第十三章 要塞の島 そのニ
翌朝のこと。
「崎村んじいちゃん、これ」
「お、雄太! どげんしたか」
「うん、おれんかあちゃんがこれを崎村老人に渡してち」
大きな皿には、いかの刺身がたくさん入っていた。
「おー、うまそうなイカん刺身ば、こげんたくさん!」
「これも預かった」
雄太は、封筒に入った手紙を崎村老人に渡した。崎村老人はすぐに取り出すと、綺麗な読みやすい文字を追った。
「崎村さん、昨日の夜、隣りの人にたくさんイカをもらいました。町からきた子どもさん達に食べさせてください。
風当たりは強いでしょうが、対馬の七つの玉は私も楽しみにしています。対馬んためにも頑張ってください。応援してる人もおりますよ」
「ううむ」
崎村老人は唸るように声をあげると、目頭を押さえた。あやうく雄太の前で泣きそうになった。
「崎村んじいちゃん、どうしたと? うちのかあちゃん、なんて?
今夜からみんなと一緒に泊ってきなさいち言われたばい」
「おお、雄太のかあちゃんは若いけど立派な人じゃな」
崎村老人は何度もうなずいて静かに笑った。
「さあ、雄太、今日も行くぞ! 今日は砲台の跡に行ってみよう」
「え、対馬に砲台とかあるんですか?」
いつの間にか、側にいた早起きのみつるが目をかがやかせた。
朝から七人の子どもを乗せた車は、対馬の真ん中を貫くように通る国道を走った。
大船越という所に、万関橋よりは小さいが、それによく似た真っ 赤な橋がかかっている。それを越えて、少し行ったところで「姫神山砲台」と書かれた看板と矢印が目に飛び込んできた。
そこを右に入ると、少し狭いがコンクリートの道が続いた。途中に集落があり、標識には『緒方地区』と書かれている。
どんどん車で進んでいくと、だんだん山道になっていく様がよくわかる。
「遠いねー」
子ども達は、はじめわいわいと騒いでいたが、不安に感じてきたのか、だんだん静かになった。
最後は離合もできないような細い山道になり、やっと車を停める場所についた。
「わー、すごーい。いい眺めだー」
車からおりた子ども達は眼下に広がる自然の美しさに見とれた。
「じいちゃん、砲台はどこにあると?」
「砲台は、まだ上だぞ。さぁ、いくぞ」
駐車場から、砲台のある頂上に向かって歩いていった。
「あ、なんか見える!」
坂道をすすんでいると茂みの間に空が見え、その側に柱のようなものが立っていた。
「わー、砲台跡に到着したのかな!」
子ども達は小走りで石の柱に駆け寄った。
「わー。すっげー、景色いいね」
「なんか、ここ、天空の城ラピュタの庭っぽいよね」
「うん。途中の看板に『天空の要塞』って書いてあったのは、こういう意味だったんだ」
「この石の柱にはなんて書いてあると?」
「姫神山砲台跡って書いてあるよ」
「ねえねえ、あれが砲台跡じゃなかと?」
石の柱の先に山手に進む道があり、その先に古い建物が見えた。
「レンガ作りで、おしゃれな砲台だね」
「あれは棲息えんぺい部と言って、軍人が暮らした部屋だ。砲台は
その裏にある。
この姫神山砲台は明治三十三年ころ、ロシアとの戦争に備えて作られた砲台だ。
ロシアが南下して対馬を占領されたら、日本の攻撃の拠点となる。
国境のある朝鮮海峡を守る必要があったから対馬には本当にたくさんの砲台が作られた。島が要塞化したんじゃ。
しかし、砲台から一発も大砲は撃たれなかったんじゃ。あるだけで脅威を与える存在だった。
対馬は昔も今も、常に最前線の島。何かがおこると要塞と化すんだ」
高い位置にある姫神山砲台から、美しい浅茅湾の海と山の景色を眺めながら、
「おーい」
