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寂しかった学園生活と恩師

 それから一週間後、私は特例で学園を卒業しました。これは結婚などで卒業式まで通えない令嬢のための措置で、必要な単位が取れていて修了試験に合格すれば卒業資格を頂けるのです。昨年は首席、その前の年は次席だったので、今年は首席で卒業して解呪師の試験を受けたかったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。

 両親は私がお姉様よりも先に卒業するのを快く思っていないようでしたが、卒業出来ない者は能力や素行に問題ありと見られて家の恥になるので何も言いませんでした。もしかしたら特例の卒業では首席にはなれないので、ホッとしているかもしれません。

 両親自慢のお姉様の成績は二十番目から三十番目の辺りでした。お姉様曰く、私は魔術の勉強をする必要がなく、座学に集中出来ていたから首席なんて取れて当然なのだそうです。そうは言いますが解呪と魔術の勉強はしていましたし、将来のためにと薬草学も習っていたのでお姉様よりも取っていた科目は多かったのですが。でもそんなことは綺麗に無視されました。


 教室の私物を片付けた後、クラスメイトと先生方へ挨拶をしました。


「今までお世話になり、ありがとうございました」


 そう言って頭を下げましたが、誰からも何の言葉もありませんでした。これもお姉様が私のありもしない悪評を広めたせいでしょう。この学園では私はお姉様の邪魔ばかりする癇癪もちで自分勝手なお荷物なのです。美人で外面が素晴らしくいいお姉様の言うことを皆さん信じているので、私は友達の一人も出来ませんでした。


「やっといなくなるのね」

「これでアルーシャ様も心安くお過ごしになれますわね」

「それにしてもあの呪喰らい公爵に嫁ぐのですって」

「恐ろしいわね。でも、お似合いなのじゃなくって」


 教室を去る際、そんな声が耳に入ってきました。寂しく情けなく思いますが、もう傷つくことはありませんでした。


 そんな私ですが、どうしても一人だけご挨拶したい方がいました。元解呪師で今は非常勤講師として教鞭を振るエンゲルス先生です。

 先生は王宮魔術師になれるほどの魔力量をお持ちでしたが、解呪師になる者がいなかったために国王陛下のたってのお願いで解呪師になられた方です。そのため先生を侮る方はいません。とっくに定年を迎えた先生は健康のために出勤していると豪言なさり、授業がない時は与えられた個室でのんびりお茶を飲んでいらっしゃいます。私にとっては憧れでもあり師と呼べる方です。


「エンゲルス先生、よろしいでしょうか?」

「おお、おお、エル―シアか。よう来たな」

「はい、ご無沙汰しておりました」

「殆ど学園を休まないお前さんが姿を見せなかったから心配しとったんじゃ。なんぞあったのか?」


 カップを手にしたままのんびりそう話す先生に、目の奥が熱くなってしまいました。私のことを気にかけてくれる人はやっぱり先生だけでしたわ。


「はい、実は……」


 お会いするのもこれが最後になるでしょう。そう思った私は学園を早期卒業することをお話しました。


「そうか……ヘルゲンに……」

「はい。明後日にはヘルゲン領に向かうので、今日は最後のご挨拶に……」

「そうか……寂しくなるのぅ……」


 解呪師に憧れる人は滅多にいないため、この部屋に通ってくる学生は殆どいませんでした。定期的に顔を出していたのは私だけで、先生には孫のように可愛がっていただいただけに名残惜しいです。それでも、王命ではどうしようもありません。


「お前さんの解呪の技量は高い。きっとあの地でも役に立つじゃろう」

「そうでしょうか?」

「勿論じゃ。お前さんに足りないのは魔力量と実践経験だけじゃ。視ることは出来るし、知識に関しても十分じゃよ」

「そう言って頂けると希望が持てそうです」

「心配はいらんよ。ヘルゲンの若いのは気持ちのいい奴じゃ。ここにいるよりはずっと過ごしやすくなるじゃろうて。そうじゃな、わしからも一筆添えようか」


 そう言って先生はその場で手紙を書いて下さいました。何だかそれだけで大丈夫な気がしてきました。こうなると王家やヘルゲン公爵家がお姉様を指名していないことを祈りたいです。


「そうそう、これをお前さんにやろう」


 そう言って先生は簡単に紐で結んだだけの分厚い紙の束を私に向けました。


「これは?」

「わしがこれまでにした解呪の記録じゃよ。わしにはもう不要じゃが、これからのお前さんの道標くらいにはなるじゃろう」

「い、いいんですか? こんな大切なものを……」


 そうです、先生の記録だったら王宮で保管してもいいほどのものではないでしょうか。そんなものを私が受け取ってもいいのでしょうか……解呪師になる訳でもないのに。


「構わんよ。ここに置いておいても誰も読みもせん。じゃったら確実に読んでくれる弟子に託した方が何倍も役に立つ」

「弟子……」

「そうじゃ。お前さんはわしの大事な弟子じゃよ」

「……っ!」


 そんな風に言って貰えるなんて思わなかったから、涙腺の決壊を止められませんでした。もうずっと前に機能しなくなっていると思っていましたのに……


(弟子だと思って下さっていたなんて……それだけでも学園に通った意味がありましたわ)


 やはり今日ご挨拶に来てよかったです。先生に頂いた記録は私の一生の宝物になるでしょう。


「ああ、そうじゃ。これも持って行くといい」


 そう言って差し出されたのは、緑色に金の粒が含まれた石の付いたペンダントでした。


「これは?」

「緑金晶じゃよ」

「緑金晶って、あの?」

「そう、精霊の守り石と言われるものじゃ」

「よ、よろしいのですか? 高価な物では……」

「宝石としての価値は殆どないから心配無用じゃ。お前さんは孫みたいなもんじゃったからな。ヘルゲンは魔物も多く危険な土地じゃ。お守り替わりくらいにはなるじゃろうて」

「あ、ありがとうございます」


 まさか緑金晶のお守りまで頂けるなんて。しかも孫のように思って下さっていたことが嬉しくて、その言葉だけでも泣きたくなるくらいに嬉しかったです。家でも大切な物など何一つ持てなかった私にとって、これらは初めての宝物です。色々と辛い思い出も多かった学園でしたが、先生のお陰で明るい気分で去ることが出来ました。


(記録と緑金晶は取り上げられないように気を付けなきゃ)


 あの家族のことです。私が大事にしていると知れば取り上げられるかもしれません。頭が痛いことですが、どう言ってそれを回避するか、また新たな問題が出来てしまいました。





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