厄介事がやってきた
その翌々日、ヘルゲン公爵家のタウンハウスに小さな嵐が訪れました。両親と姉が押しかけて来たのです。その時私はウィル様と一緒に書庫で調べ物をしていたところでした。
「旦那様、如何致しましょうか?」
「そうだな。何の前触れもなく押しかけて来たんだ。相手にする必要はないだろう」
訪れを告げたライナーに、ウィル様はさらっとそう答えました。こうなることは予測していましたが、ウィル様は両親らの思う通りに動く気はないようです。両親らが門前で騒がなければいいのですが……そしてライナー、面倒事を押し付けて申し訳ないです。
ウィル様の意を汲んだライナーが下がると、ウィル様はそっと窓辺に寄りました。ウィル様の視線の先には、タウンハウスの玄関が見えます。門の前に馬車が止まっていて、実家の使用人が玄関でライナーと何やら話をしています。使用人が何度か往復すると、とうとう父が出て来るのが見えました。大人しく出直せばいいのに食い下がるなんて……
「ウィル様、申し訳ございません……」
「エルのせいじゃないから気にしないで。エルが一番の被害者なんだから」
ウィル様はそう言って下さいますが、それでも肺の中がじわじわと凍っていくようで息苦しいです。終いには母と姉まで馬車から降りてきましたが……ライナーが怯むことはなく、じりじりと門を守る護衛たちが近づいているのが見えます。騒ぎ立てた場合は強制排除でしょう。
「ああ、諦めたようだね」
ウィル様の言葉通り、程なくして両親と姉が馬車に向かって歩いて行くのが見えて、ようやくほっと息が吐けました。ライナーは温厚そうに見えますがのらりくらりと躱すのが上手いし、いくら父たちが頑張っても相手は公爵家、押し入るわけにもいかないでしょう。
「随分しつこかったね」
「ライナー、ごめんなさいね」
「いえ、お気になさらず」
戻ってきたライナーに声をかけると、彼は私を見て申し訳なさそうに小さく頭を下げました。いえいえ、ライナーは全く悪くありません。謝罪の意を込めて私も同じように頭を下げました。
「それで、あちらは何と?」
「はい、旦那様はお留守だと申し上げたところ、だったら奥方様にお会いしたいと。それは旦那様の許可が必要ですと申し上げましたが、家族なのだからと……」
家族とは言っても既に結婚していて、今私の籍も権限もウィル様がお持ちです。ウィル様の許可がない以上、家族だからで通用する話ではないのですが……
「そうか。また来る気なんだろう?」
「はい、都合のいい日をお知らせくださいと仰っていました。返事をするのは旦那様のお心次第だと申し上げましたが、ご理解頂けたかは……」
ライナーも確証がないのか最後は言葉を濁してしまいました。通常は先に手紙で訪問したい旨をお願いし、相手から返事が来た場合のみ訪問が可能です。相手が上の家格の場合、相手が否と言ったり返事がなかったりしたらそこで終わりです。今回は連絡もなく押しかけてきた時点でアウトですし、ウィル様がわざわざ返事を返す義理もありません。
「私としては、夜会まで放っておこうと思うんだけど」
「夜会までですか?」
「ああ。彼らの要求はエルと姉の入れ替えだろう? そんな要求を呑む気はないから来て貰っても意味がないし時間の無駄だ。馬鹿な要求をするなら人目がある方がいいと思ってね。勿論、それまでに自分たちの希望が非常識だと悟ってくれればいいのだけど」
その可能性は限りなく低いとしか思えませんが、確かに会っても時間の無駄ですし、夜会という人目の多い場所ならそんなに馬鹿なことは言い出さないでしょう。夜会であれば証人がたくさんいますし。ですが、王家の夜会をそのようなことで騒がせていいのでしょうか……
「ライナー、彼らから接触があっても全て無視してくれていい。私は魔獣討伐と呪いの後始末で忙しいとでも言っておいてくれ。嘘ではないからね」
「畏まりました」
確かにウィル様は陛下との面会以外でも何度か登城していてお忙しそうです。私はその間お屋敷でのんびりさせて貰っていますが、私宛の面会は全てウィル様が許可しないと断っているのですよね。それではウィル様が責められるのではないかと言うのですが、ウィル様は「妻を守るのも夫の務めだからね」と言って取り合ってくれません。
ライナーやデリカも同意見なので、私は有難くそれに甘えさせて貰っています。幸い仲がいい友人もいなかったし、使用人の皆さんもよくしてくれるので、寂しかったり暇になったりすることはないのですが、いいのでしょうか。
その後も何度か両親や姉から手紙が届きました。ウィル様からの返事がないため、後半は私宛にウィル様を説得するよう命じる手紙になりましたが、それらは全てウィル様も目を通して、「公爵夫人に無礼な人たちだね」と笑っています。内容を知ったウィル様やライナー、デリカの笑顔がとっても怖いものになっていて、三人の信頼関係は強いなぁなんて思ったのは、もしかすると現実逃避だったのかもしれません。
(本当に両親と姉が申し訳ございませんっ!!!)
謝らないでほしいと言われたので口には出来ませんが、何度心の中でそう叫んだことか……
「エル、何を言ってきても決して勝手には動かないようにね。私が留守中でもライナーやデリカに相談するんだよ」
「わ、わかりました」
「私も外出は極力減らそう。陛下には事情を話してあるから大丈夫だろう」
「ええっ? お、お仕事はさすがに……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「ですが……」
「夜会が終われば静かになるだろうから。それが終わればまた登城するからね」
にっこりウィル様が笑ってそう言いましたが、何だか笑顔の圧が凄いです。美形なので余計に迫力がありますし。でも、そういうものなのでしょうか。
(私も、今度こそちゃんと向き合わなきゃ)
今でも実家のことを考えると気が重くなりますが、ウィル様のためにも非常識な要求にははっきりと否と言えるようになりたいです。呪いがかかっていたから今までは仕方なかったとしても、今はもう違うのですから。




