあるがな」


 「草鹿くさじし課長。それはつまり、今後の仕事で信頼を取り戻せ、ということでしょうか」


 千景の問いに草鹿と呼ばれた男は首肯する。


 外径行動課課長、草鹿 春久はるひさは千景にとって上司の上司にあたる存在だ。組織図で言えば千景や朱燈の上には第三特務室を預かる室長がいて、叱責、命令その他諸々の上層部からの伝聞は室長を通して彼らに伝わる。


 しかし現在、その席は空白だ。今後しばらく埋まることもない。前任者が不慮の事故を遂げた席など不吉すぎて誰も座りたがらない。


 ゆえにその一つ上、課長職にある草鹿が彼らの前にいる。千景からすれば上司が一人繰り上がったようなもので、それほど気にすることでもなかった。それに例え室長が健在だろうが、草鹿の前に自分達は立たされていたかもしれないとも思う。それほどに状況は面倒なことになっていた。


 過日の救助依頼の未達成、それはヴィーザルの信用に関わる問題となった。千景達からすれば救助したはずの人間が勝手に自爆した、というだけの話なのだが、防衛軍側は大枚を叩いて雇った傭兵が仕事を達成できずにあまつさえ、仲間を見殺しにしたとして、千景たちの処分を求めてきた。


 言いがかりにも等しい妄言ではあったが、クライアントの意向を無視することはできない。傭兵に限らず、退廃した世界であっても信用は必要不可欠で、決して損なうことはできないからだ。むしろ、既存の通貨や宝飾類がコレクションアイテム以上の価値を持たなくなったからこそ、信用は担保しづらいものになったと言える。


 信用を裏切った代償として、失敗した社員の首を飛ばす。それ自体はよくあることだ。23世紀になっても企業が生き続ける限り、それは続く。


 ヴィーザルにしても、木端社員数人のミスで防衛軍との契約に支障が出ることは望まない。だから千景自身も首を切られる覚悟はしていた。


 しかしいざ構えて沙汰を待っていたら出てきた答えは「保留」ときた。なんだかふざけているな、と思い率直に確認を取った。


 「防衛軍にしてもある種の言いがかりであるという自覚はあるから、そんなふざけた判断を認めたのでしょうか」


 千景の問いに草鹿は首肯する。曰く、ヴィーザルの防衛軍に対する影響力を損なわないためだ、と。


 政治的な話で辟易する。瞑目し、心の中で千景はため息を吐いた。


 つまるところ、現在均衡しているヴィーザルと防衛軍の雇用関係を崩したくないわけだ。大したビジネスマン精神だ。


 「一応、反省文、じゃなくて始末書は書いてもらうがな。どういう経緯があったにせよ、依頼失敗は失敗だ」


 始末書という言葉に千景は心の中で唾を吐き、朱燈は露骨に嫌そうな顔をした。緩んだ頬を引き戻し、襟を正す千景を満足げに眺め草鹿はしめしめと鼻で笑った。


 他方、草鹿が視線を朱燈に向ければ、彼女はお叱りがないと知るや否や、上司の前であるにも関わらずオーバル端末を取り出していじり出していた。しかもあろうことか踵を返して許しもなくソファに腰掛ける彼女を見て、2人が他人事のようにため息を漏らしたのは言うまでもなかった。


 「本日、呼ばれた原因はそれだけですか?つまり、自分達の処遇について云々という」


 「ふむ。いや?違うが?」

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