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白物仙人

作者: はらけつ

「ちょっと」                                

道を歩いていると、洗濯機に呼び止められた。

「ちょっと、ちょっと」

声は、確かに洗濯機の方からしている。

『まさか』と思ってキョロキョロしていると、重ねて呼び止められた。

「ちょっと、そこな人」

明らかに声は、洗濯機からしていた。

電柱の根元に、打ち捨てられた洗濯機。

電気コードと蛇腹ホースが、ダラーンと地面に垂れている。

不法廃棄された洗濯機以外、何物でもなかった。


ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥。

ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥パコンッ。


洗濯機の蓋が、開いた。

一つしか蓋がないので、おそらく最も一般的な全自動洗濯機だろう。

肌色の、照ら照らした、ドーム型の朝日。

蓋が開いた洗濯機から、朝日が昇って来た。

朝日は、ある程度昇って来ると、両端に、白い草畑を付け始めた。

ああ、ハゲ頭と白髪か。


ハゲ頭は、もう少し上って来ると、白髪の中に、キクラゲを寄生させていた。

ああ、皺の多い耳か。

耳の穴からは、長い白髪が飛び出していた。


耳が姿を現すと同じくらいに、前面には、風にたなびく白いマフラーが姿を現した。

ああ、やたら長い、白髪の眉毛か。

どっかの、昔の、総理大臣みたいな眉毛だった。


眉毛の下からは、黒い碁石が、左右に登場した。

白色で、縁取りされている。

ああ、まん丸の目か。

“どんぐりまなこ”とは、まさにこのことだろうな。


目の間からは、中身がパンパンで膨らんだ、正三角形が登場した。

底に、二つの黒い半円が付いている。

ああ、だんごっ鼻か。

うわ~、鼻筋が全然通ってね~。


鼻を過ぎると、顔両端から、線が見えて来た。

その線は、顔が上がるにつれ、両端から下に向いて曲線を伸ばした。

左側の線は、反比例のグラフの曲線。

右側の線は、文化の成熟具合と消費電量の関係性を表わすグラフの曲線。

左右の線は、曲線の伸び切ったところで、なだらかに反った線となった。

そして、左右の線は、なだらかに反った線で繋がった。

ああ、むっちゃニンマリした口か。

その口の形は、船の輪郭に似ていた。

今にも、ドンブラコドンブラコ、揺れそうだった。


口の底辺を、ちょっと下がると、ほっそいモヤシが群生していた。

ほっそい白いモヤシは、ビッシリと群生しており、顎のラインを覆い隠していた。

モヤシは、下に行くほど、鋭角化され、筆の先思い出させた。

ああ、伸ばしっ放しの、白髪の髭か。

先に、墨漬けたら、字書けるやろな。

“初日の出”とか書いて。


照る照るハゲ頭に、左右耳上チョビ白髪に、マフラー白髪眉毛。

どんぐりまなこに、だんごっ鼻に、ドンブラコ口。

そして、筆型モヤシ白髭の老人は、顔を洗濯機から、全露出した。

『こいつは、老人以外の何者でもないな』

と思っていると、白髭老人は、顎を洗濯機に乗せた。

洗濯機の水槽の縁に、顎を突き出すように乗せた。

“アイ~ン”の形と言えば、分かってもらえると思う。


“アイ~ン”の老人は、口を開いて、言った。

「〈ま、そんなこともあるわな〉」

なんだ、こいつ?

「あんたのことじゃよ、あんた」

は?

「あんたのことじゃと、言っておる」

俺かよ?

「何かネガなものが、心を覆っておる」

あ、断定された。

そして、見抜かれた。


「じーさん、俺の思ってること、分かんの?」

「分かる」

「何で?」

「だって、ワシは、“仙人!”だから」

洗濯機から上半身を出した自称“仙人”は、“仙人!”のところで、ビシッ!と右手親指で、自分を指した。


「俺を気に留めてくれるのは、有り難いんやけどさ。

その気に留めてくれる仙人が、何で洗濯機の中にいんの?」

素朴というより、至極真っ当な疑問を、仙人にぶつけた。

洗濯機の中から、コメントをしてくれても、説得力がまるで無い。


「そこに、疑問を持つか‥‥」

フツー、持つだろ。

「何人かに声を掛けたが、初めてされた質問じゃ」

え!これが、初めての声掛けじゃないんか?

え!今までにも、声を掛けてたんか?

っていうか、今までに声掛けられたやつ、洗濯機から人が出て来て、変と思わなかったんか?!


