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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
13/97

不断Ⅱ

 『千景、ヘリが来た」』


 しばらくして届いた通信は途中で二重音声になって千景の耳に入った。空を見上げるよりも前に声が聞こえた方角に目を向けると、バイクに乗る時くらいしか付けないゴーグルを装着し、ジャケットのジッパーを上まで上げた朱燈がいた。それでも彼女の引き締まった生足は露出され、わざわざジャケットを閉める意味とは、と千景は首を傾げた。


 そんなどうでも思考の迷路から逃れるように千景が空を見上げると遠くからバリバリというロータ音を轟かせて近づいてくる姿が見えた。相も変わらずだことと、とその古臭くも人類の叡智を感じさせる外見に千景は失笑した。


 フォールン発生以前から広く普及しているマルチローター式で左右にローターを一機、機体後部に一機の計三機、装備しており、非常に安定性がある。輸送能力に重きを置いているため、やろうと思えば小型の軍用指揮車を抱えたまま飛翔できる。機体の下部には20ミリ機銃が装備され、着陸予定地に群がる敵を掃討する機能も十分に備えている。


 外見は旧時代のティルトローター機に近いが、それでもヘリと呼称されているのは単純に離着陸に滑走路を用いないからだ。実際、ただ飛んでいる姿だけを見るとヘリではなく、20世紀初頭の旅客機に見えなくもない。


 欠点があるとすれば、ローター音を消すための特殊ブレードに換装していない点だろうか。なにせシングルローターでもバリバリという音が鳴るヘリだ。それが三機ともなればさぞかし不快な大合唱となるだろう。ブレード部以外の改良が進んだ23世紀後半である現代でもこの騒音問題は残っている。


 それでもブレードを換装すればほとんど音を出ないところまで技術は進んだのだ。にも関わらず遠くからでも聞こえる大きなローター音を轟かせているのは単純な補充品不足だからだろう。


 さすがは防衛軍仕様とヘリの胴体に貼られたペイントシールを見ながら、千景は嘲笑を浮かべた。


 左右のローターを90度後部に向かって回転させ、完全なホバリング体勢を取ると、旋風が巻き起こり、より一層ローター音がひどくなった。砂塵が舞い上がり、たまらんとばかりに千景も朱燈に倣ってゴーグルを装着し、開けっぱなしにしていた防寒ジャケットのジッパーを上まであげた。


 ヘリのパイロットは千景達から見て、約6メートルほどの高さで機体を静止させた。着陸するつもりはないのか、乗り口から縄梯子が投げ下ろされ、地面にドサンという音を立てて落ちた。


 『「ホイストでしてくれればいいのに」』

 「周辺の安全が確保されているってことだろ?怪我人がいないなら縄梯子で十分ってな」


 『「釈然としないなー」』

 「エクストラクションロープで引き上げられるよかマシだろ」


 ぶーたれる朱燈をなだめながら、千景は周囲に気を配る。梯子を登っている時は非常に無防備で、敵襲への対処が難しい。たかが高度5メートル、オーガフェイスなら一飛びの距離だ。


 事実、梯子を下された隊員達はおっかなびっくりしながら上へ上へと昇っていた。いっそ牛歩と言ってもいいほどにのろく、千景がビビらせてやろうか、と腰の自動拳銃のスライドを引きかけたほどだ。


 立山をはじめとしたサンクチュアリの隊員達は次々に梯子を登っていく。安全だ、と暗に示すためか最初に登った隊員が乗り口から身を乗り出して手を振った。それを見てか、他の隊員達の昇る速度も上がっていく。


 続く2人目のために最初に登った隊員が乗り口の隅に陣取り、ヘリに上がる他の隊員の姿はなんとも微笑ましい。まさに戦場の絆、誉れあるものたちの美談と言える。


 そうして3人目が上り切り、続く4人目が梯子の中間まで来た時、不意に周囲に緊張が走った。穏やかで和んでいた帰宅ムードだったものが、唐突にもたらされた予定外の仕事によって破壊された時に人が感じる絶望をたっぷりと酸素中に混ぜ込んだ意地の悪さを感じさせる悪寒だった。


 千景はライフルのボルトを引き、彼よりも早く朱燈が腰の刀に手を掛けた。両者の表情は強張り、何もない大気に、通り風がきしむネクロポリスに視線が向けられる。


 2人の傭兵の尋常ではない形相に遅ればせながら気付いた立山も銃のセーフティーを外し、トリガーガードから人差し指を引き金に向かってすべらせた。蒸し暑いマスクの裏側、汗ばんだ体を奮い立て、立山は2人の傭兵に通信を飛ばした。


 『何が』

 「静かに。何かきます」


 それはフォールンか、と聞くのは無学の極みだろう。人類以外でサンクチュアリの外を闊歩している存在など、フォールン以外には考えられない。植物や一部の昆虫、微生物などを除けばほとんどの壁外の生命体はフォールン化しているはずなのだから。


 それでも下位のフォールンであればこれほど2人が周囲を警戒することはないだろう。オーガフェイスすら苦もなく倒す歴戦の猛者だ。それを知っている立山はことの成り行きを理解し固唾を吞んだ。


 もっとも、その唾も飲み込み切る前に状況は動いた。


 はるか前方、千景が潜伏し、今は上層部分が派手に吹き飛んだ旧カミューズ社の社ビルよりもさらに奥の方からその咆哮は轟いた。同時にビル群の合間から青白い光が迸る。


 オーガフェイスなどとは比べ物にならない、嘲笑も冷笑も失笑も苦笑も許さない身の奥底から恐怖を駆り立てる咆哮。それは一瞬にしてその場にいた者たちの心臓を寒からしめ、心を波立たせた。そしてピシャンという音と共に輝く青白い光を見た瞬間、千景は立山に向かって振り返り、さっきまでの敬語も何も忘れて怒鳴った。


 「すぐにヘリに昇ってくれ!早く!」

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