第二章 神々の伝説
七人の小学生が対馬に集結した。崎村老人の話では、昔から対馬に伝わる秘宝『七つの玉』を探すためだという。
「おはようございます」
朝から元気な声が響く。
「ほぉ、みつるは早起きじゃな」
「はい! ぼくの家は剣道一家で、朝は全員五時に起きて、素振りを三百回するのが日課なんです」
「はぁ、なんともすごい一家じゃな。わしの竹刀があるが、今朝も素振りをするか? かしてやるぞ。」
「い、いや。せっかくですが、対馬に来た時ぐらい休みます」
みつるは、いたずらっ子のような顔でにこりと笑った。
「みんなは、まだ寝とるか?」
崎村老人がそう言った時、ちょうど障子があいた。
「オハヨウゴザイマス」
「おお、韓国のイ・ミンジュン。ゆうべは眠れたか?」
「はい、ぼくのイエも、はやおきね」
三人は顔を見合わせて笑った。
全員が起床し、朝のしたくをすませた。
「みんな、昨日はよく眠れたか? 今日は、対馬の最南端の豆酘という所にいく。さぁさ、朝ごはんをさっとすませて、早いうちに出よう。豆酘から、佐護と昨日の和多都美神社にも行きたいからな」
「崎村老人、マジで! そら、遠すぎやろ」
雄太がすっとんきょうに叫んだ。
「そがん遠かと?」
真理子が目を見開いた。
「ああ、遠い! 遠いが秘宝の玉を見つけるためじゃ。ほうびはいらんとな?」
崎村老人は、雄太のほうを向いて、軽くふざけるように首をふりながら言った。
朝食の部屋は、寝室の隣の畳の部屋。そこに折りたたみの長い座卓が四台、長方形になるように置かれていた。朝食は、崎村老人が用意してくれた。
朝食を済ませると、全員でさっと片付け、ふたたびテーブルについた。
「今日から、対馬の秘宝、七つの玉をみんなと一緒に探していくんだが、みんなは対馬のことが何もわからんと思う。それで、作戦会議もかねて簡単に今日行くところについて話をしておこう」
崎村老人は立ち上がると、部屋の壁に貼ってあった地図を指さして、
「これが対馬の地図じゃ。今、みんながいるところはここ。厳原の中村というところだ」
「対馬って、たてに長かねー」
「韓国が近いんじゃね」
「そうだ。朝鮮半島とこんなに近い。しかし、対馬は日本の国として、ずっと昔っから、外国の人たちと交流したり、時には争ったりして、日本に大陸の文化や学問を伝えてきた。そして、日本の国を守るべく戦ってきたんじゃ。
そうそう、それはまたおいおい話すとして、今日はここ、豆酘というところに行く。そして佐護。最後に昨日行った和多都美神社に行く。ここには凄い力をもった玉に関わる伝説もある」
「へー、それが秘宝の七つの玉の一つかなー?」
「うーむ。それはまだわからん。それを探すのがお前さんたちの使命じゃ」
「しめい? 昨日は手伝ってって言ってたのに、今日はもう使命になってるじゃん」
東京から来た宗太が冷ややかに言った。
「宗太君。使命でいいっちゃない? 伝説の秘宝、七つの玉を探すっちゃけ、逆に、おれは、使命ってくらい言ってもらいたいわ。それに『じゃん』ってさぁ、ちょっとかっこつけとらん?」
対馬っ子の雄太は宗太を軽くにらみつけた。
「べつに。これが普通」
「おいおい、もう仲間割れか!