「この辺は、洗濯機エリアなんじゃ」

あ、質問の答えに入ったわけね。

でも、全然、意味が分からないんですけど。

「この辺では、仙人は、洗濯機に憑くことになっておるんじゃ」

見えない。

話が、見えない。


仙人の話を詳しく聞くと、こういうことだった。

仙人は、取り憑く物が、エリアによって決まっている。

この辺では、廃棄された洗濯機に取り憑くことに、決められている。

他のエリアでは、それが、掃除機だったり炊飯器だったり、はたまた冷蔵庫だったりするらしい。


「ってことは、何、現代の仙人は、物に憑く妖精みたいなシステムになってんの?」

「まあ、そんな感じじゃな」

「でも、よく聞けば、家電製品ばっかりやん」

「エネルギー的にも、プロセス的にも、とっ憑き易いんじゃ」

現代の仙人は、役人並みに、横文字を駆使するなー。

まあ、体よく誤魔化してんのかもしれんけど。


仙人の話の続き。

この辺では、仙人は洗濯機に憑き、道行く悩める人に、〈示唆〉を施す。

でも、他の家電製品に憑いた仙人と、その〈示唆〉は異なる。

また、洗濯機のタイプによっても、仙人ごとに、ちょっとずつその〈示唆〉は異なる。

もちろん、他の家電製品も、そのタイプによって、仙人ごとに、ちょっとずつその〈示唆〉は異なる。


「異なんの?」

仙人に尋ねた。

相手は仙人ではあるが、今更ながら、むっちゃタメ口だ。

「異なる」

「どう異なんの?」

「同じ洗濯機憑きの仙人でも、憑いた洗濯機が、

 全自動式、二槽式、ドラム式等で、〈示唆〉は異なる。

 また、そこに乾燥機能等が付いて来ると、

 それでも〈示唆〉は、各々異なって来る」

「デリケートやな~。

 ということは、掃除機憑きの仙人ならば、

 サイクロン式、紙パック式とかで〈示唆〉は異なってくるわけか」

「ご名答」

そんなん意味無いやん。

有り難い仙人が〈示唆〉してくれようが何しよーが、そんだけバリエーションあったら、どれを採用してええか、迷いまくる。


「で、‥‥じーさん‥‥の‥‥」

「全自動洗濯機憑きの仙人なんで、みんなからは、

 “ゼンジー仙人”と呼ばれておる」

俺の意図を察して、ゼンジー仙人は名乗った。

「その、ゼンジー仙人さんの〈示唆〉は、何なん?」

ゼンジー仙人は、俺の瞳をじっと見つめると、おもむろに口を開いた。

「だから、〈ま、そんなこともあるわな〉」


〈ま、そんなこともあるわな〉

う~ん、悟ってるようなホッタラカされているような、深いような無責任のような。

どうも、俺の思い悩んでいることに、しっくりと来ないような気がする。


持っていたペットボトルの水を一口飲み、答えた。

「正直、しっくり来ん」

思ったそのまま、ゼンジー仙人に伝えた。

「やはり、そうか。

 わしの〈示唆〉は、R35やからのー」

あ、むっちゃ現代的なセリフが出た。

「R35?」

「わしの〈示唆〉は、35歳以上にはよく通ずるが、

 それ未満には、からきしなんじゃ」

そんで、俺にも通じにくいわけか。

“人生経験が必要”ってことね。

なんか悔しいな。


「なんや、他の仙人の〈示唆〉も聞きたくなって来た。

 他の仙人には、どうやったら会えんの?」

ゼンジー仙人は、洗濯機の中から、地図を取り出した。

世界地図だ。

「あ、これや無いわ」

もう一枚、地図を取り出した。

日本地図だ。

「あ、これでも無いわ」

更にもう一枚、地図を取り出した。

太陽系惑星図だった。

ゼンジー仙人は、俺の顔を見ると、“関西弁の「笑えよ」”というような、にこやかな顔を浮かべた。

三段落ちのテンドンか。

めんどくせーなー。

せっかく、仙人がギャグをかましてくれたので、愛想笑いすることにした。


ゼンジー仙人は、世界地図と日本地図と太陽系惑星図を仕舞った。

そして、おもむろに、新たな地図を取り出す。

『まさか‥‥四段落ちじゃあ‥‥』

と思っていたが、今度はしっかり、この辺の地図だった。

正確には、俺の住んでいる東川区の地図だった。

「東川区は、洗濯機憑きのエリアになっとる」

え!?

