呪われた姿
ウィル様がゆっくりとローブを脱ぐとそのお姿が露わになり、私はそのお姿に戦慄を覚えました。
(まさか……ここまで呪いが……)
目の前に現れたのは、黒髪に不自然なほどに浅黒い肌をした人間らしきもの、でした。髪や肌には所々に紫や緑、赤などの色が混じっていて、火傷の跡のような皮膚の引き攣れもあちこちに見えます。
そんな中でも特に目立つのは、その瞳でしょう。片方は血のような真っ赤なのに、もう片方は真っ黒で、黒い方は白目の部分が赤黒くなっています。そのせいでしょうか。顔がまるで仮面のように見えて非現実的で、表情も全く分かりません。
袖から見える手は顔同様に浅黒い上に色が混じり、爪は人のそれではありませんでした。黒や深緑、紫色をしていて、獣のように長くて曲がっています。
(確かに異形と呼ばれるお姿ですが……)
予想していたほどには恐ろしいと感じないのは、その内面を知っているからでしょうか。それにこのお姿は領民を魔獣から救い続けている結果でもあります。しかもその呪いに負けずにお優しい心を持ち続けている強さは、どんなものにも代え難い尊いものではないでしょうか。
「……これが今の私の姿だ」
「あの、見せて下さってありがとうございます」
きっとウィル様もこのようなお姿を人目に晒すのはお嫌でしょう。恐れられ眉をひそめる方も多いでしょうし、中には化け物だと叫んだ人がいたことも聞いています。それでも、私の我儘に付き合って下さったのです。
「あの、お手に触れても?」
「な! そ、そんなことは……」
「呪いは触っただけでは人に移ることはないと聞いております」
「それは、そうだが……」
確かに触っただけで呪われることはありますが、それは罠として仕掛けられている場合です。ウィル様のそれにはそのような形跡は見られません。それに……呪いが集まっているにもかかわらず、ウィル様の近くでは精霊をよく見かけるのですよね。精霊にとって呪いは禁忌なのに、です。そんなことからも、触れても大丈夫な気がするのです。
私が両手を揃えて差し出し出すと、躊躇しながらもウィル様がお手をそっと伸ばしてくれました。私はそっとその手を取りました。肌はガサガサで温かみも滑らかさもありませんし、爪も固くていびつな形をしています。それに呪いの嫌な感じも色濃く伝わってきました。
じっと目を凝らせば、呪いのシミのようなものと、弱いながらも魔法陣のようなものが見えてきます。魔力だけでなく精霊が視える私には、それは意味のあるものとして映りました。数は物凄いですが、絡まり合っているものは少なそうですし、一つ一つ紐解いていけば解けるような気がします。
「……あの、解けそうなものだけ解いても?」
「それは……」
「簡単なもの、微弱なものだけです」
「…………それなら」
させまいとしていらっしゃるのがわかったので、とにかく簡単で弱いものだけと念を押すと、物凄くお考えになった後でようやくお許しが出ました。屋敷にあった物ものよりもずっと弱いものがあるので、まずはそれを解いてみることにしました。緊張しますがこれまでの経験とウィル様への尊敬と感謝の念が私の背中を押してくれます。
「……どう、でしょう。痛みや不快感はありますか?」
「いや」
「では大丈夫そうですね」
三つほど解いてみたところでそう問いかけると、特に問題はないと言われたので、もう少し解呪してみることにしました。いくつの呪いがかけられているのか、今の時点では全く見当もつきません。そもそも、ここまで放っておいたのはどうかと思います。その都度解呪していれば、こんなに酷いことにはならなかったでしょうに。
「呪いにかからないための対策はしていらっしゃるのですか?」
「特には……」
「護符や結界は? お使いにならないのですか?」
そうです、普通は呪いを避けるための護符なりを持っていれば防げるものです。特に魔獣の断末魔からの呪いは護符や結界で防ぐことは可能です。というか、それは最低装備に含まれるものではないでしょうか?
「……護符は数が限られているから部下に優先的に配っている。結界は攻撃魔術も防いでしまうから使っていないんだ」
「それでは丸腰で戦いに挑むようなものではありませんか?」
さすがにそれはないでしょう。私のような戦いの素人でもわかります。
「だが、魔獣討伐の頻度を考えれば護符も結界も効率を落とす。優先されるべきは領民の命と生活だ。それを思うとだな……」
「それでも、ウィル様に何かあったら、その領民の生活も危うくなります」
なんて事でしょうか。領民を思うお気持ちは尊いですが、ご自身の立場もお考え下さらないと困ります。ウィル様には兄弟姉妹もお子もいらっしゃらないのですから。
「私がいなくなっても、また優秀な者を派遣すればいい。ここは世襲でどうこう出来る土地ではないのは、前ヘルゲン辺境伯家を見ていればわかるだろう」
確かに途絶えてしまった辺境伯家は後継者争いが激しく、その結果血が途絶えてしまいました。だから仰ることはわからなくもないのですが、それでは私を含め、ウィル様を慕ってお仕えしている方々の想いはどうなるのでしょう……
「それでも、万が一のことがあればウィル様をお慕いして従う者は悲しみます」
「そうだろうか……」
「そうなのです! それは私が保証いたします!」
「エルーシアが? なるほど、解呪の乙女がそういうのなら、そうなのだろうな」
そう言ってウィル様は笑ったような気がしましたが……どうやら私の思いは全く伝わっていない気がします。
「案じられるな。皆には内緒だが、私には特別な加護が付いているんだ」
「特別な加護? それは……」
「それが何かは言えない。それにこのことは他言無用で頼む。だが、そういうことだからこの程度の呪いなら問題ない。あと少しで魔獣討伐も目処が付く。それを乗り切れば解呪をする時間も取れるし、そうなったら王都に出向いて解呪を頼む予定だ」
「そうでしたか」
そんな予定だったとは知らず、出過ぎたことを言ってしまったでしょうか。それでも呪いをいくつも受けているのは薄氷の上を歩くように危険です。特別な加護が何かがわかりませんが、それが完全であれば今のお姿にはならない筈です。
(本当に大丈夫なのかしら?)
問題ないと言われた、そのことこそが問題のような気がして、私は安心出来そうもありませんでした。