満たされる心
ドクンドクンと規則的に紡がれる音を聞いているうちに、私の白かった頭の中にもゆっくりと色が戻ってきました。こんなに近くに、いえ、私の意識がある時に抱きしめられたのは初めてではないでしょうか。
「ウ、ウィル様?」
急にどうしたのかと戸惑う私を、ウィル様はぎゅうぎゅうと抱きしめてきますが……
「ウ、ウィル様……痛いですっ!」
「……っ! す、すまないっ!」
さすがに息が苦しくなったので声を上げると慌てて力を弱めてくれましたが、放しては下さいません。
「あ、あの……?」
「す、すまなかった。だが、その……」
そっと見上げると、ウィル様が真っ赤な顔をしながらも何だか苦しそうです。
「……こんなことなら……あなたに解呪を、頼むのではなかった……」
「ウィル様?」
「すまない……」
「ウィル様、それは……」
「まさかこんなことになるとは思わなかったんだ……呪いが、こんなにも恐ろしいものだとは思わなくて……エガードに守られて、呪いのことを甘く見ていた……あなたに、頼むべきではなかった……」
掠れて伝わってきた言葉は、まるで懺悔のように聞こえました。
「ウィル様、そんな風に言わないで下さい」
「しかし……」
「私、解呪したことを後悔していませんし、きっとどんなことになっても後悔することはありませんから」
「エル……」
「私、解呪出来て嬉しかったんです」
「……」
「私でもお役に立てるんだって。出涸らしなんかじゃないんだって思えて。ここに来てから皆さんのお役に立てて、感謝して貰えて、本当に嬉しかったんです」
王都にいた時、私は自分に価値があると思ったことはありませんでした。何をしても誰も認めてくれず、時にはありもしないことで罵倒されることもあったのです。そんな私をウィル様とこの地は受け入れて下さり、解呪という役目と価値を与えて下さいました。それをどうして後悔なんか出来るでしょうか。それは私が私を否定するも同じですから。
「ウィル様、私、ここにきてよかったって、心から思っています。解呪だって、ウィル様を元の姿に戻すお手伝いが出来て、本当に嬉しかった。聖域を取り戻せた時の皆さんの嬉しそうな表情を見た時、ああ、頑張って解呪の勉強を続けて来てよかったって、本当に心の底から温かくなって……だから、そんな風に仰らないで下さい」
本当に嬉しくて、そんな機会を貰えて感謝しているのです。その気持ちを否定しないでほしい。そんな思いを込めて私は、ウィル様の背に手を伸ばして腕に力を籠めました。
「エル……すまない」
「あの、謝らないで下さい。そう言われると、何だか悲しくなりますから……」
「だが……」
「だったら、ありがとうと、そう言って下さいませんか? そう言われる方がずっと心が満たされますから」
自分で言いながら何ともありきたりで恥ずかしい台詞に思えて俯いてしまった私に、ウィル様はわかったと言うように私を抱きしめる力を強めましたが、今度は苦しくはありませんでした。それだけで心の奥からじんわりと温かいものが広がって満たされていくのを感じます。ウィル様の胸の鼓動と息遣いだけが聞こえ、服を通して体温がゆっくりと伝わってきて、このまま溶け合ってしまいそうです。不安などの心の底にある嫌な何かがゆっくりと消えていくのを感じました。
「エル……」
「ウィル様……」
名を呼ばれましたが、何と答えていいのかわからずに名前をお呼びしましたが……ゆっくりとウィル様の顔が近づいてきます。向けられる視線の強さに耐えられなくて、思わず目を閉じると、唇に温かくも少しかさついた何かが触れるのを感じました。何度も角度を変えて押し当てられるそれに、私はすっかり呑み込まれてしまいました。
「エル」
「……は、はい?」
「結婚式をしよう。遅くなってしまったけれど」
「結婚式、ですか?」
「ああ。籍を入れた時、私はまだ呪われた姿のままだったから、式をするなんて考えられなかった。元の姿を取り戻したら直ぐに聖域の魔獣討伐に向かって、それが終わったら陛下に呼び出されて。そんな余裕がなかったけど、もういいだろう?」
真っ直ぐに、一直線に私の心を覗き込むような表情でそう言われてしまえば、否やと答える理由など私には思い浮かびませんでした。私も……憧れを捨てることが出来なかったのですから。
「ええ……もちろんです」
「盛大な式をしよう。父が亡くなってから祝い事など何もなかったからな」
「ええっ? でも……」
「領民たちにも、聖域が復活したことを伝えたいんだ。あの森は本来、領民たちが狩りをしたり採取に入ったりもしていた大事な森だったんだ。きっとまた森に入れると知ったら喜んでくれる」
そうだったのですか。昔の森の姿を知りませんでしたが、元は豊かな森だったのだとウィル様が教えてくれました。やっぱり聖域を取り戻してよかった、解呪したことを後悔なんて出来そうにありません。
「ウェディングドレスも、エルが望むものを作ろう。それに合わせた宝飾品も必要だな。ああ、忙しくなるぞ」
ウィル様が少年のように目を輝かせています。こんな表情もされるのですね。
「エル、これまでの分もあなたを幸せにしたい。させて欲しい」
「あ、ありがとう、ございま……」
最後は言葉になりませんでした。嬉しさが涙の形をして溢れ出ていきたからです。叶わない夢と思って諦めていましたが、私だってウェディングドレスを着てみたいとの思いはずっとありましたから。
「嬉しい、です。ずっと、」
「ああ、私もだ」
再びウィル様の顔が近づいてきて、今度はさっきよりも熱い口づけが下りてきました。逃げたいような、でももっとその柔らかさを感じていないような思いが恥ずかしくも離れ難く、ウィル様の思いを受け取りました。口づけに味などないのだと知りましたが、それはとても甘いもののようにその時は感じられました。




