家族再び
立て続けに色々起き過ぎて、ウィル様のことすっかり失念していました。改めてアリッサ様にお礼を申し上げて外に出ると、ウィル様が非常に険しい表情で腕を組んで壁に背を預けて立っていらっしゃいました。
「エル! 大丈夫か!?」
「ええ、アリッサ様が助けて下さったので問題なかったです。あの、アリッサ様にお願いして下さってありがとうございます」
「嫌な予感がしたんだが、さすがにレストルームには踏み込めなくて。そこに通りかかったから頼んだんだ」
「そうでしたか。お陰で助かりました」
「だがあの女……よくも俺のエルに……とにかく冷やそう」
私の腕が赤くなっているのに気づいたウィル様は直ぐに控室へと向かいました。
「……赤くなっている」
「そうでしたか。夢中だったせいか痛みは感じませんでしたし、これなら一晩経てば消えますよ」
「それでも許し難い」
ウィル様の表情が段々と険しく、目が座っていくのがはっきりとわかりました。私のことを心配し、怒って下さったせいか、不思議とお姉様への怒りは湧きませんでした。むしろウィル様やアリッサ様の心証を悪化させて大丈夫なのかとそっちが気になります。
「心配して下さって……あ、ありがとうございます」
「いや、結局守れなかった。すまない」
「いえ、これで済んだのもウィル様のお陰ですわ」
そこでようやくウィル様の表情が和らいで、その変化に私の心拍数はまたじわじわと上がっていきました。以前は心配されることが負担に感じてつい謝っていましたが、今はそれ以上に胸の中が温かくなって何だか泣きそうになってしまいます。
「術を、仕掛けて来たんだな」
「はい。アリッサ様も気づかれたようです」
「そうか。では心配はないな。さ、赤みは消えたみたいだな。会場に戻ろう」
「はい」
いつの間にか治癒魔法までかけて下さったらしく、腕の赤みはすっかり消えていました。差し出された手に躊躇することなく自分の手を重ねました。
会場に戻った後は、ひたすら挨拶に追われました。お姉様が広げた学園での噂は社交界にも広まっていたようですが、陛下の一言で嘘のように人が押しかけてきました。それはウィル様も同じで、その手のひら返しに感心してしまいます。それでも、蔑まれるよりはずっといいし、相手の思惑が透けて見えるので卑屈にならずに済みました。
ただ……最後に未婚の令嬢をさりげなく紹介していくのは地味にイラっとしましたが。それにはウィル様も辟易したようで、対抗するかのように妻が可愛いアピールをされるのできっと顔が赤くなってしまっていたでしょう。
「トーマス!」
人の列が一段落ついた頃、近付いてきた人物にウィル様は仮面を外すように表情を崩しました。
「ウィル、声を掛けてくれて助かったよ」
どうやらトーマス様は私たちに声を掛けようとしていたけれど、貴族達が連なっていて近付けなかったようです。親しくてもこういう公式の場では爵位が物を言うので、侯爵家の生まれでも無爵のトーマス様からウィル様に声をかけるのは難しいのですよね。あら、それを思うと両親とお姉様はやはり勇者ですわね。
「どうやらあの件、片が付きそうだ」
「そうか。助かった」
何やら声のトーンを落として話す様子に仕事のことかと思い黙っていると、ウィル様から「すまないが後で話があるから」と言われました。何の事かと聞き返そうとしましたが、また知らない方に声を掛けられて聞きそびれてしまいました。
どれほど時間が経ったのでしょうか。挨拶もほぼ終わり、喉も顔や足の筋肉もそろそろ限界を感じていた時に、彼らはまたやってきました。
「ヘルゲン公爵閣下、失礼致します。エルーシア、話がある」
一応ウィル様に頭を下げて話しかけてきたお父様。ウィル様を無視せず頭を下げたのは随分進歩しましたが、マナーの点ではまだ及第点は差し上げられませんね。お母様とお姉様も神妙な顔をしていますが、目は獲物を狙う魔獣にそっくりです。
「何だ、リルケ伯爵」
「公爵様、いえ、他愛もない内輪の話です。エルーシア、レオナードのことで話がある」
「レオの?」
さすがにレオのことと言われると私も無視出来ません。あの子は今学園に通っていますが、そこでは特に虐待されているような話は出ていないとエンゲルス先生の手紙にはありましたが……
「人には聞かせられん話だ。ついて来い」
そう言うとお父様は私の返事も聞かずに背を向けて歩き出そうとしましたが……
「お断りします」
レオが心配ですが、彼はリルケ伯爵家の嫡男です。今までも両親はレオに手を上げたことはなく、お姉様も私にするような悪態をついているのを見たことはありません。嫡男は次期後継者として常に王家が気にかけているので、滅多なことは出来ないのですよね。
「……何だと?」
「エルーシア、なんて薄情な子なの! 弟のことが心配ではないの?」
お父様が皴とシミの浮かぶ額にミミズのように血管を浮き上がらせ、お母様は剣呑な目を血走らせてふくよかすぎる頬を更に膨らませました。お姉様だけは扇で目より下を隠して平静を装っていますが、目には馬鹿にするような色がありありと見えます。
「話ならここでも出来ますわ。それに、お父様に命令される謂れがありません」
「何だと!」
「何度も同じことを言わせないで下さいませ。私は公爵夫人なのですよ?」
もう何度言ったら理解して下さるのでしょうか、私はもうお父様の下にはいないのだと。
「もう、エルーシアったら。そんなことを言ってお父様とお母様を困らせるものではないわ」
親孝行な娘になりきっているお姉様はゆっくりと私に近付いてきました。その笑みは慈愛に満ちた聖母のように周りには見えるのか、頬を赤らめる令息がちらほらと見えました。大した演技力ですわね、お姉様。
「ね、エルーシア。今度こそ私のいうことを聞いてもらうわ。ウィル様の妻の座、私に譲りなさい」
私にだけ聞こえるような小さな声で囁くと、お姉様の魔力が弱いながらも私に流れ込むのを感じました。次の瞬間です。
「お話し中、失礼しますわ」
「え?」
「ぁ……」
私たちに声をかけたのは、アリッサ様でした。