聞き捨てならん。

「区によって、仙人の憑く物は違うの?」

「おお。

 左宮区は炊飯器憑き、中宮区は掃除機憑きになっておる」

「洗濯機憑き以外の仙人の〈示唆〉も聞いてみたいな」

仙人の生態に、興味津々になって来た。

「それが駄目なんじゃ。

 特別な場合を除いて、住んでいる所の仙人にしか、

 〈示唆〉は聞けんのじゃよ」

そうか。

そこは、しっかりしてるわけね。


東川区の地図には、四つのマークが付いていた。

道端に、“○の中にゼ”と書いたマーク。

川縁に、“○の中にゼカ”と書いたマーク。

高台の住宅街に、“○の中にド”と書いたマーク。

山中に、“○の中にニ”と書いたマーク。


「何のマーク?」

「仙人の所在を表すマークじゃ。

 さあ、まずは、川にいる仙人のところでも行って来い」

ゼンジー仙人は、東川区仙人図を渡すと、全自動洗濯機の中へ、再び潜り込んだ。

ガタッ‥‥ガタッガタッ‥‥パコンッ。

洗濯機の蓋は閉じられ、路上に不法投棄された、なんてことない洗濯機が、再び姿を現した。


東々川の左岸に表示されている、“○ゼカ”のマークを目指して、行動を起こした。

歩道と車道が明確に区切られていない(白線が引いてあるだけ)の道を、進む。

歩道と車道がちゃんと分かれていないから、車がビュンビュン通って、危ないったらありゃしない。

あげくの果てに、運転手は、ケータイ見ながら、車内テレビ見ながらでも、歩行者に向けて、クラクションを鳴らしている。

おばーさん、おじーさんは、よろめく。

ベビーカーを押したお母さんは、ヒヤリとする。

子ども達は、ビックリして飛びのく。

どー見ても、車の方に非があるのに、歩行者の方が恐れ入っている。

なんか、違うよな。


釈然としない思いを抱え、十数分間、歩いた。

歌裳川に、出る。

歌裳川は、その昔は綺麗な川で、たまに鮎も取れたらしい。

だが、高度成長期を境に、汚れがひどくなり、一時は川底が全く見えない泥川だった。

町中の各支流からの流入口には、ブクブクと泡が沸き立っていた。

夏場になると、川から変な臭いが臭って来た。

もちろん、魚なんか、取ったことなかった。

小さい頃の記憶にある歌裳川は、そんな川だった。


山状大橋のたもとから、川べりに降りた。

緑の芝生敷きに整備された川べりの道を、北上する。

今日は天気がいいので、川の北方に位置する火栄山が、青々とハッキリ見渡せる。

山頂のお寺とテレビ塔まで、スッキリと見渡せる。

山は今時分、登山者と参拝者と観光客で、ごった返しているはずだ。


川の中には、胸ぐらいまであるゴム製のズボンを履いた人が、入っていた。

右手に竿、左手に柄付網を持って、今にも魚を引き上げようとしている。

今では、昔とは比べものにならない位、歌裳川は綺麗になっている。

その為、魚も大量に戻って来ているのだろう。

そこらかしらに、魚釣りに講じる人々が見受けられる。

不思議なのは、川岸から釣竿を垂れている人が、ほとんどいないことだ。

歌裳川にいる魚は、川の中に入って捕まえるのに適した魚、なのだろう。

川の中で釣竿を垂らしていた人が、動いた。

竿を上げ、テグスの先の釣り針が水面に出るか出ないかのところで、持っていた柄付網を差し出した。

魚は、青銀色の体を跳ねさせて、柄付網の中に収まっていた。


そんな牧歌的な風景を横目に、洗濯機は立っていた。

川べりの道、橋の下に居た。


最近の橋の下は、ホームレスの住宅地だが、ここは、そうはなっていなかった。

人が通れるだけの空間を空け、残りの橋の下の空間には、金網が張り巡らせてあった。

金網には、看板が掲げてあった。

[上下水道局管理地 勝手に入ってはいけません。]

入らねーよ。

入れねーし。

金網には、ちぎれたビニール袋らしきものが、何ヶ所も何ヶ所も、引っかかっていた。


洗濯機は、金網にもたれかかって、橋の下の歩道とは逆の位置に、置かれていた。

見た目は、ゼンジー仙人が憑いていた全自動洗濯機と、なんら変わりはない。

ただ、[洗濯]というボタンの他、[乾燥]というボタンがあった。

真上から、洗濯機を観察していると、蓋が震え出した。


ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥。


危険を感じて、咄嗟に頭を引っ込めた。

洗濯機から、体を離した。

洗濯機自体は、左右に小刻みに、ガサゴソ動いた。

蓋は、上下に小刻みに、ガサゴソ動いた。


ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥パコンッ。


洗濯機の蓋が開いた。

開いた洗濯機からは、朝日が昇って来た。


朝日(ハゲ頭)が、昇る。

キクラゲ(皺の多い耳)が、姿を現わす。

その横の前面には、風にたなびくマフラー(眉毛)が、姿を現わす。

マフラーの下には、黒い碁石どんぐりまなこが、登場する。

二つ並んだ碁石の間からは、パンパンの正三角形(だんごっ鼻)が、登場する。

正三角形の下からは、正反比例の曲線(ニンマリ口)が、登場する。

が、曲線の下は、ちょっとしゃくれた長い肌色の岩が出て、上昇は終わった。

思うに、ゼンジー仙人の髭の無いバージョンが、今顔を覗かせた顔なのだろう。


「なんや。

 あんまり驚かんの」

 

川べりに廃棄されていた洗濯機から出て来た顔は、言った。

「先に、ゼンジー仙人に会ってるから」

答えると、髭の無いバージョンの仙人は、“チッ”と舌打ちをした。

「先に、ゼンジーに会っとるのか。

 どうりで、驚かんはずや」

ゼンジー仙人によく似た仙人は、残念そうな納得したような顔を浮かべた。


「じーさん、ゼンジー仙人に似てんな」

とりあえず名前が分からないので、じーさんと呼び掛けることにした。

ゼンジー仙人によく似た仙人は、嫌そうな表情を浮かべ答えた。

「そりゃ、似とるよ。

 兄弟やからな」

「あ、やっぱし」


「え~と‥‥」

ずっと「じーさん」と呼ぶわけにもいかないので、呼び掛け淀んだ。

「みんなからは、カンソー仙人と呼ばれておる」

“カンソー仙人”は、俺のためらいを察して、自分の名を明かしてくれた。

全自動洗濯機憑きの仙人だから、ゼンジー仙人。

乾燥機能付きの全自動洗濯機憑きの仙人だから、カンソー仙人。

分かり易い。


「つーことは、兄貴がゼンジー仙人で、弟がカンソー仙人で、

 兄弟で仙人やってるってことか」

「そういうことやな。

 まあ、もの心ついた時から、二人して師匠に預けられて、

 半ば強制的に、仙人になったんやけどな」

カンソー仙人は、どんぐりまなこで遠い目をして、答えた。


「ほんじゃ、〈示唆〉の内容も似ているわけ?」

カンソー仙人は、どんぐりまなこでビックリ目をして、答えた。

「おお、よく知っておるな!

 まあ、先にゼンジーに会っておるんやから、当たり前か。

 ああ、似ている。

 言い方が、異なるだけじゃ」

「異なんの?」

「異なる」

なんかどこかで、同じような会話を交わしたデジャブにとらわれた。


「洗濯機憑きの仙人は、みんな、師匠が同じなんじゃ。

 だから、その〈示唆〉は、わしら兄弟だけでなく師匠が同じ仙人は、

 みんな似ておる」

「似てんの?

 へぇー」

カンソー仙人に返事をしながら、ある疑問が浮かんだ。

「師匠の頃って、洗濯機無かったんちゃうの?

