第三章 玉の秘密
日本の始まりに関わりが深い神々の神社を参った八人。
この日、最後の参拝場所である和多都美神社に向かう途中、公園で休憩した。
そこで崎村老人から玉についての話が始まる。いよいよ、玉の秘密について話が聞けるのかと、七人の子どもたちは、老人のほうに身を乗り出して耳を傾けた。
「玉といえば、わしが一番に思いうかべるのは、この話じゃ。おまえたちは、海幸彦、山幸彦の話は知っとるかな?」
「知らない」
「名前は聞いたことあるけど...」
「海幸彦、山幸彦とはアマテラスオオミカミのひ孫にあたるんじゃ。
ある日、山幸彦は、兄の海幸彦に釣り針を借りて釣りをしたんだが、釣り針をなくしてしもうた。それで山幸彦は自分の刀を溶かして釣り針を千本作って兄に謝ったんじゃ。しかし、失くした釣針を返せと言って海幸彦は許さんじゃった。
「えー、千本も釣針ば作ったとに! 意地悪かねー」
不満そうな顔の真理子。
「うん、じいちゃんもそう思う!」
笑いながらそう言うと、崎村老人は話を続けた。
「どうしたもんかと山幸彦が困っていたら、海の案内役の神様がやってきて『和多都美神社に住む海神様に聞いたら、きっとわかります』と教えてくれたそうな。
兄の釣針を探すために、和多都美神社にたどり着いた山幸彦は、 海神の娘、豊玉姫に気に入られ、二人は結婚した」
「えー、もう結婚 はやすぎー」
「はえーよなー」
崎村老人は子ども達の反応に、ふっと笑みを浮かべながら続けた。
「山幸彦はそこでの生活があまりに楽しく、釣り針を探しにきたことも忘れて三年の月日が流れた。
ある日、釣り針のことを思い出した山幸彦は、豊玉姫のお父さん に尋ねて、失くした釣り針を見つけると、兄の住む日向に釣り針を返しに戻ったのだ。
帰り際に豊玉姫は、山幸彦に、潮満珠・潮干珠という海神の力を持つ二つの玉を授けたんじゃ。その玉は、日向に戻った山幸彦を助けてくれた」
「たまー!」せっかちな雄太がさけんだ。
「秘宝の玉って、もしかしてそれ!」
「でも、その玉は山幸彦が日向にもっていったんだろ! じゃあ、対馬にはもう無いってことじゃん」
またしても宗太が突っ込む。
「そんなことぐらいわかっとる。だいたいなんや、その『じゃん』って。かっこつくんな」
「雄太! 言葉は育ったところでそれぞれだ。おまえん言葉も人から聞いたらおかしいち思われるかもしれんとぞ。
ああ、初めて会うたお前たちがぶつかるのは仕方ないが、今はそれよりじいちゃんの話ば聞け!
豊玉姫はな、二つの玉を山幸彦に渡す時にこう言うたんじゃ。こ の釣り針をお兄さんに返す時、お兄さんが高い土地に田を作ったら、 あなたは低い土地に、お兄さんが低い土地に田を作ったら高い土地 に田を作りなさい。そして、もし、兄が攻め来るようなことがあれ ば潮満珠で兄を溺れさせ、苦しんで許しを乞うて来たら、潮干珠で命を助けなさいと。
力のある二つの玉を持って、山幸彦は日向に帰っていったんじゃ。
山幸彦は、釣り針を探しに出る前も、自分の刀で千個の釣り針を作ってあやまったが、兄は許さなかったよな。今回、失くした釣り針を見つけて持って帰っても、やはり海幸彦は山幸彦を許さなかったんじゃ。
このころ、兄の海幸彦は日向の地を治めて力をふるっておった。 弟が釣り針をもって帰ってきたのに、許すどころか攻めてきたんじゃ。
そこで、山幸彦は、豊玉姫から教えられたとおりに、二つの玉をつこうて、兄を苦しめ、許しを請うたら助けるということをして、海幸彦が治めていた豊かな国を手に入れた。山幸彦は日向の国で力を得て、その後もこの地をおさめたんじゃ。
そして山幸彦の子どもを身ごもった豊玉姫は、山幸彦のあとを追って日向に行き、初代天皇、神武天皇の父になるウガヤフキアエズという神様を生むんじゃ」
「日向って、たけし君が来たとこじゃなかった?」
みつるがメガネを持ち上げながら言った。
「おおそうだ。たけしが住んでる宮崎県のことだ」
「対馬とそんな縁があったって驚いたー」
佐原たけしは不思議な話に神妙な顔をした。
「崎村んじいちゃん。おれは、玉といえばやっぱ対馬の真珠を思い出すばい。
こん浅茅湾で、今でもいっぱい養殖しよろうが。俺んちの父ちゃんも養殖の仕事に行きよるし」
「真珠! 確かに綺麗だし、高そうだし。でも秘宝...、じゃないよね」
宗太が冷静にいうと、雄太が軽くにらんだ。
「ま、そう言えばそうだな。確かに、普通の真珠ならば秘宝ではないな。
しかし、浅茅湾の真珠にはいろいろな話があるのも事実じゃ」
崎村老人は、宗太の方に顔を向けると、おだやかに言った。
「古事記などに書かれている神々の話は、だいたい縄文時代の後期といわれておる。
このころ、ヒスイの玉が今の長崎県の西彼杵半島やあとは北陸の新潟や富山県で取られておったようじゃ。それが対馬でも見つかっておる。
五センチくらいから大きいものでは十センチもある大きな玉だったようじゃ。楕円形で上の方に穴があいてる形をしておるん
じゃ」
