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公爵様からの提案

「……なるほど……」


 一度は躊躇した私でしたが、洗いざらいこれまでのことを話すと公爵様は腕を組んで黙り込んでしまわれました。公爵様の脇に控えていたライナーは眉間の皴をくっきりと浮かべていますし、デリカの額には青筋が立っているのが見えました。公爵様の表情はフードもあって見えませんが……何となく冷気のようなものを感じます。


 一方の私はというと、私情を出来るだけ入れずに事実だけを話すつもりでしたが、途中から段々感情が抑えられなくなってしまい、最後には泣いてしまいました。


(うう、お恥ずかしいです……)


 今後のことを話し合う大事な場なのですから、泣いている場合ではありませんのに。それが恥ずかしくも情けなくて、デリカが貸してくれたハンカチを弄りながら、その刺繍の柄を見つめていました。沈黙が重いです……


「……リルケ嬢、そう言う事情であれば私はあなたを受け入れよう。追い返すことはしないし、ここでの生活も保障する。安心して欲しい」

「よ、よろしいのですか?」

「勿論だ」


 返ってきた答えはあまりにも有難く私に都合が良すぎて、俄かには信じがたいものでした。ここに置いて頂けるだけでなく、生活も保障して下さるなんて……ここは天国かと思っていましたが、間違いないようです。


「その上であなたの選ぶ道は二つある」

「二つ、ですか?」

「ああ。一つ目は王命に従って私の妻になること、二つ目はそれを辞退してここで侍女なりとして暮らすことだ」


 それらは想定内でした。いいえ、王命が出ている以、私に選べる選択肢は一つだけなのですが、婚姻を望んでいないのは公爵様もでしょう。私が断る場合は一緒に陛下に対してお断りするおつもりなのでしょうか。陛下の甥である公爵様ならそれも可能かもしれませんが……


「出来るだけリルケ嬢の希望に沿いたい。私もこの身体では婚姻を強いることはしたくない。この呪いはエンゲルス先生でも解けなかったからな」

「そ、そんな……」


 あの王宮解呪師のエンゲルス先生でも解けなかったなんて……それでは私など絶対に不可能でしょう。解呪し甲斐があるなんて言っていた自分が恥ずかしいです。


「その上で聞こう。リルケ嬢はどうしたい?」


 フードで顔は見えませんが、公爵様は真っすぐに私を見ている様に感じました。嫌な感じはなく、むしろ私を尊重して下さっているように感じます。


「……私は……王命に反することは、出来ません……」


 何度考えても、やはり私からこの結婚に否やとは言えませんでした。王命はそれほどに重いのです。それに私を受け入れて下さった公爵様に、王命に異を唱えることをさせたくはありません。


「そうだな。今回は王命だから断る選択肢はない。そんなことをすれば王家の威信に傷を付けてしまう。私は陛下の甥ではあるが一臣下だ。私も王命に反することは避けたい」


 公爵様が仰ることはもっともですし、ご自身の立場を弁えた態度には好感が持てました。これがお姉様だったら「王命が何よ!」と我を通したことでしょう。でもそんなことをすれば王家の威信は下がり貴族からは侮られ、最終的には国を不安定にしてしまいます。公爵様はそのことを理解して、身内の情に縋るつもりはないのでしょう。


「そこで提案なのだが……」

「提案、ですか?」

「ああ。だが先に言っておこう。矛盾しているのは承知の上だが、君が嫌なら断って欲しい。これは私からのお願いだ」

「お願い?」


 それはどういうことでしょうか? 今からのお話は断って欲しい前提ということでしょうか。


「ああ。私はこの通り呪いのせいで人間としての姿を失ってしまった。だが陛下は私の結婚を諦めて下さらない。だから、形だけの妻になって貰えないだろうか?」

「それは……」

「先に言ったように、どうしても受け入れがたいなら断ってくれて構わない。あなたに思う相手がいるのなら尚更だ」

「そ、その様な方はおりません!」

「そ、そうか……ならよかった。いや、よくはないのだが……だが、形だけでも妻がいればこれ以上縁談を勧められることもないし、断る手間も省ける。本当に毎回、陛下には困っていたんだ……」


 公爵様がそう言うと、その横でライナーとデリカもうんうんと頷いています。どうやら毎回断るために骨を折られたのでしょう。


「勿論、形だけの妻だから夫婦生活も不要だし、生活も別々で構わない。そうだな、妻役という職務だと思ってくれればいい。手当も出そう。その範囲内であれば自由に散財してくれて構わない」


 それは……いわゆるお飾り妻と言うものでしょうか。しかもお手当付きだなんて、本当に仕事みたいです。でも……


「あ、あの……私などでよろしいのでしょうか? 私はその、世間の評判も良くなくて……」


 そうです。私は実家でも出涸らしと呼ばれ、学園でも評判が悪かったのです。そんな私では形だけの妻だとしても公爵家の名に傷がつかないでしょうか。


「そんなものは捏造だろう? エンゲルス先生の手紙にはあなたは誠実で真面目な人柄だとあった。世間のくだらない噂よりも私は先生を信じる」


 そうきっぱり言い切る公爵様に、私は再び涙腺が緩みそうになりました。そんな風に言って下さる方はレオとエンゲルス先生以外いなかったからです。


「わ、私でよければ、喜んで……」


 私の言葉を信じて下さった。それだけで私の心は決まりました。たとえお飾りでも、公爵様に誠心誠意お仕えしようと。






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