 何に憑いたはったん?」

カンソー仙人は、俺の問いに、両手の人差し指で、空中に長方形を描いて答えた。

「洗濯板じゃ」


「その頃は家電なぞ無かったから、仙人達は皆、

 動力の無い家事用品に憑いたんじゃ。

 “センター仙人”は、洗濯板に憑いて、〈示唆〉を与えたんじゃ」

洗濯板憑きの仙人だから、“センター仙人”なわけね。

“洗濯器具系統〈示唆〉の仙人”ってわけか。

「他の家電に憑く仙人も、いるんやろ。

 洗濯機系の仙人は、他の仙人と、何が異なんの」

「まあ、洗濯機系は、その人の“悩み”や“気掛かり”を、

 落としたり薄めたりする〈示唆〉を、もっぱらに授けとるの」

「心の“染み”や“汚れ”を落としたり薄めたりするってことか」

「そんな感じじゃの」

なるほど、なんとなく、大体分かったような気がする。


「で、俺には、どんな〈示唆〉をくれんの?」

カンソー仙人は、どんぐりまなこで、俺をじっと見た。

見続けた。

凝視は、なかなか終わりそうになかった。

カンソー仙人の目を見ていたら、

『♪どんぐりまなこに、への字口~ くるくるほっぺに、覆面姿~ 目にも止まらぬ早業で~ 投げる手裏剣ど真ん中~』と、心の中で唄っていた。

一番を唄い終わった時、カンソー仙人のへの字口がほころんで、言葉を発した。

「〈なるようにしか、ならん〉」


〈なるようにしか、ならん〉

なんか、ちょっと突き放されたような感じ。

優しくない。

やっぱり、しっくり来ない。

ゼンジーカンソー兄弟は、俺には合わんのかもしれん。


「‥‥う~ん‥‥」

「なんや、あかんのか」

ペットボトルの水を喉に流し込んで、思ったまま答えた。

「イマイチ、しっくり来ん」

「そーか。

 じゃあ、他の仙人の〈示唆〉を聞いた方がええかもな」

「‥‥そうやな~‥‥」

東川区仙人図を広げながら、次の行く先を検討していると、カンソー仙人は言った。

「いっそのこと、全部回って聞いてみたらどうや?」

地図から顔を上げると、カンソー仙人と目が合った。

どんぐりまなこと、数秒間会話を交わす。

「‥‥なるほど。

 それもええな。

 うん、そうしよ」


カンソー仙人に近付いて(乾燥機能付全自動洗濯機に近付いて)、地図を広げ直した。

「次は、どこがええと思う?」

「ゼンジー → カンソー と、新しくなって来てるんやから、やっぱ次は、 最新鋭の廃棄物“ラムー”のところやろ」

「ラムー?」

「ドラム式洗濯機に憑いてる仙人のことじゃ。

 ドラム式の洗濯機に憑いておるから‥‥」

「ラムー?」

「ご名答」

仙人達、あんまネーミングセンスねーな。


「どこに、いはんの?」

カンソー仙人は、地図を見つめると、ビッと右手で指差した。

右手の人差し指の先には、“○ド”マークがあった。

「高台の住宅街かよ~。

 せっかく川縁まで下りて来たのに、また上るのかよ~」

弱音を吐く俺を見て、カンソー仙人は、背筋を伸ばして、偉そうにこう言った。

「人生、山有り、谷有りじゃ」


歌裳川から高台の住宅街を目指して、なだらかに延々と続く坂を、ワシワシと上る。

目指している住宅街は、地元民の間では、“プチプチ芦屋”と呼ばれている。

あちらとは、家の規模も住んでいる人のスケールも違うが、一応この界隈では高級住宅地で通っている。


「♪愛は、心の仕事よ~」

アイドルがヴォーカルをやっていた、いにしえのロックバンドの曲を口ずさみながら、なだらかな坂を上って行った。

歌裳川から住宅地までは、延々となだらかな坂が続いている。

この坂は、急坂ではないので、いわゆる動悸が急速に激しくなる“心臓破りの坂”ではなかった。

が、いつの間にか動悸が激しくなっているので、“心臓騙しの坂”と地元民は呼んでいた。


坂の頂上に着いた時、いつの間にか、曲は口ずさんでいなかった。

いつの間にか、動悸がかなり激しくなっていたので、両膝に手を突いて、騙された心臓が静まるのを待った。


ようやく心臓が静まり、顔を上げた。

目に入って来たのは、お屋敷街だった。

さすが、プチプチでも、“芦屋”と称されるだけのことはある。

居並ぶ家々はみな、百坪以上はありそうで、庭があった。

家屋は二階建てが多く、金田一耕助や少年に出て来そうな洋館が多い。

玄関には例外なく、監視カメラが設置され、ホームセキュリティ会社のステッカーが貼られていた。


左右に続くお屋敷に感心しながら歩いていると、空き地になっている一角に出た。

空き地は、この界隈のゴミ捨て場として使われているらしい。

[月曜日と金曜日は、普通ごみの日。火曜日は、プラスチックごみの日。水曜日は、ペットボトル類ごみの日。木曜日は、缶類ごみの日。]と、看板が立っている。

看板の後ろは粗大ごみの集積所になっているらしい。

役所のステッカーを貼った、まだまだ使えそうなタンスやマットレス、自転車がたたずんでいる。

その中に、ドラム式の洗濯機があった。

まだまだ使えそうな様子で、目立つ汚れも無かった。

役所のステッカーも、貼ってなかった。

前面にある透明の半球状の蓋を通して見た、洗濯機の内部槽も、銀色に光り輝き、清潔感を醸し出していた。


「ん?」

洗濯機の内部から、何かが浮き出して来た。

それは、四方八方、銀色のステンレス槽から、浮き出して来るようだった。

それは、一見、様々な色を持ちカラフルに見えたが、目をこらすと、青と赤と黄と黒の四色に過ぎなかった。

それは、水玉状の体を洗濯槽内でポンポン弾ませ、スーパーボールを思い起こさせた。


水玉のドットは、ふいに動きを止め、フリーズした。

そして、ステンレス槽いっぱいにひしめきあっていた、青、赤、黄、黒のドットは、収縮した。

小さく小さく収縮した。

ひとまわりどころか、三まわりぐらい小さくなったドットは、中心部に向かって集まって行った。

ドットは集まるにつれ、複雑な色を見せるようになった。

まるで、印刷物の色が、微小なドットの集まりで出来ているように。


集まったドットは、色だけでなく、形も整えつつあった。

ボウリングのピン?

正面から見たカエル?

艶かしくヌラヌラと蠢くへび?