まだ宝さがしも始まっとらんのに。大事なものを探すときはな、みんなの心を一つにせんと見つからんぞ!」
崎村老人は、さとすように言うと先を続けた。
「日本の一番古い書物に『古事記』『日本書紀』というのがあるが、聞いたことはあるか? 古事記は七一二年、日本書記は七二〇年に作られたと言われておる。
それには、人間が誕生するまえに、神様がどのように生まれ、日本がどのようにできたのか、ということが書かれておるんじゃ」
「へー」
「人間は、アダムとイヴから生まれたんじゃなかと? そう習ったよ」
真理子は目を輝かせてそういった。
「宇宙はビッグバンで始まり、人類は海から誕生したんだよ」
宗太は常に冷静だ。
「まぁ、いろんな説はあるが、日本の一番古い書物に記録されている話だ。
その書物には、はじめ三柱の神が天と地に現れ、そのあと日本の島々を生み出した神々が現れたと書かれておる。
まず最初に兵庫県の淡路島。
そのあと、四国、隠岐島、九州、壱岐、そしてこの対馬。
続いて佐渡島、本州と順番に創られたこの八つを「大八島」と言うんじゃ。
大八島を生んだのは、イザナギ(男神)とイザナミ(女神)という夫婦の神様なんだが、この二柱のご先祖神と言われるのが、先ほど言うた三柱の神だ。
あまり知られておらんが、日本にとっては、とても重要な神様じゃ」
「柱って、神様は柱なの? 電信柱みたーい」
真理子が無邪気に笑うと、みんな「ほんとだー」と笑った。
「まりこちゃん、電信柱はないやろう!」 雄太は大笑いして、テーブルを軽くたたきのけぞってみせた。
「ああ、そうだな。人間だと何人とかいうだろ。しかし、神様は人間ではないので、何人とは言わないんじゃ。
神社は山の中や自然に囲まれた場所にあるじゃろ。古い時代から、木には神が宿ると考えられてきた。木と言うものに敬意を払って神様のことは、一柱、二柱と数えるんだ。
面白い話があっての。古い時代、日本では、人間は土から育ったとものと言う考え方があった。「木に人を接ぎ木して育った生き物」が人間と言うんじゃ。
万葉集という古い歌の本に、人間一人の呼び方を「一つぎ木」と短歌で読まれたりもしたそうな。人間は自然の一つ。それを忘れちゃいかんな」
「崎村んじいちゃんの話は難しくて、よぉわからん」
雄太が真顔でいうと
「いや、一つぎ木ってすごい発想だよ」
「宗太君、あったまいい」
青森のみつるが目を丸くして宗太を見た。
「なんや。おれは頭悪くてわるかったねー」
「オー、チガウチガウ。ユウタ、ダイジョウブネ」
中国から来たワン・ルイファは、女の子で優しい目をしている。日本語はうまく話せないが、かなり理解しているようだ。
「雄太、大事な話をしとるんじゃ。茶化さんで、よう、きいとけ!
さっき言うたように、最初に天と地に現れた神様のことを、造化三神と言う。
その三柱の神は、少し難しい名前だが、アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビと呼ばれておる。
豆酘と佐護という所には、そのうちの二柱の神様が祀られている神社があるんじゃ。
今から行く豆酘のタカミムスビ神社。それと佐護にあるカミムスビ神社だ。今日はとにかくそこに行ってみる」
車に乗って走ること約三十分。ずっと山の中を走る、走る。
山の中に短いトンネル、長いトンネルがいくつもあった。以前、トンネルがなかった頃は、もっと時間がかかっていたという。
途中、大きな川があり、看板に『鮎もどし自然公園』と書かれていて、吊り橋が見えた。
「ワァ、オオキナイワデスネ」
日本語があまり話せない韓国のイ・ミンジュンが嬉しそうにはしゃいだ。
「ほんとだー。水が気持ちよさそう」
「泳ぎてぇ」
みんな、車の窓ガラスに頭をくっつけて外を見ている。崎村老人は、子どもたちの声には耳を傾けず、先を急ぐように言った。
「さぁ、もうすぐだ」
そう言ってから、十分くらいはかかったであろうか。
木々の茂る山の中を走ると、下り坂になったところで『多久頭魂神社』と矢印がついた看板が見えた。本道から左に入り進むと、家が見えてきた。
町の中に入ったかと思うと、すぐに狭い四つ角が見えて、そこに神社の方向を示す看板があった。看板に沿って走っていくと、だんだん道が狭くなっていく。山に向かっていく感じがする。
すると、目の前に鳥居と石段が見え、その手前に駐車場があった。
「ここが豆酘のタクズダマ神社だ。さぁ、車からおりて」
崎村老人に促され、みんな車から降りた。
