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呪いで異形になった公爵様と解呪師になれなかった私  作者: 灰銀猫


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解呪したのに……

(終わった……? でも……)


 魔獣は氷が解けるように小さくなっていきますが、まだ瘴気が消えません。これで終わりかと思いましたが、何だか嫌な胸騒ぎがします。


「エルーシア、大丈夫か!?」


 魔獣を倒したウィル様が声をかけてくれました。ウィル様も魔獣を倒したと思っているのか、表情は明るく見えます。でも……この不安は何でしょうか……


「ウィル様……」

「どうした?」

「まだ……瘴気が消えないのです。さっきと変わりがなくて……」

「何だと!?」


 私がそう言うと、ウィル様は慌てて振り返って魔獣に視線を向けました。その時です。


「皆、魔獣から離れろ!!」


 ウィル様の叫び声とソレが変化を見せたのはほぼ同じでした。魔獣が……崩れて消えていこうとする魔獣の中から何かが現れたのです。


「な、何が……」


 それは小さな子犬でした。赤茶色で、大きさはエガードと同じか一回り小さいくらいでしょうか。でも、ちっとも可愛くありません。目は赤黒く濁り、牙を剥き出してこちらに敵意を向けています。額にある角も黒く、それでいて赤みを帯びて光っているようにも見えます。その禍々しさからは先ほどの魔獣を凝縮したような、そんな風にすら見えます。


「あれは……!!」


 その姿に声を上げたのはウィル様でした。かなり驚いているようですが、もしかしてお知り合いでしょうか? 


「まさか……ローレ……か?」


 ウィル様の呟きが聞こえましたが、それは酷く弱々しいものでした。


「ローレ!! 俺だ! ウィルバートだ!!」


 ウィル様の叫びが辺りに響き渡りました。近くにいた騎士たちは魔獣を遠巻きにして様子を伺っていますが、ウィル様の声に戸惑っているように見えます。


「ローレ!! 目を覚ませ!!」

「グルルルル……」


 ウィル様が何度もローレの名を呼びますが、ローレと呼ばれた子犬は威嚇するばかりです。でも、かなり弱っているのでしょう、その姿は倒れ込む寸前のそれにしか見えません。それでも身体からあふれ出る瘴気は相当なものですが……


(この子を解呪すれば……元に戻るのかしら?)


 この子の呪いを解けば、この子もこの聖域も元に戻るのではないでしょうか。目を凝らすと子犬の右足に呪いの術式が視えます。


「ウィル様、暫くの間、この子の動きを止められませんか?」

「エルーシア?」

「右足に呪いの術式が視えます」

「呪いだと!?」

「はい。少しの間だけでも動けないようにして頂けたら、解呪出来ると思います」


 幸いにもそんなに複雑な術式ではなさそうです。先ほどの魔石ほどの時間はかからないでしょう。


「足止めでいいのか?」

「はい、さっきほどの時間はかからないと思います」

「……わかった」


 そう言うとウィル様は何やら唱え始めました。ああ、あれは魔術ですね。そう言えばウィル様は魔術の才もおありだったと伺っています。子犬が威嚇を続ける間もウィル様は魔術を練り上げていきました。


(これは……氷の術式?)


 学園で習った氷の魔術よりもずっと複雑で大きな術が視えます。幸いにも見ることだけは出来ますが、これは凄いですわね……ウィル様らしく整然としてとても綺麗で、しかも威力も学園で習ったものとは桁違いです。


「エルーシア! 頼む!」

「はいっ!」


 その声と同時に氷が子犬の身体の下半分を凍り付かせました。確かにこれなら子犬は動けないでしょう。身体が凍り付いたことに気を取られて、何とか動こうと藻掻いていますが、氷はびくともしません。私は術式を解けるぎりぎりまで近づいて解呪を始めました。


(お願い。動かないで……)


 解呪さえ終わればこの子も楽になる筈です。それにしても、こんなに強い呪いが掛かっているのにまだ飲み込まれていません。凄いです。もしかして凄く力を持っているのでしょうか。ウィル様が名を呼んでいましたが……もしかしてエガードと同じ神獣、とか?


「ウィル様、いきます!」

「ああ!」


 最後の術式を解くと子犬の周りが一瞬金色の光に包まれて、瘴気が引いていくのを感じました。

 光が収まると……茶色の毛並みをした子犬が、黒ずんだ地面の上に横たわっていました。エガードよりも一回りどころか二回りも小さく、手のひらに乗りそうなほどに小さいです。意識がないのか目はきつく閉じられていて、目を覚ます気配はありません。


「ローレ!!」

「やっぱり、ローレだったか! あれから姿を見ないから、ここにいるとは思っていたが……」


 横から子犬の元に飛び込んできたのはエガードでした。話がみえない私にウィル様は、その子犬はエガードと同じ神獣で、十年前に聖域と一緒に呪われていたのだと教えてくれました。


「それじゃ、あの瘴気の中心に?」

「だろうな。エガードは私と同化して難を逃れたが……」

「うむ。あの時はウィルバートしか同化できる相手がいなかった。ローレが同化できる先がなかったから、ここに残されているとは思っていたが……」


 ウィル様がそっと茶色い身体を抱き上げました。ウィル様なら手のひらに乗るほどの大きさです。


「ところでエガード……姿を現せたということは……」

「ああ、聖域の呪いは解けた。エルーシアのお陰じゃな。まだ分離は出来ぬが」

「そ、そうですか。よかった……」

「皆、聖域の呪いは解けた! これ以上魔獣が生まれることはないが、まだ残っているやもしれぬ! 気を付けながら負傷者の手当てを!」

「「「はっ!」」」


 エガードの言葉に、ようやく聖域の呪いが消えたとウィル様が皆さんに宣言しました。慌ただしく負傷者の元に騎士が駆け寄って傷の具合を見たり声をかけたりしています。その中にはオスカーとイデリーナの姿もありました。オスカーは意識がある様なので大丈夫みたいですね。


「ウィルバートよ、いいか?」

「ああ、もちろんだ」

「エルーシアよ、これから分離する。ローレを頼む。そして少し離れてくれ」

「は、はい」


 エガードの言葉を受けて、私はウィル様からローレを預かって数歩下がりました。分離するとは聞いていますが、何をするのかはさっぱりわかりません。危険はなさそうに見えますが、大丈夫なのでしょうか……


(……っ!)


 何が起きるのか見届けようと見つめていましたが、それはまばゆい光によって呆気なく断たれてしまいました。瞼に光を感じなくなって目を開けると……そこにはウィル様と、白銀の毛並みをしたウィル様と同じくらいの大きさの狼のようなものが尻尾を揺らしながら立っていました。


「……エ、エガード?」

「うむ、わしじゃ、エルーシアよ。礼を言うぞ。ようやく元の姿を取り戻した」

「ああ、ありがとう、エルーシア。私もだ」

「そ、そうですか。よかったです!」


 あんなにちっちゃかったエガードの変わり様に驚きましたが……確かに口調は以前のままでした。ただ声は大分低くなって貫禄がありますが。彼らの元に向かおうと一歩を踏み出した、その時でした。


(え?)

「エルーシア!?」

「ローレ!?」


 急に目の前で眩しいと感じた途端、私の意識は白一色に染まりました。





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