色が安定してくるにつれ、形も安定して来る。

最終的に洗濯槽に出現したものは、ピンでもカエルでも、ヘビでもなかった。

出現したものは、人だった。


洗濯槽に出現したのは、ピンクの作務衣を着た女の人だった。

髪はショートにしており、耳は細く長く、小さめに備わっていた。

目は“どんぐりまなこ”だが、団子気味の鼻が、それに妙に合っていた。

口は“への字口”ではなくアヒル口で、口角をあげた唇が微笑んでいる。

唇は、ぽってりとしており、グロスを引いたように光っている。


ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥パコンッ!

女の人は、洗濯機の透明半円蓋を開けると、四つん這いになって、洗濯機から這い出して来た。

上半身を洗濯機から出すと、その体勢のまま、前方に背筋を伸ばした。

そして、うつむいていた顔をグイッと上げて、上目遣いに俺を見上げた。


「カンソーから聞いてるよ」

「あ、聞いてはるんですか」

洗濯機から出て来た女の人は、洗濯機から上半身を出したまま、言った。

何故か、返答が、今までの仙人に対したものとは違い、敬語になった。

まごうことなく、この女の人が、ドラム式洗濯機憑き仙人“ラムー仙人”に間違いない。


「ということは、ラムー仙人さん、ですか?」

間違い無いとは思いつつも、一応確かめた。

「ラムーでいいよ」

“見た目二十代前半、中身四十代後半”の雰囲気を醸し出しつつ、ラムー仙人は答えた。


ラムー仙人は、洗濯機から完全に這い出すと、スックと立ち上がった。

体に付いた埃を払い、払い終わると、両手を腰に当てて、俺をねめつけた。

ラムー仙人にジッと見つめられ、照れ隠しにうつむいた。

おそらく見た目や雰囲気と違い、実年齢は、他の仙人と変わらないだろう。

しかし、見た目も格好も若い女の人に見つめられたら、分かっていても照れは隠せない。


見つめられること、数十秒。

うつむいて、上目遣いにラムー仙人の様子を伺うこと、数十秒。

ラムー仙人は、グロスのアヒル口をほころばせると、何かつぶやいた。

「‥‥ケセラセラ‥‥」

「へっ?」

「♪ケ~セラ~セラ~ なるように~なる~」

ラムー仙人は、唄い出した。

どうやら、この歌が〈示唆〉らしい。


「それが〈示唆〉?」

「そう」

「♪ケ~セラ~セラ~ ?」

「そう」

「♪なるように~なる~ ?」

「そう」


ラムー仙人は、アイコンタクトで、『さあ、ご一緒に!』と語りかけて来た。

口が“ケ”の音を発する形で、待ち受けている。

1、2、3、ハイ!

「「♪ケ~セラ~セラ~ なるように~なる~」」

ラムー仙人と声を合わせて、唄った。

二人共、自分の両手を胸の前で、重ね握って‥‥。

リズムに乗って、左右に振れながら‥‥。


「なんやこれ?」

「スペイン語のことわざを元にした、アメリカの昔の歌」

「いや、それは、知ってるんスけど」

「お嫌い?」

「そうじゃなくてですね」

う~ん、会話が噛み合わない。

コミュニケーションが、うまく取れない。


「なんというかですね。

 〈示唆〉という割りには、軽いような感じがして」

「横文字で、リズムに溢れているから、そう思うんじゃない?」

「やっぱり、標語調というか、五七調というか、そういうやつの方が、

 日本人にはシックリ来るような感じがして」

「しょうがないじゃない。

 憑いた機器に、〈示唆〉は左右されたりするんだから」


そこで、ハタッと気付いた。

“憑いた機器に、〈示唆〉は左右される”