「ここにはタカミムスビの子どもであるタクズダマという神が祀られておる。この境内の中にタカミムスビ神社も建っておるんだ。
もともとはこの近くの海岸に鎮座されておったんだが、学校が建設される時にタクズダマ神社のあるこの場所に移されそうじゃ」
鳥居の脚の下に平たい岩があり、塩とさい銭の小銭がおかれてあった。
「なんか不気味―」
みつるが、まじめな顔でそういうので、
「ははは、そう言うのを神秘的と言うんじゃ」
崎村老人はさもおかしそうに大きな声で笑った。
最初の鳥居をくぐると、木の鳥居が二つあった。何段か石段を上ると正面にまた、大きな木の鳥居が見えた。右側には、手を洗うためのお手水舎があり、その左側に、神社全体の地図が書いてある。
「この神社ってこんなに広いとー? 階段がいっぱいありそう」
真理子が石段を見ながら首を軽くうなだれた。
「この先に見える神社に祀られているのが、何回も言ったが、タカミムスビの子ども、タクズダマという神様じゃ。ここを右に曲がると、ほら、その先にも鳥居がみえるだろ。あれがタカミムスビ神社だ。先に、あちらを詣ろうか」
そういうと、崎村老人は、右につながる石段を登って行った。そこにまた鳥居がある。一礼をして鳥居をくぐると社殿があった。
「さぁ、ここに造化三神のうちの一柱、タカミムスビが祀られておる。ものの始まりと言える神様だからな。しっかりとお参りするんじゃよ。」
「どうか秘宝の玉がみつかりますように!」
雄太が大きな声でいうと、子どもたちの笑い声が静かな境内に響いた。
「こら、お詣りの時はお願いばかりじゃだめだ。まずはありがとうございますと感謝を述べること!」
崎村老人は、子ども達に、お詣りの仕方も教えた。
「まずは二拝」で二回お辞儀をする。
「次は二拍手」かしわ手を二回うつ。
「最後にもう一拝」心を込めて深く一礼する。
なかなか覚えられず、みんな崎村老人のすることをちらちらと見ながら真似した。
「きゃあ」
急に四年生の真理子が大声で叫んだ。
「お、おじいさん、ヘビ!」
神社の回りは森に囲まれており、木々の根元をヘビがくねくねと滑るようにはっていた。
「おお、縁起がいいぞ。みんなにご挨拶に来てくれたんじゃよ」
「ヘビがごあいさつ? そんなのいらないよー」
真理子が口をとがらせた。
「さぁ、つぎはタクズダマ神社にいくぞ」
石段をおり、お手水舎の所に戻ると、上へ向かった石段を登った。途中、いくつか鳥居があった。
「ここにはたくさんの神さまが祀られておる」
そのつど、崎村老人は手を合わせ参拝した。
階段を登りきると、社殿の壁が見えた。
「なんか、いろいろ建ってるね」
真理子が境内の中をきょろきょろしながら見て回る。
石灯籠や、中が見えないほどツタに絡まれた大きな石碑。お墓のようにいくつも並んだ小さな石の碑。神聖な感じの空間が広がっている。建物の横に回ると、雄太が声をあげた。
「わー。すげぇ、でっかい木がある!」
「ほんとだー。でっかい!」
みんな社殿の裏手にある巨木に驚いて上をながめた。
「御神木のクスノキだ」
階段から見た時は壁側が見えていた社殿の正面には、しめ縄がかけられている。
「さぁ、みんなここでお詣りするぞ。もともと、ここには社殿はなかったんだが、豆酘寺の観音堂を今は社殿として拝んでいる」
子ども達は並んで、崎村老人の方をちらちらと見ながら、真似してお詣りをした。雄太とみつるは、つっつきながら、ふざけ合った。
「ここは気持ちのよい場所じゃね」
たけるがそう言うと、宗太が珍しく明るい表情でうなずいた
「ほんと! はじめは不気味に思ったけど、ここはすごく明るい感じがする場所だ」
雄太とみつるがきょろきょろしている。
「ナニカ、オトシマシタカ?」
イ・ミンジュが心配そうにたずねた。
「ん? 石がたくさんあるから、秘宝の石がないかなぁと思って」
みつるが、落ちてくるメガネを押し上げながら言うと、イ・ミンジュンがハハハと愉快そうに笑った。
「さぁ、次は佐護の神社に向かうぞ」
来た道をもどる途中、崎村老人がスピードを落とし、車を止めた。
「さっき行った神社を祀っとった山『龍良山』の入り口だ」
崎村老人が指さす方をみると、『龍良山入り口』と書かれた看板が見えた。
その先はまた山道に戻った。しばらく行くと『美女塚』と書かれた石碑があった。その右手には『美女塚山荘』という看板。
美女塚についての悲しい伝説を話してあげようと、崎村老人はルームミラーで後ろをみたが、子どもたちは早起きで疲れがでたのか、みんな眠りについている。
ふっ…
「もうくたびれたか」