「えー。それはすごいね!」
「しかも、すごいのは、そのヒスイは、長崎のヒスイではない。長崎では加工しておった形跡がないので、新潟県など北陸地方で作られたものだと思われる。北陸地方はその時代から加工場もちゃんとあったようだ。今でも、糸魚川のヒスイ加工は有名じゃからな。
北陸から「玉の道」というのがあっていろいろなところに運ばれ ておったようだ。それが九州の宗むな像かたでも見つかっておるんじゃ。
この対馬でも、さっき行った佐護の近くに越高というところがあってな、そこには対馬で一番古い遺跡があるが、そこからもヒス イが見つかっておる。古代から、各地の交流はあったといういうことなんだ」
「じゃ、七個の玉の一つはヒスイってこと? 早く探しに行こう!」
「ははは...、みつるは気がはやいのー」
「みんな、ご飯はたべたか? トイレにも行っておけよ。途中、トイレはもうないぞ。まぁ、山ん中でやってもかまわんがな。ははは...」
八人は、峰町をあとにして、和多都美神社へと向かった。
また来た時と同じ山道を、何度もトンネルをくぐりながら走った。
しばらく走ると昨日、来た時と同じように、みどりの中に朱い鳥居が見えてきた。
「トリイガミエマシタネ」
韓国のイ・ミンジュンがにこりと笑った。
大きな赤い鳥居をくぐるとカーブするようにくだり坂を下りて、左手にある駐車場に車をとめた。
「わぁ、今日は潮がひいてる。鳥居がでてるよー」
真理子はいつも無邪気だ。まわりの空気を明るくさせる。
崎村老人は白砂の駐車場に車をとめると、
「和多都美神社だ。まずは参ろう」
最初の鳥居をくぐると、次にまた鳥居があり、そこをくぐると本殿があった。
だいぶ慣れてきたのか、みんな上手にかしわ手をうち、参拝の姿も板についてきた。
本殿のそばに大きな松の木がある。
まるで竜のように、幹から根のほうまで長く斜めに伸びている。
「この松の木は、白蛇の姿となった豊玉姫が登って遊んでいたと言われておる。そして、この石は、豊玉姫が身ごもられた際に座ったと伝わる「腰掛け石」じゃ。これに座ったものは尻がはれると言われておるから、決して座っちゃいかんぞ」
「えー、ほんとにお尻がはれると?」
「さぁな、真理子ちゃんが座ってみるか?」
「いやー、絶対いやだー」
真理子があまりに真剣に言うので、みんなおかしくてげらげらと笑った。
「この奥に、豊玉姫のお墓と言われてる大きな石がある。そこまで行ってみよう」
本殿と社務所の間に道があり、山のほうへ伸びている。少し薄暗い感じが、霊的な雰囲気をただよわせていた。
歩きながら崎村老人は、静かに話し始めた。
「豊玉姫は、お産の時、子を産む姿を決してみてはいけないと山幸彦にいったのだが、山幸彦はのぞいてしまったんじゃ。そこにはヤワタノワニになって子を産む姿があったという。
その姿をみられて、豊玉姫は、山幸彦のおる日向をあとにしたんじゃが、その時に詠うたった歌が美しい。
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装おし 貴くありけり
どういう意味かわかるか? 雄太」
「ちんぷんかんぷんたい」
雄太の顔がおかしくて、みんなふきだした。雄太もみんなが笑う姿を見て笑った。
「赤玉というのは琥こ 珀はくというきれいな石のこと。白玉は真珠のことだ。
琥珀は紐さえも光らせることができるほど美しいが、それに劣らず、山幸彦様、あなたはまるで真っ白な真珠のように貴い姿をしておられる。
という意味だ。それだけ対馬の真珠は美しいということだ。もしかしたら、豊玉姫の化身かもしれんな」
「じゃ、やっぱ、真珠は対馬の秘宝七つの玉の一つかもしれんち言うこと?」
「ううむ。どうかな......」
首をかしげる崎村老人の目の前に、真理子がぐーに握った手を伸ばすと、手のひらをぱっと開いた。
「さっき拾ったと」
そこには、真っ白い球があった。
「おーっ、それ! 真珠じゃねぇ 」
雄太がつかもうとした。
「だめ! これは私が拾ったとよ。はい!」
真理子は、崎村老人に渡すと、にっと笑った。
「七つの秘宝の第一号!」
「よし。わしが大事に預かっておく」
両脇に生えた木々に挟まれた道を進むと、鳥居があり、その先に大きな丸い岩があった。岩には「豊玉姫の墳墓」と刻まれている。
「さぁ、豊玉姫のお墓に参ろう」
お参りが終わると、また境内に戻り、今度は海の中に建つ鳥居のほうへ向かった。
「ねぇ、崎村のおじいさん。ぼく、ひとつ気になるものがあったんですが」
「ん、なんじゃ、みつる」
「最初の鳥居をくぐっって左側に、ああ、あれです。三本の木が鳥居のように立ててある。あれって何なの?」
みつるが、神社の入り口の低いところに立っている三本の木を指さし、そう言った時だった。
「きゃあ、おじいさん。宗太君と雄太君が大変なことになってるー」
真理子が駐車場のところで、大声で叫んでいる。
鳥居の外側にいる二人の姿をみた崎村老人は驚き、すぐに二人の所にかけよった。