「おーい」
子ども達は、大声で海に向かって叫んだ。
そこから、また駐車場まで歩いて下り、厳原の家に戻ってきた。
雄太は、いつになく神妙な面持ちだった。
古くから、対馬が日本と外国を結ぶ交流の要であり、日本を守る最前線の島であったこと、ずっと昔だけでなく近代でもそうであったと言うことがわかる砲台跡を見た。
自分が生まれ育った対馬で、古く昔から、外国の人々と交流したり、攻め入られたり、またこの対馬から海外へ攻め入ったり、様々な歴史があったことを、ここ数日で初めて知った。
今までにない思いがむくむくと心に湧きあがってきた。
「昔の対馬ん人たちは大変やったんやなー。おれもこん対馬を守らんといかん」
強く心にそう誓っていた。
一方、今日は崎村老人には辛い一日となった。
朝、近所の人とあった時に、ひそひそと冷たい話し声が聞こえたり、途中、車を降りて知り合いに声をかけられた。
「崎村さん、まだやめてなかったとね! 話は聞いとるばい。馬鹿なことは言わん。 子ども達ばはよ帰さんね」
「あーた、まーだ懲りんでやりよっとね」
ほとんどの人が、崎村老人の行動を理解しておらず、不信感を募らせていた。
崎村老人は、珍しく下を向き、時々ため息をついた。
子ども達が心配そうに見ていると、その度にこりと笑い、「心配すんな。じいちゃんは大丈夫だ」そう言って何度もうなずくのだった。
その夜、崎村老人は食事のあと、みんなの顔を見ながら、慎重な面持ちで話し始めた。
「みんなに話がある......。
対馬での秘宝を見つける旅は、明日で終わりだ。明後日はみんなそれぞれ、家へ帰るんだ」
「えー。まだ全部そろってないよ、途中であきらめると?」
「じいちゃんも悔しか。しかし、これ以上、続けられん。みんなに迷惑がかかる。
じいちゃんの力不足だ。すまんな、みんなにせっかく集まってもろうたのにな......」
崎村老人は言葉を詰まらせた。
真理子は半べその顔で涙をこらえた。
「かあちゃんが、これをみんなに見せなさいち言うて、さっきここに来た時に置いていったものがある」
その夜、雄太は食事のあと、みんなの前にあるものを差しだした。
それは小さな箱に入っていた。
箱を開けたとたん、みんなは目を奪われた。
「すっげー。こんな真珠初めて見た」
「きれーい。生きてるみたいに色がくるくる変わるとね」
らでん細工の真珠のように、表面が何色にも移ろってみえる。
「雄太君、これって、まさか......」
「うん、おれもさっき初めて聞いた。
阿比留の家にずっと伝わる宝だって!」
「すごーい。雄太君、私が拾った真珠とはだいぶ違うねー」
真理子が目を丸くして嬉しそうに言う。
「じつは......、ぼくも」
えっ!
たけるの声にみんなが驚き、振り返った。
「かあちゃんが、対馬で困ったことが起きた時、箱をあけなさいって言って、僕に渡したと」
たけるが奥の部屋から何かを持ってきた。
「たけるくん......。なんね、それは?」
「ぼくも、よぉわからんと。かあちゃんが何も言わんで、とにかく本当に困ったときに、崎村さんに渡さんねって......」
「おー。それこそが満珠干珠の玉が入った箱。
実在するかどうかもわからんと言われ続けた、ずっと昔から伝わる珠の箱だ。
そして決して開けてはいけないと言われ、だれも開けたことがない箱。
たける、これはまだ開けちゃならん」
崎村老人は蓋に手をかけようとしたたけるに、開けることを禁じた。
「じいちゃん、これで秘宝はそろったと?」
「いいえ、あとふたつです」
そう言ったのは、韓国のイ・ミンジュンだった。




