出涸らし令嬢
「エルーシャ様、旦那様がお呼びです」
「……わかりました」
学園から帰ってきた私に、出迎えた侍女が無表情でそう告げました。お父様に呼び出されるなんて珍しいことです。普段は私などいない者として扱っていますのに。訝しく思いながらも逆らう選択肢のない私は、心の中に出来た重苦しい何かを侍女に知られないよう吐き出すと、お父様の執務室へと向かいました。
「……お父様、エルーシアです」
「……入れ」
意を決してから部屋に入ると、そこにはお父様だけでなくお母様とお姉様もいました。どうしたのでしょう、いつもは私など見たくない、視界に入らないようにときつく言っていますのに。それだけで警戒心が最高レベルまで急上昇しました。
「まぁ、座れ」
「はい」
正面にお父様とお母様、その左側にはお姉様が座っているので、私は空いている席に浅く腰を下ろしました。何というか尋問を受けるようで非常に居心地が悪いです。
「お前に縁談が来た」
「……え?」
あまりにも意外な言葉に、直ぐにはその意味を理解出来ませんでした。
(私に縁談? お姉様の出涸らし、リルケ伯爵家の恥さらしとまで言われている私に? )
そう、私は世間では『出涸らし令嬢』と呼ばれ、家の中でも厄介者扱いなのです。お陰で侍女たちにすら軽く扱われている有様です。
「我が家の名に泥を塗り続けているお前だが、王家からリルケ伯爵家の娘を嫁入りさせろとの王命が下ったのだ」
「……」
それ、どう考えてもお姉様の縁談ではないでしょうか? だってお姉様は私と違って波打つ金の髪と空色の瞳を持つ美人、しかも魔術師としての才能もあって、同年代では最も人気の高い令嬢の一人なのです。
一方の私は、前述のように散々な言われようです。見た目も髪は色が抜けたような茶の髪にこれまた同じようなグレーの瞳、顔立ちもお姉様に似ているので悪くはないでしょうが、全体的に地味で華がありません。痩せていてお姉様のような女性らしいスタイルには程遠いです。
ついでに王国でも有数の魔術師の家系に生まれたのに魔力量が少なく、どう頑張っても魔術師にはなれません。そんな私にはこれまで一度として縁談などなかったのですから。
「よかったじゃない、エルーシア。このままでは行き遅れて、どこぞの後妻か難ありの相手に嫁ぐしかなかったのだから」
「お姉様……」
本当にそう思っているのでしょうか。私を見下すばかりのお姉様が笑顔だなんて、薄ら寒いです。もしかすると今回の縁談はその後妻や難ありの相手よりも条件が悪いのでしょうか。その可能性がたった今、むくむくと湧いてきました。ああ、これはこれまでの経験からの勘です。お姉様が私に笑顔で話しかけてくる時は碌なことがありませんでしたから。
「……それで、お相手はどなた様が……」
聞きたくはありませんが、聞かない訳にもいかないでしょう。こんなに聞きたくない話は生まれて初めてかもしれません。まぁ、王命ということなら我が家よりも家格が高く、それでいて嫁の当てがない家なのでしょう。両親は虚栄心の強い方ですし、お姉様を第三王子殿下の婚約者にしようと必死なので、伯爵家よりも家格が低い家に嫁ぐことはないように思いますが……
「ああ、相手はヘルゲン公爵だ」
「ヘルゲン公爵……ですか……」
「そう、呪われておぞましい姿になった公爵よ」
お姉様が鼻を鳴らしてそう言いましたが、公爵家とは意外でした。ヘルゲン公爵家は王国の北、隣のエレルド王国と国境を接する辺境にあります。殆どが山岳地帯で農業に適さず、また魔獣の被害が絶えない不毛の地です。
先々代の辺境伯にお子様がいらっしゃらなかったため、先王陛下が第五王子に養子に入って赤字続きの領地の立て直しをと乞われました。その第五王子が先代公爵で、魔獣の被害を減らすのが先だと討伐を積極的に行われていました。でも残念なことにその討伐中にお亡くなりになり、今はそのご子息が後を継がれています。
現公爵は二十歳になったかならないかで爵位を継がれ、今は私の七つ上の二十五歳だったと記憶しています。魔獣相手に戦うお姿は魔獣よりも恐ろしく、無慈悲に止めを刺す姿は鬼神か悪魔のようだとも言われています。本来は秀麗なお方だったらしいのですが、魔獣討伐中に魔獣の呪いを受け続けている間にお姿が代わり、今では人とも思えないお姿になられてしまったとか。呪いをいくつかけられても亡くならないため、『呪喰らい公爵』と呼ばれて恐れられています。その為中々婚約者が出来ず、伯父である陛下がご心配されているそうです。
お姉様が声に喜色を乗せてわざわざ説明してくれましたが……それくらいは社交界にあまり顔を出さない私でも知っています。なるほど、どう呼ばれているかは別としても相手は公爵家、我が家から断ることなど出来ませんし、お姉様は絶対に頷かないでしょう。
「そう言うな、アルーシアよ。公爵はその身を賭して魔獣を討伐しているのだ。そのお陰で我が領も魔獣の被害を受けずに済んでいるのだからな」
「そうよ、だから我が家に王命が下ったのだけど……エルーシアにも立派な縁談が来てよかったわね。これで一安心だわ」
お父様だけでなく、お母様もこの縁談にすっかり乗り気です。私もお母様のお腹を痛めて生まれた子のはずなのですが……
でも、我がリルケ伯爵領はヘルゲン公爵領の南に隣接していて、公爵家のお陰で被害が減っています。それもあって王家は我が家を指名されたのでしょう。もしかするとお姉様が第三王子と婚約するための条件なのかもしれません。
「エルーシアは魔力がないから解呪師になろうとしていたわよね。案外公爵家では役に立つんじゃない?」
「あら、呪われた公爵閣下にはちょうどいいわね」
「そうでしょう、お母様」
お姉様とお母様が嬉しそうに話しているのを私は冷めた目で見つめました。ああ、このような縁談なのに相変わらずなこの方たちは、私を家族だなんて思っていないのですね。
こうして私の意志に関係なく、公爵家に嫁ぐことが決まりました。私をお荷物だと見下していた両親とお姉様は、その日の晩、珍しいことに夕食の同席を許しました。もしかしたらこれが最後の団らんになりそうです。