そういや、全自動洗濯機に憑いてるゼンジー仙人の〈示唆〉は、〈ま、そんなこともあるわな〉。

乾燥機能付き全自動洗濯機に憑いてるカンソー仙人〈示唆〉は、〈なるようにしか、ならん〉。

ドラム式洗濯機に憑いてるラムー仙人の〈示唆〉は、〈ケセラセラ〉。

庶民的な〈示唆〉。

ちょっとドライな〈示唆〉。

ちょっとモダンな〈示唆〉。

なんとなく、それぞれの仙人(が憑いている洗濯機)に合っているような気がする。


「どう?」

ペットボトルの水で舌を湿らせて、ラムー仙人の問いに答えた。

「‥‥う~ん、やっぱり、イマイチ、しっくり来ない‥‥」

「そうかー。

 カンソーに続き、私もあかんかー」

「すいません」

「謝ることないよ。

 その人に、説得力のある〈示唆〉を授けて、

 再び人生に一歩を踏み出してもらうのが、私らの使命なんやから」

ラムー仙人は、ここに来て、仙人の役割について、深い言葉を発した。

ゼンジー仙人 → カンソー仙人 → ラムー仙人と会って来て、正直、『案外、仙人って、ユルいな』と思っていた。

でもそれは、『押さえるとこをキッチリ押さえてたら、後はアバウトでも構へんでしょ』という仙人気質なのかもしれない。


「じゃあやっぱり、ニソー兄さんのところにも行かなあかんな」

「最後の仙人さんですか?」

「そう。

 ゼンジーとカンソーと私は、ほぼ同じ時期に師匠に入門したから、

 同期みたいなもん。

 でも、ニソー兄さんは、私達より数十年は早く入門してたから、

 兄弟子みたいなもんやね」


ラムー仙人は、東川区仙人図を受け取って、広げると、山中の“○二”マークを指差した。

「香丁山の中ですよね。

 行って帰って来たら、日暮れるんちゃいます?」

ちょっと躊躇して、顔を曇らせた。

「だから、早よ行き!」

ラムー仙人は、対面で肩に手を掛けると、俺の体をクルッと回した。

そして、背中をポーンッと叩くと、にこやかに言った。

「行ってらっしゃい!」


「行って来ます」

そのまま二、三歩進んだところで、足を止めた。

振り返って、ラムー仙人を見つめる。

ラムー仙人は、『うん?』といった顔で、小首をかしげた。

「ニソー仙人の憑いてる洗濯機って‥‥」

「行けば分かるさ」

ラムー仙人は、引退したプロレスラーみたいなことを言って、右手を振った。



光は時に、様々な色模様を、単色にシンプル化する。

その逆も然り。


ラムー仙人のいた高台の住宅地(の空き地)から、香丁山の登山口まで、十分程もかからなかった。

東川区仙人図の“○ニ”マークは、香丁山の中腹ぐらいに描かれている。

どうやら、頂上まで登る必要はなさそうだ。

香丁山は、東川区の東背後にうっそうと佇んでいる。

麓には、北条時代に、当時の僧侶が開いたお寺、香丁寺がある。

香丁寺は、その僧侶が開いた宗派の総本山であり、平日であっても、参拝客が引きも切らない。

デジタルカメラを首から提げ、タスキがけにルイ・ヴィトンのバッグを提げ、右手にケータイを持ち、左手に数珠を持った参拝客が行き交う。

大型バスから降りて来た、ガヤガヤとケタタマシイ一群とすれ違い、裏手に向かう。

寺の裏手には、全国的にも有名な梵鐘を備えた、鐘突き堂があった。


香丁寺の裏手にある鐘突き堂は、登山口に隣接していた。

ここの鐘突き堂は、大晦日には地元の参拝者で賑わう。

数年に一度は、地元ローカルのテレビ局が、除夜の鐘を撮影に来る。

今は、ひっそりしている。

怖いくらいに。

鳥の朝鳴きには、ちょっと時間が遅い。

蝉の鳴き声には、ちょっと時期が遅い。

烏の夕鳴きには、ちょっと時間が早い。

蟋蟀の鳴き声には、ちょっと時期が早い。

そんな、音が絶えている時刻。


鐘突き堂を横目に見ながら進み、登山口前で立ち止まった。

登山口といっても、石碑や看板があるわけではなく、山道が続いているだけ。

香丁山は、たいして高くない山だ。

ここから頂上まで、普通の人の足で、三十分程度でたどり着ける。

頂上のお堂に住む僧侶は、毎朝、日の出の前から香丁寺に下りて来る。

そして、毎夕、日の入りの前に頂上のお堂に帰る。

僧侶は、行きも帰りも、十分程度を要するだけと言うから、香丁山の規模が分かる。

頂上のお堂は、香丁寺の開祖が住んでいた庵が、そのまま使用されている。

八百数十年前の建物や設備が、お堂の半分以上を占めており、ご本尊も含めてお堂丸ごと、重要文化財に指定されている。


そういう由来がそう思わせるのか、はたまた、山中の環境がそう思わせるのか。

一歩一歩踏み出す度に、清冽な空気が体内に入り込んで来るような気がする。

木々や蔓や草、花々は、うっそうと生い茂っているが、日の光りをさえぎるほどではない。

木々達は、様々な緑色や茶色を持っている。

花々達は、様々な色彩も持っている。

それが日の光を受けて、地面に影を描いた時、一様に黒一色になるのは、なんでだろう?

形による濃淡でさえ表わすことなく、ただの単色になるのは、なんでやろう?


