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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
14/97

不断Ⅲ

 『は?何を』


 「まずいんだって!いいから早く上に行ってくれ!上ならまだ助かる!」


 敬語も忘れて千景は未だに地上に残っている立山の背中を押した。


 切羽詰まって言葉を荒げる千景に立山は驚いた様子で言葉を失っていた。きっとマスクの内側では目を丸くしているだろう。


 だが、千景にとってそれはどうでもいいことだった。どうでもいい推測で、どうでもいい感想だった。いいから早く、と彼は立山を押し、彼との通信を切断する。通信を切った彼は驚いた様子で身振り手振りて何か言いたげな様子を伝えてくるが、それらすべてを無視して千景はささっとロープを彼のベルトに通すと、引っ張り上げるようにヘリの操縦士に伝えた。


 バタバタと手足を振り回しながら引き上げられていく立山を見送った千景は改めて朱燈に向き直り、ため息混じりにつぶやいた。


 「厄介なのが来たな」

 「ヘリは。まぁあたし達が昇る前に撃ち落とされるか」


 感傷たっぷりに朱燈は背後のヘリを一瞥する。ヘリに登り終わった立山が名残惜しそうにチラチラとこちらを見ていた。


 「命、賭ける気?」

 「んなことするか。ヘリが安全圏に入るまで時間を稼ぐんだよ。幸い、向こうはまだ姿を現してないからな」


 「はへー、つよきー。相手さんを考えればあんたは不利でしょ」


 千景のライフルに視線を落とす朱燈はしかし、言葉とは裏腹に本心ではそう考えていない。あくまで不利、しかし無用の長物ではないと知っているから出た言葉だ。


 「まーね。とりあえず俺が削る。朱燈は側面から強襲できるようにしとけ。どのみち、今の俺らの武器じゃ討伐まではできないだろうからな」


 さきほどまでの緊迫した雰囲気とは一転し、和やかな雰囲気を2人は漂わせ、物騒な会話を続ける。ちょうど声がすっきりと聞こえるようになった頃、はるか上空をヘリが飛んでいた。高度40メートルぐらいだろうか。


 《《まだ足りない》》。

 

 ゆっくりと離昇していくヘリの鈍重な動きに目を覆いたくなる気持ちを抑え、千景は自分の装備を確認する。彼の手元にあるのは対フォールン用のライフルが一丁、ライフル用のマガジンが二つ。サブウェポンの自動拳銃が一丁、拳銃用の弾倉は三つ。それ以外にあるものと言えば軍用レーションや血液凝固スプレー、ガーゼなどの医療品だけだ。


 いつも持ち込んでるグレネードはどうしたの、と千景の品揃えに朱燈は不満を漏らす。あいにくと彼女のいうところのグレネード、手榴弾はつい先程盛大にオーガフェイスを吹き飛ばしたばかりだ。


 「朱燈はどうなんだ。さすがに刀剣用の予備バッテリーくらい持ってるだろ?」

 「嫌味な言い方。まぁそうだけど」


 そう言って朱燈はジャケットのポケットから刀の柄頭を模した手のひらサイズのバッテリーを取り出した。下部が柄頭を模したもので、上部は旧時代のアダプターを想起させる外見となっている。


 科学技術が大きく普及し、核融合が可能となった現代であっても大半の電化製品には電池が使われている。使い勝手がよく、小型化が容易であるからだ。事実、朱燈の手にあるバッテリーは小型ながらアーク溶断が連続28時間まで可能なだけの電力を賄うことができる。


 慣れた手つきで彼女は腰の刀の柄頭をくるりと回して抜き取ると、新しいバッテリーを装着する。通常なら大して使ってもいないバッテリーを換える必要などないが、万が一を考えての判断だろう、と千景は推測し、他にはないの、と朱燈に迫る。


 しかし朱燈は首を横に振り、あとはこれくらいかな、と腰のポーチを開き、救急セットと軍用レーション、そして活性剤入りゼリーを覗かせた。彼女は手早くその中からゼリーが入ったパックを取り出すと、蓋を片手で開けて、ゴクゴクと瞬く間に飲み干した。


 中身が空になってくしゃくしゃになったパックを路傍へ投げ捨て、ふーと朱燈は深呼吸をする。そしてぴょんぴょんと彼女は地面を跳ね、次の瞬間、腰部から細長い黒い結晶体を生やした。


 「影槍えいそうの調子は?」


 朱燈が微細に動かす、二本の結晶体を見つめながら、千景は問う。朱燈はうーんと数秒だけ唸り、答えた。


 「順調だと思う。けど、ゼリー一個じゃ20分も保たない、と思う」


 彼女はそう言って、腰部から生やした影槍の維持を解いた。クッキーが崩れるように結晶がボロボロと剥がれ落ち、空中へ霧散していく。その光景を最後まで見ながら、千景はなるほどとつぶやいた。


 彼、彼女らの腎臓に埋め込まれた特殊な生体装置、影槍。フォールン化時に見られる生物の形態変化から着想を得ており、起動時は埋め込まれた装置が大きく変形し、人によって様々な形状を取る。


 変形時、影槍は特殊なマグネタイトの結晶体で覆われ、硬質な外皮となる。中身が伸縮自在であるため、非常に柔軟性があり、千景や朱燈のように長距離移動のための「足」として使う人間もいれば、これを武器として使う人間もいる。文字通り、最新の第三ヘルメス量子物理学の結晶である。


 便利な手前、リスクも大きい。変形時に水分や脂肪といったエネルギーになりそうなものは老廃物も含めて片っ端から消費してしまうため、そう長くは使えない。使い過ぎれば脱水症状や栄養失調、脂肪分の不足などで倒れてしまうことも多々ある。


 「使いすぎには注意しろよ?いざとなった時に使えませんじゃ話にならないし、それに」


 「だいじょーぶ。移動にはなるべく足、使うから」


 ならいいけど、と千景は正面に向き直る。つまらない会話をしている間に、前方の稲光はこちらに近づいてきていた。もう距離600もないだろう。常人なら4,5分かかる道のりもフォールンの健脚は2分足らずで踏破してしまう。


 その前にこちらも動かなくてはならない。


 千景は左に、朱燈は右に向かって走り出す。目配せもなく、しかし同じタイミングで2人は駆け出し、朱燈は近くの廃屋を壁伝いに移動し、千景は高層ビルの階段を登り始めた。


 道すがら、朱燈と同じように千景もゼリー飲料を口にする。ただし朱燈のように全部飲み干すのではなく、半分だけだ。エネルギー消費が激しい彼女のタイプと違って、自分の影槍は比較的効率がいいと自負しているからだ。


 それに移動のために長時間使った朱燈と違い、千景は着地のために一度使ったにすぎない。消費時間が段違いだ。


 建物の六階ほどに到着した千景は割れた窓から眼下を見下ろした。ちょうどその時、黒い大きな影が瓦礫の山を越え、姿を現した。


 ち、とその姿を見た時、千景は意図せず舌打ちをこぼした。


 「ネメア……」


 人眼の赤獅子。雷鳴の申し子。今世において最も代表的なフォールンであるそれを前にして千景はポツリとつぶやいた。

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