呪いが解けた後
それから私は皆さんの甲斐甲斐しいお世話によって順調すぎるほどに回復しました。三日目には普通の生活に戻れたのだからびっくりです。今はバルコニーでウィル様とエガードとお茶をしているところです。
私の中にローレという神獣が居ると言われましたが、今のところ魔力以外で自覚症状はありません。
そのローレという神獣はエガードと共に生まれた片割れのようなもので、ずっとあの聖域で一緒に暮らしていたそうです。魔力が多いウィル様はあの聖域でエガードたちと遊んだこともあるそうです。なんとも規格外な話ですが、エガードはあの森を守る神獣としてヘルゲン公爵家と昔から交流があったのだと言いました。
「それで……エガードは聖域に帰らなくてもいいの?」
「完全に浄化されたから、わしがおらずとも大丈夫だろうて。それよりもローレの方が心配じゃ」
このお屋敷にいる間は子犬体型を維持することになったようで、イスの上にちょこんと座るエガードはとっても可愛らしいです。本来の力を取り戻したせいでしょうか。精霊がたくさんエガードに集まってその光景は圧巻です。さすがは神獣です。
「ローレはいつになったら目を覚ますのかしら?」
「そうじゃな、それなりに力が戻れば目を覚ますじゃろう」
ローレが私の中に逃げ込んだのは、生命を維持する魔力が空っぽになったからだそうです。目覚めるには魔力が必要で、今は私のそれを少しずつ取り込んでいるのだとか。
「いつまでかかるんだ?」
ウィル様がぶっきらぼうに尋ねました。どうもウィル様はローレが私の中にいることが気がかりなようで、エガードへの態度も辛いのですよね。エガードのせいではないのですが……
「そうじゃなぁ……エルーシアの魔力量はウィルバートほどないからな。下手をすると年単位かかるやもしれぬ」
「年単位……」
「……そうか」
そんなに時間がかかるとは思いませんでしたが、エガードもウィル様の中で半月ほどは目を覚まさなかったそうです。私たちの場合、魔力量や同化した状況を考えるとそれ以上はかかるだろうと言われました。幸い私の体調には影響がないようなので、そこは有難いです。
ローレのことは今すぐどうにかなる話ではないので、気長に待つことにしました。ウィル様とエガードが先に経験していますし、ローレはエガードの片割れというからには、悪い話にはならないでしょう。
(それにしても、これからどうしたらいいのかしら……)
何年も先の問題よりも、私は現状の方が大問題でした。ウィル様の呪いが解け、神獣の森も元に戻りました。それ自体は大変喜ばしいことですが、私は素直に喜べずにいました。それというのも……
(ウィル様が元の姿に戻った今、私がここにいてもいいのかしら……)
ウィル様の妻になったとは言え、それはお互いに事情があり、利害が一致したからです。ウィル様は陛下からの縁談攻撃を止めるため、私は実家に戻りたくなかったからですが、その前提の片方が崩れてしまったのです。
(きっと呪いが解けた今の秀麗なお姿なら、どんな令嬢でも選び放題よね……)
お若くして公爵家の当主になり、国王陛下の甥で、膨大な魔力を持つ魔術師でもあり、魔獣を倒せるほどに剣の腕も凄くて、しかもあの麗しさです。きっとそのことがわかったらものすごい数の釣書が届きそうです。もしかしたら王女様だって望めば叶うのではないでしょうか。
そんな素晴らしいウィル様の隣に、お飾りの妻の私がこのまま居座るなんて許されないでしょう。陛下も呪いを理由に断られ続けていたから我が家に声をかけられたのでしょうが、元に戻ればお気持ちが変わるように思います。公爵家にとっても出来る限り家格が高くて優秀で美しいご令嬢がいいに決まっています。こんな契約結婚など一日も早く解消して、素敵な女性を妻に迎えるべきなのです。そうは思うのですが……
(ウィル様が他のご令嬢を……)
そう考えるだけで私の胸がどうしようもなく痛むのです。私は……いつの間にかウィル様を好きになっていました。好きになってはいけないのに……本当の夫婦になんかなれないのに……
(離婚して、どこか田舎にでも籠った方がいいのかしら)
離婚してもきっとウィル様は私の境遇を案じて追い出したりはしないでしょう。私が望んでいた通り、ここで雇って下さるのは間違いない気がします。私がここにいればウィル様や騎士たちが呪われても解呪出来ますし、お役に立てて食べるにも困らないでしょう。そうは思いますが、今はその優しさが辛く居たたまれません。いっそ顔も見たくないとでも言って放逐してくれた方がすっきり諦めもつくでしょうに。
(……いっそ、当たって砕け散ってしまえば気が済むのかしら……)
ふと、そんな考えが浮かんだ自分に驚きました。以前ならそんなことなど絶対に思い浮かばなかった気がします。もしかするとこれも私にかけられた呪いが解けたせいなのでしょうか。自爆しようだなんて前向き過ぎてどうかと思うのですが……トーマス様が私の性格がどうしようもなく悪いので呪いをかけた可能性もあると言っていましたが……もしかしてそれが正解、だったのでしょうか。
(いやだわ、そんな性格だったら益々お側になんかいられないじゃない)
でも、そんな性格の悪い自分をウィル様に知られる前にお暇した方がいいのかもしれません。私は頭を振ると痛む胸を意識的に頭から追い出して、今後の身の振り方について考え始めました。