それは、日の光が、あらゆる色彩や形を、単純化というか平準化というか、シンプルにするからなのか。

「‥‥シンプル‥‥」

そういや、仙人達の〈示唆〉は、いずれもシンプルなものばかり。


〈ま、そんなこともあるわな〉

〈なるようにしか、ならん〉

〈ケセラセラ〉


難しいことや、ややこしいことを、難しくややこしく言うのは、誰にでもできる。

難しいことや、ややこしいことを、シンプルに分かり易く言うのは、誰にでもできない。

前者は、現象や記述を、自分で消化せずに、そのまま言うに過ぎない。

だから、自分の言うことに、責任を取る覚悟が無いから、説得力が無い。

対して後者は、現象や記述を、自分で消化して、自分の言葉に変換して言う。

だから、自分の言うことに、責任を取る覚悟が有り、説得力が有る。

一見、ノホホ~ンとしていても、仙人達には、覚悟が備わっているんだろう。

だから、シンプルに言い切れる。

だから、ある人に対しては、すごく、身震いするほど説得力があるのやろう。


残念ながら、先に会った三人の仙人の〈示唆〉は、俺にはイマイチ説得力が無かった。

ただ、仙人と出会ったこの短時間で、心の向きが変わって来ているのは感じる。

いや、心の混沌が、スッキリ整理されて来ているのかもしれない。

足元の平坦な黒い影を見ながら、足を進めた。

影は、忠実に、付いて来る。


土と砂と小岩が入り混じった、渇いた道を進む。

しばらく晴天が続いているので、山中からは湿り気が感じられない。

そのせいか、一歩踏み出す度に、足元から小さな砂煙が沸き立つ。

こんな小さな砂煙でさえ、日の光に当てられると、シンプルな黒い影になってしまう。

そして、俺の影と同化して、俺の影となってしまう。

それ以前に、俺の影そのものが、木々や蔓や草、花々などの影と同化している。

日の光に照らされると、あらゆるものがシンプルな黒い影となり、あらゆるものが一体化する。


あらゆるものは俺になり、俺はあらゆるものになる。

あらゆるものは、シンプルで黒の単色で、シンプルで黒の単色のものは、日の光を浴びている。

日の光は、あらゆるものをシンプルにするから、日の光は、仙人達の〈示唆〉と近しい。

あらゆるものは、シンプルで単色だから、日の光を浴びている。

だから、〈示唆〉も浴びている。

〈示唆〉は、自分で消化した覚悟と責任のある言葉、を表わす。

消化した覚悟と責任の〈示唆〉は、 照らしたもの、浴びたものに、それを伝え渡す。

あらゆるものは、〈示唆〉と、それを支える覚悟と責任とを、受け渡されている。

〈示唆〉の持つ覚悟と責任を、受け取っている。

覚悟と責任は説得力を生み出すから、あらゆるものは説得力を持つ。

持っているはず。

あらゆるものはシンプルだから、シンプルは説得力を持つ。

持っているはず。


「‥‥説得力‥‥」

その支えは、シンプルで、覚悟で、責任で。

シンプルには、単色や一体化が含まれて。

覚悟には、決断が伴って。

責任には、覚悟が伴って。

でも、仙人達は、しかめ面せず、小難しい顔もせず、飄々として。

ある種、ノホホ~ンとして、〈示唆〉を与えて。


烏が鳴いた。

今日、最初の、烏の鳴き声。

日が沈もうとしているのかもしれない。

夕闇が近いのかもしれへん。

急ぎ、足を速める。

影は、忠実に、付いて来た。


「‥‥夕闇‥‥闇‥‥」

闇も、あらゆるものを、黒の単色にする。

あらゆるものを、一体化する。

が、闇の黒には、濃淡がある。

形や風景による、濃淡がある。

そして、全体を丸ごと、単色にする。

そこには、光が一片も無い。

ちらも単色にすると言えども、どちらも一体化すると言えども、明らかに、闇と光は異なる。

光は、照らしていない影の部分を、黒く塗り込める。

光は、強く照らした部分を、ぼやかせて曖昧にする。

闇は、全体を、黒で覆い尽くす。

闇は、全体を、異世界にする。

光と闇は、表裏一体とも、ジキルとハイドとも、天の双頭児とも言われる。

しかし、こうして見ると、そのプロセスも、結果も、効果も全く異なる。

光は、有無を言わさないシンプルを、導き出す。

闇は、濃淡のあるシンプルを、導き出す。


『‥‥濃淡のあるシンプル‥‥?』

濃淡のあるシンプルは、果たしてシンプルなのか?

少なくとも、濃淡があるということは、多様性がある。

ということは、良きにしろ悪きにしろ、様々なシンプルがあるということ。

シンプルに、“様々”は、似つかわしくない。

シンプルに、“様々”は、いらねえ。

シンプルは、シンプルだからこそ、その孤高性が清冽で、説得力を持つ。

シンプルに様々な場があって、逃げ場があったら、愚劣な偽者に堕ちる。


木々と蔓と草と花々と、俺の影を形作る日の光りは、うっすらとだが赤味を帯びて来ていた。

ザッ‥‥ザッ‥‥ザッ‥‥ザッ‥ザッ‥ザッ‥。

意識しないうちに、足の動きは速まり、土を踏みしめる足音はテンポアップした。

赤味の効果は、足だけでなく、思考の展開速度も速めた。


じゃあ、俺は、覚悟なのか?

あらゆるものは、責任なのか?

シンプルは、説得力なのか?

濃淡は、愚影なんか?

多様性は、偽者なんか?

仙人達は、木々や蔓や草や花々なんか?

〈示唆〉は、光か?


ふいに、空間が開けた。

登山道は、その空間を通り抜け、正面奥から頂上へ向けて続いている。

空間は、広場とも言っていい程の大きさで、木々の枝に覆われている。

その為、少し薄暗いが、枝々の合間から、ところどころ日の光が射している。

日の光に照らされ、日の光を浴びている地面には、芝生状の草々が生えていた。

土と砂の焦げ茶に、芝生の緑がところどころ生えている。

焦げ茶の水面に、緑の島がところどころ浮かんでいるようだった。


そんな山中の広場に、不似合いなものが立っていた。

広場の左手隅に、それはフュッと立っていた。

木々の枝から漏れる日の光をカラダに浴び、それは立っていた。

元は眩しいほどの白であったであろうカラダは、ところどころ茶や緑のシミが目立っている。

緑のシミは、苔らしく、うっすらと立体感があった。

それは、ほぼ正方形の全自動洗濯機と違い、横長長方形の二槽式洗濯機だった。

上部には、蓋と操作パネルがあった。

蓋は二つあり、向かって左側の蓋の方が大きい。

3分の2が左側の蓋、3分の1が右側の蓋、の構成になっている。

操作パネルには、ボタンやスイッチは無く、全てダイヤルで操作するようになっている。


そういや昔、洗濯機の操作もテレビのチャンネルを替えるのも、ダイヤルだった。

ガチャ‥‥[濯ぎ]‥‥ジー‥‥。

ガチャ‥‥[脱水]‥‥ジー‥‥。

ガチャ‥‥[4ch]‥‥ガチャガチャ‥‥[8ch]‥‥ガチャ‥‥[6ch]‥‥ガチャガチャ‥‥[10ch]。

この頃は、リモコンも無かったからボタンも無く、本体のダイヤルを操作するのが当たり前だったのだろう。

そういえば、母が言っていた。

「ほんまにボタン押すだけで、洗濯できるんかな?」

父も言っていた。

「おお!ボタン押すだけで、チャンネル替わったぞ!」

高度成長期の頃?

昭和四十年代頃?

でも、あの頃に、社会も環境も、心も体も、いろんなものを先取りしてしまったんやな。

支払いは、後世に先送りして、“その後世の、今はエライコッチャ”。

そして懲りずに、今も、後世に先送り。

先取り → 先取り(先送り) → 先取り(先送り) → 先取り(先送り) → 先取り(先送り) → 先取り(先送り) → 先取り(先送り) → ‥‥‥。

連綿と続く、無限ループ。

後に行くほど、雪だるま。

後に行くほど、ニッチモサッチモ。


ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥。

左側の蓋が揺れ出した。

ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥パコンッ‥ピョコ!

左側の蓋が開くと同時に、ブロンドの髪の毛が飛び出した。

キキーッ‥‥!