崎村老人はルームミラーを見て優しく笑った。
豆酘から車を走らせること二時間。また、同じような景色が続く中、崎村老人は車を走らせた。エンジンの音だけがひびく。
「さぁ、ついたぞ! みんな起きれ」
目を覚ますと、目の前には細い道路のほか何もなく、周辺に木々が見えるだけ。駐車場とは言えないような道脇の平たいところに車は止められていた。
「崎村んじいちゃん。着いたって言っても何もないばい」
雄太がまだねぼけた感じで、あたりを見回した。
「この奥にあるったい」
崎村老人のあとをついて、木々の間にある細い細い道を入った。山に入った感じだったが、すぐに先は開けていて、田んぼや家が見えた。
「あー、あった!」
道の右側に大きく広がったソテツの木に隠れるように鳥居が見えた。
「わっ、めちゃ古いねー。この鳥居、壊れそう」
鳥居は木でできており、両側のソテツが葉を広げ、入り口は狭くなっている。鳥居の前に低い石段が三段ほどある。
「さぁ、ここが、カミムスビ神社だ。小さくて古いが、由緒あるすごい神社だぞ」
一礼をして、中に入ると、狭い境内があった。目の前に小さな社殿があるが、鐘もなく、さい銭箱もない。
ただその両脇には塀のように石がたくさん積んであり、この場所の特別感をかもし出している。木々に囲まれた神社の境内から上を眺めると、その間から見える空がすがすがしく感じられた。
不思議な感じのする場所だ。そんな気を感じているのか、みんな口数が少なかった。
「どこに向かって拝んだらいいと?」
「ここの御神体は日輪を抱いた女性の木像で、女神と考えられおったようじゃ。この社殿にお参りしなさい。
ほら、お詣りされた方がここにおさい銭を並べておられる」
建物の壁に取り付けられた小さな屋根のようなスレートにお金が並べられている。
「豆酘のタカミムスビは男性で、ここ佐護のカミムスビは女性と言われておる。そして、対馬固有の神様タクヅダマがそのお二人の子どもの神とされておるんじゃ。
さっき行った豆酘の神社と同じで、ここにもタクズダマ神社がすぐ近くにある。あとでそこにも行こう。
造化三神のうちの二柱が対馬にあるとはすごいことじゃ。造化三神はたくさんの神のご先祖神と言われておるが、その中でも、イザナミノミコトとイザナギノミコトが現れたことで、そのあと多くの神々を誕生させた。
みんなもアマテラスオオミカミは知ってると思うが、そのアマテラスを生んだのが、イザナギノミコトなんだ」
「アマテラスオオミカミなら知っちょるよ。天の岩戸に隠れてしまったら、世界中が暗闇になったという話があって、ぼくの住む日向からちょっとかかるけど、『天岩戸神社』っていう大きい神社があるんよ。
そこにはアマテラスオオミカミが隠れたと言われる洞窟もあって、けっこう有名なんよ」
「おお、さすが宮崎生まれじゃ」
崎村老人は、嬉しそうにうなづいた。
カミムスビ神社の参拝を終えた八人は、近くにある天神タクズダマ神社に向かった。
車が走り出したかと思うとすぐに橋があった。橋を渡りきると、すぐに右に曲がる。川沿いの道を真っすぐに進むと目の前に海に続く大きな河口が広がった。河口沿いに、港に向かって走ると、左の道脇に駐車場があり、一帯が公園のように芝生が生えていた。
公園の角を左に曲がる細い坂道が見える。山の方に続いている。
角には低い石の塀あり、その上に看板が目立つようにつけられている。大きな文字で「棹崎公園」その下に、対馬野生生物保護センターと小さく書かれている。二、三キロ上に登ると、これらがあるようだ。
「この上にはなぁ、天然記念物のツシマヤマネコが保護されてるセンターがある」
「ツシマヤマネコって、対馬の猫のこと?」
「猫って言っても、野生の猫で家で飼われてる猫とは全く違うんじゃ。今は数が減って絶滅の危機とも言われておる」
「えー! 真理子、ツシマヤマネコがみたかー」
駐車場に車を止めると、先の方に鳥居が見えた。
「ツシマヤマネコも見せたいが、今日は時間がないから、また次の機会としよう」
崎村老人はそう言うと、目の前の鳥居はくぐらず、一度、道に出ると、左側の方に入り直した。不思議なことに、そこにも前方に鳥居があった。鳥居をくぐるまでに道があり、両側には松の木が生えている。
さっき見た入口の方は鳥居の両脇は小さな石灯篭であったが、こちらの鳥居の両側には狛犬がいる。
「わぁ、ここにも大きな石積みがありますね」
ミツルがメガネをずりあげながら言った。
