打開策というか苦肉の策
「え?」
私の提案に、リリアーヌは心底わからないという表情をしました。私が何かを頼むとは思わなかったのでしょう。
「家から持ってきた服、お姉様のお古よね?」
「そ、それは……」
「もしそれが公爵様に知れたら、どう思われるでしょうね」
「……」
少し持ち直した顔色が、再びさーっと抜けていくように見えました。でも、その意味は伝わったようでよかったですわ。嫁として送り出した娘の持ち物が姉のお古でサイズも合っていなかったら、大問題ですよね。そんな扱いの娘を送り出したのかと公爵様が抗議すればどうなるか、説明など不要でしょう。場合によっては陛下に抗議が行く可能性もあるのですから。
公爵様との話し合いがいつになるかわからないので、私はリリアーヌと共にお姉様の服の直しをして時間を潰すことにしました。
(それにしても……)
直しをするにしても胸だけでは済まないのが問題です。お姉様は私よりも背が高く肉付きもいいので、ウエストや袖、丈の長さも違うので、直すにしても作り直しに近い作業になるでしょう。それにお姉様のドレスはどれも華美で、私には全く似合いません。これではサイズを直しても違和感があり過ぎますわね。それに直しの時間もあまりありませんし。となれば……
「ねぇ、リリアーヌ。このお姉様の服とあなたの服を交換してくれない?」
「ええっ?……っ!」
私の提案にリリアーヌが驚いて、その拍子に指に針を刺してしまったみたいです。ちょっと申し訳なく思いましたが……さっきの騒動を思えばそれくらいの罰はあってもいいでしょう。それに、この提案で得をするのはリリアーヌの方です。
「何を仰って……」
「だってお姉様のドレス、どれも派手で私に似合わないのだもの。リリアーヌの方がずっと似合うわ。それにサイズもね」
「ですが……」
「お姉様の服はデザインだけでなく品質にもこだわっているわ。これならちょっとしたお出かけにも十分間に合うでしょう?」
「それは……そうですが……」
そう、お姉様は自分を飾る物には妥協しないので、物はいいのですよね、物は。ただ私には合わないというだけで。
その点リリアーヌは顔立ちがはっきりしているし体型もお姉様に近いので、私ほどの直しは要らないでしょう。それに、主から服を頂くのは侍女には名誉なことなので、彼女にとって悪い話ではない筈です。実家では侍女たちが、お母様やお姉様の服を貰ったとよく騒いでいましたしね。
「私が似合いもしない、サイズもあっていないドレスを着るよりも、リリアーヌの服の方がマシだと思わない? 侍女としてここに来たのなら、落ち着いたデザインの服を持ってきているのでしょう?」
一般的に侍女が主に付いて旅行するのは仕事の一環なので、侍女服とそれに準じる控えめな服を選びます。リリアーヌも我が家の侍女服と大人しい色のワンピースを持って来ていました。
「あまりにも似合わなすぎる服を着ていたら、公爵様やここの使用人はどう思うでしょうね?」
「そ、それは……!」
その言葉の意味がリリアーヌには伝わったようです。先ほどの失態をここの使用人に見られた以上、彼女も自分自身のためにも私が蔑ろにされていたことを隠したいはずです。
「勿論全部とは言わないわ。二、三着でいいの。リリアーヌは数日中には伯爵家に戻るだろうし、そんなに困らせるとは思わないわ」
「それは……」
どうやらリリアーヌとしてもお姉様の服に興味があったようで、目が泳いでいますわ。これはあと一押しですわね。
「私は何も持っていないから、私から同行のお礼だと言えば誰も何も言わないでしょう? お姉様もリリアーヌなら何も言わないと思うわ」
「そ、それでしたら……」
(よし!)
そこまで言えばリリアーヌは断りませんでした。実際、彼女の持つ服よりもお姉様の服の方がずっと高価なのです。私はカーディガンなどサイズ直しが不要なものと、大人しいデザインのワンピース一着を残して、残りは全部リリアーヌに渡してしまいました。リリアーヌからはワンピースを三着とショール、フード付きのロングコートを貰いました。数は足りないし質も劣りますが、お姉様の服を着ているよりはずっとマシというものです。幸い胸周りはお姉様の半分程度の直しで済むので、上にカーディガンかショールを羽織れば何とかなりそうですし。
「あ、ありがとうございます」
よっぽどお姉様に憧れているのでしょう。リリアーヌの頬が上気して、すっかり服に夢中になっています。お互いにいい取引が出来ましたわね。そういう意味では実家から送られてくる予定の物も、使えない物は誰かにあげるのもいいですわね。もしくは街で売ってお金に換えてしまうのも。どうせあの人達の選んだ物です。私には合わないでしょうから。
(はぁ、これで何とか公爵様にお会い出来そうね)
さすがにお姉様の胸が開いたワンピースでは、私の胸が出過ぎて大変なことになってしまいます。リリアーヌのワンピースに着替えてカーディガンを羽織ると、少しだけ気が楽になりました。ワンピースは紺に白の襟やレースがワンポイントになっていて、仕立ても悪くありません。カーディガンは私の手持ちにあった薄いピンクのものですが、紺色ならおかしくはないでしょう。質が劣るのが残念ですが、そんなことを気にしている余裕もありません。
(そ、そう言えば、お屋敷の皆さんは私を奥方様って呼んでくれるけれど……)
公爵様は承知していないと仰っていましたよね。ええ、確かにそう聞きました。
(ま、待って。そのことに気付かれたら、ご不快になられるのでは……)
私がお願いした訳ではありませんが、まだ顔合わせの段階なのに奥様呼びはマズいのではないでしょうか。今更ながらにそんなことに気付いてしまい、またしても頭を抱えることになったのでした。