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ここは天国

(ここは天国なのかしら……)


 あれから私は久しぶりにゆっくりお湯に浸かることが出来ました。実家では冷めた湯で行水のような湯あみしか出来ませんでしたし、ここに来るまでの宿屋も然り。

 でも、この屋敷のお風呂は驚いたことに部屋が一つ丸ごと湯あみ用になっていたのです。部屋の一角にはお湯を貯める大きな穴があって、それはベッドよりも大きいのですからびっくりです。こんなお風呂は生まれて初めてです。お陰で足を伸ばしてゆったりとお湯に浸かれました。お湯もたっぷりだなんて、なんて贅沢なのでしょう……ですが……


「ねぇ、マーゴ。これだけのお湯を運ぶのは、物凄く大変だったんじゃ……」


 実家でもお湯を運ぶのは重労働でしたが、ここのお湯の量は実家の比ではありません。もしかして相当なご苦労をかけてしまったのではないでしょうか……


「ああ、このお湯は管を引いてそこから流しているので、全然問題ありませんよ」

「え?」

「ここヘルゲンでは温泉が出るのですよ」

「温泉、ですか?」

「はい。水ではなくお湯が湧くところがあって、そこから管で運んでいるのです。ここではあちこちで温泉が湧いていて領民も入ることが出来るんですよ」

「凄いわ……そんなことが出来るのですか……」


 王都ではそのようなものを見たことがなかったので、未だにちょっと信じられない気持ちです。でも、貴族だけでなく領民もお湯に浸かれるなんて素敵ですね。王都では平民は水で洗うか身体を拭くだけだったと聞いていますから。


 湯あみの後は、侍女さん達がやって来て身体中をマッサージしてくれました。馬車での長旅で凝り固まった身体がゆるゆると解れていくのを実感しました。そう言えばマッサージをして貰ったのも生まれて初めてです。お姉様はしょっちゅうやって貰っていたようですが。


 その後は、お部屋でゆっくり夕食を頂きました。あまり食べられないと先にマーゴに伝えたので、夕食はパンと野菜や肉がトロトロになるまで煮込まれたシチューにふんわりしたオムレツとサラダで、最後にはデザートまで出てきました。量を減らして貰いましたが、それでも多すぎたくらいです。でも、どれも美味しくてずっと味わっていたいくらいでした。量を食べられないのがとても残念です。


 その日はそのままゆったりと過ごして終わりました。ちなみにベッドはソファ以上にふかふかですし、シーツも新品で手触りもよく、シミ一つありません。


(いいのかしら……)


 実家ではお姉様のお古を使っていたので、新品の物を使うのは何だか申し訳ない気分になってしまいます。

 

 目を閉じると色んな事が思い出されました。今日は初めての、それも素敵な体験ばかりで素晴らしい一日でした。でも、ちょっと気になることもあります。それはこのお屋敷のあちこちから感じる呪いの気配です。呪いは魔力を視る力があれば直ぐに気付きますが、私は精霊も見ることが出来ます。だから多分、他の人よりもずっと気になるのですよね。


(……それでも、まずは公爵様に話をしてからよね……)


 解呪するにも人様の家で勝手にするのはマズいでしょう。まずは許可を頂きませんと。それに今後のことも話さなければなりません。そんなことを考えている間に、私はすっかり夢の世界に旅立ったのでした。




(……あれ?)


 明るさを感じて目が覚めましたが、目に映った景色がいつもと違うことに一瞬戸惑ってしまいました。それでも、それも瞬きを三回する間のことで、直ぐに自分が置かれた情況を理解しました。


(すっごくよく眠れたわ……これは……ベッドの圧勝ね)


 あまりにも素晴らしい寝心地に、私は思わずベッドに手を合わせてありがとうございますと心の中で唱えてしまいました。いえ、それを言うなら昨日からの公爵家の皆様に、ですわね。こんなに良くして頂くのは人生で初めてのことです。これだけして頂いたら、嫁と認められなくても侍女か解呪師として恩返しさせて貰えないでしょうか。公爵夫人なんて柄じゃありませんし、そっちの方がずっと居心地がよさそうです。


「おはようございます。奥方様、お目覚めになりましたか?」


 ベッドの上で今後の身の振り方を考えていたら、マーゴが声をかけてくれました。


「おはよう、マーゴ。いい朝ね」

「ええ。今日も朝から晴れて気持ちがいいですわ。さぁ、朝食前に身支度をお手伝いしますわね」

「え? あ、ありがとう。でも、それくらいなら自分で出来るから大丈夫よ」

「え?」


 ついいつもの習慣からそう言いましたが、マーゴが目を丸くしてしまいました。


「あ、あの、朝は皆忙しいでしょう? だから家では自分のことは出来るだけ自分でやる様にしていたの」


 さすがに誰も手伝ってくれなかったというのは恥ずかしいので、そう言って誤魔化しました。確かに伯爵家の令嬢が手伝いなしで身支度をするなんて普通じゃありませんわね。お姉様の場合は二、三人の侍女が甲斐甲斐しくお世話していましたから。


「そうですか。奥方様はお優しいんですね」


 マーゴにそう言われてしまい、それはそれで何とも答えのしようがなかったので、私は曖昧に微笑むだけに留めました。こういう時、下手に喋ると墓穴を掘ってしまいますものね。さすがにマーゴが来てくれたので、朝の準備を手伝ってもらいました。ここでは普段は丈の長いワンピースが主流なのだというので、実家から持ってきたワンピースに着替えましたが……


(困ったわ……これ、お姉様のお古よね……)


 数日分の着替えなどは持ってきましたが、サイズが合いません。特に胸の周りが……さすがにこれではみっともないですわね。私に用意したとお母様が仰っていたので信用していましたが、まさかお姉様のお古だったとは思いませんでした。仕方なく上からカーディガンを羽織って誤魔化しました。うう、後で直さないといけませんわね。裁縫道具は持ってきたので、朝食の後で持ってきた服を確認しなければいけなさそうです。




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