鳥居のすぐうしろに高く積み上げられた三角の石積み。車を止めたところにあったもう一つの鳥居の左側にも同じような高い石積みが見える。崎村老人によると、この石積みは結界をはっているという意味があるそうだ。
「あ、あれはなに?」
たけるが急に指を差して尋ねた。
奥に石段があり、その先は進めないようになっていた。石段の下にはろうそくが立てられるようになっていて、さい銭箱も置かれている。参拝場所のようだ。石段の一番上を見ると四角いものがある。
「ここが参拝所だ。見た通り、ここには社殿がない。この神社の後ろにある天道山という山が、この神社の御神体だ。
階段の一番上にあるのは鏡だ。神さまが住む神聖な場所である印で、ここから先は立ち入ってはならん場所だ。
さぁ、しっかり参拝しろ」
そういうと、崎村老人と子ども達は息があったように、揃って柏手を打った。
参拝を終えると、崎村老人は子ども達の顔を見ながら話し始めた。
「この神社の御神体は奥にそびえる天道山。朝行った豆酘のタクヅダ神社の後ろには 龍良山という山があったな。二つの神社とも山を神そのものとして祀っておるんじゃ。
豆酘からの帰り道、龍良山入り口とあったじゃろ。龍良山は昔から神が住む山としてあがめられておった。ふもとの北と南には八丁角、通称「おそろしどころ」と言って神聖な場所を守るため結界をはっておる。
祭祀する人以外は足を踏み入れてはならんという決まりがあってな。決まりを破って入った人間は二度と戻らんやったという怖い話もあるんじゃ」
「えー」
そろって全員が大きな声をあげて、顔を見合わせた。
「はっはっはは」
崎村老人は愉快そうに眼を細めて笑った。
「対馬には古くから天道信仰というのがあってな。ここ佐護と豆酘の神社の話をする時には欠かせないんだが、その話まですると難しいので、それはまた次の機会にしよう」
せっかく来たからと、崎村老人は、佐護の港や対馬の西側に広がる対馬海峡や韓国が見えるというところに連れて行ってくれた。
さっき行ったカミムスビ神社の前を通り、山道のような細い坂道をぐんぐん登っていった。山の峠を目指して走っていく眼下には、広大な海が広がっている。
「こわーい」
「まりこちゃんは、高所恐怖症かな。今から行くところはもっと高いよ」
すぐに目的地に到着した。
「うわー。海にすいこまれそう!」
目の前には、佐護の港から続く海。水平線まで広がる海原は、対馬が世界に通じていることを感じさせる風景だ。
『異国の見える丘展望所』
看板にそう書かれた建物が左手に見えた。一階の先の方は海に張り出している。海の上にいる臨場感が味わえる。男の子たちはわいわい言いながら、海に向かって「おーい」と叫んだりしていた。
「私はそっちにいけなーい」
真理子は足がすくんで、建物の突端には行けない様子だ。風がけっこう吹いていて、真理子の黄色いワンピースの裾が、はためいた。
階段があり、二階に上ると展望所になっていて望遠鏡があった。そこに行くと、朝鮮半島につながる海が遠くの方までよく見えた。貨物船のような大きな船が遠くに見える。韓国の船かもしれない距離だ。名前の通り異国が見える丘だ。
「その昔、この港にも朝鮮からの貿易の船や、役人を乗せた船がやってきたんであろうな」
海を眺めながら崎村老人がつぶやいた。
「対馬って、山や海や自然がすごくたくさんあって、神様もきっと居心地いいよね。ここに、日本の元になる神様がたくさんいるって、なんかわかる気がする」
宮崎のたけるがにっこりしながら言った。
崎村老人の嬉しそうな顔。にこにこと穏やかな顔。こんな優しそうな崎村老人は初めて見たと雄太は思った。
「さぁ、今日の最後だ。昨日行った和多都美神社に戻るぞ」
佐護という場所は今まで見た対馬のほかの所と違い、畑や田んぼが広い。そして、そこを抜けると、急に海が広がる。
佐護をあとにして、和多都美神社に向かう途中、国道沿いの右手に広い公園があった。
看板に、『峰町ファミリーパーク』と書かれている。上のほうに長いスライダーの滑り台みたいなものが見えた。
崎村老人は駐車場に入ると車を止めた。車の中で、佐護で買ったおにぎりやパンを食べながら、崎村老人は、みんなのほうを向いて大きな声で話し始めた。
「みんな、豆酘と佐護の神社はすごいけど、秘宝とどんな関係があるのかと思っとるじゃろ。ちゃあんと、顔にかいてあるぞ」
みんなは顔を見合わせて小さくうなずいた。
「よし。では、和多都美神社に行く前に、秘宝の玉に関する大切な話をしよう。よーく聞くんじゃ」
七人の小学生は息をのんで、おじいさんが話始めるのを待った。
~第三章「玉の秘密」に続く~