長いブロンド髪の毛の物体は、目の位置のところで、飛び出しを急停止した。

目だけを、洗濯機のへりでギョロギョロさせながら、こちらを覗き見ている。

青い目を、ギョロギョロさせながら。


ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥。

右側の蓋も揺れ出した。

ガタッ‥‥ガタガタッ‥‥パコンッ‥ピョコ!

右側の蓋が開くと同時に、ブロンドの髪の毛が飛び出した。

左側のブロンド髪の毛よりも、一回り小さい。

キキーッ‥‥!

右側の短いブロンド髪の毛も、目の位置のところで、飛び出しを急停止した。

こちらも、目だけを、洗濯機のへりでギョロギョロさせながら、こちらを覗き見ている。

緑の目を、ギョロギョロさせながら。


「ニソー仙人?」

「「そうじゃ」」

左と右は、質問に同時に答えると、お互いの顔を見合わせた。

「ニソーは、ワシじゃろ」

「あ、そうか」

左と右は、目までを洗濯機から出したまま、会話を交わした。

「では改めて‥‥‥‥‥‥そうじゃ」

左が、溜めて溜めて、改めて答えた。


向かって左側(洗濯槽から顔上半分を出している方)が、ニソー仙人だった。

ブロンドの髪をフサフサさせて、青い目をギョロギョロさせている。

右側(脱水槽から顔上半分を出している方)は、目をキラキラさせて、ニソー仙人の自己紹介する姿を見つめている。

その目には、『リスペクト!』が、あからさまに浮き出ていた。

その右側のまなざしを見て、『やれやれ』と、心の中で、肩をすくめた。


「ラムー仙人から、連絡いってる?」

「ああ、来とる、来とる」

左イコール、ニソー仙人は、目までを洗濯機から出したまま、返事をした。

「〈示唆〉をもらう前に、疑問点が二つほどあるんやけど」

「なんじゃ?」

「一つは、何で目までしか、洗濯機から出て来えへんの?」

「今日は、お肌のお手入れをしてへんし、服もパジャマのままだからじゃ」

高度成長期のおばさんみたいなことを、言わはる。

「もう一つなんやけど‥‥横の人は誰?」

ニソー仙人は、横の人(右側の人)と目を合わせて、こっちへ向き直って答えた。

「ワシの弟子のダスー仙人じゃ」

脱水槽に入っているから、ダスー仙人なわけね。


紹介を受けたダスー仙人は、俺と目が合うと、ピョコッと動いた。

顔上半分しか洗濯機から出ていでてないから、よく分からないが、挨拶したんだろう。

ダスー仙人は、俺をギョロっと見つめた。

しばらくすると、そのギョロがキョロくらいになり、しまいにはウルウルになって、目から涙を溢れさせた。

「なぜ泣く?

 まあ、気持ちは分かるが」

ニソー仙人の言葉に、ダスー仙人は答えた。

「‥‥だって‥‥」

ダスー仙人の声は、涼やかで若々しい声だった。

ダスー仙人は、ウルウル目で、俺を見つめ直した。


同情は、いらねえ。

覚悟の上だから。

決断した時から、責任は取るつもりだ。

ダスー仙人は、まだ修行中の身だから、人を見て〈示唆〉を与える際、その人に感情移入してしまうのだろう。

それが、他の仙人に比べて、ウエットで練れてない部分なのだろう。

それを示すように、今まで会った仙人達は、どこか飄々としていた。

ニソー仙人も、然り。


「ラムー仙人から聞いてるんなら、早速、〈示唆〉ください」

俺が言うと、ニソー仙人は洗濯機から右手を出し、手の平を俺に向けて、“まあ待て”のポーズをした。

右手は、紺地に白い二本ラインが入った、ジャージを着ていた。

ジャージには、毛玉が泳いでいた。

「まず、修行として、ダスーに見せるから、ちょっと待て」

ニソー仙人はそう言うとギョロ目で、ウル目のダスー仙人をうながした。


ダスー仙人は、俺をウル目でジイーッと見つめると、そのままウルジト目をしたまま、数秒停止した。

目に輝きが戻り、目を見開くと、左手をニソー仙人に左耳へ持って行った。

左手は、緑地に白い二本ラインが入った毛玉が泳ぐ、ジャージを着ていた。

ダスー仙人は、左手でニソー仙人の左耳を覆い、ゴショゴショと内緒話をするように、ニソー仙人に何か言った。

ニソー仙人は、中空に視線を漂わせたまま、それを聞いている。


「そうそう、そういう〈示唆〉を彼は求めてんねん‥‥って、なんでやねん!」

ニソー仙人のノリツッコミから繰り出される左裏拳は、ダスー仙人の額に決まった。

ニソー仙人の左手も、紺地の白い二本ラインの入ったジャージを着ていた。

ジャージには、毛玉が泳いでいた。

ニソー仙人は、ノリツッコミを終えると、俺に向かってドヤ顔をした。

デジャブ。

洗濯機仙人は、めんどくせーなー。


どうも、ダスー仙人の〈示唆〉は、ニソー仙人によって却下されたらしい。

ダスー仙人の、残念そうな情けなさそうな視線を受け止めながら、ニソー仙人の〈示唆〉が出て来るのを待った。

ギョロギョロ、ジトジト‥‥ギョロギョロ、ジトジト‥‥。

ニソー仙人の視線も受け止めながら、〈示唆〉が出て来るのを待った。

どっちの仙人の視線も、気持ちいいもんやないなー。


ニソー仙人は、ギョロ目を薄目にして、左手で頭を撫でながら言った。

ダスー仙人の額を撫でながら言った。

「〈人間万事、塞翁が馬〉」


おお!中国の故事が出て来た!

年季の入った洗濯機(に憑いてる仙人)だけに、古くから慣れ親しんでいることわざを使って来たか。

で、ふと疑問が湧いた。

ペットボトルの水で喉を潤し、一呼吸置いて尋ねた。

「ダスー仙人の〈示唆〉は、何やったん?」

ニソー仙人は、答えた。

「〈禍福は、糾える縄の如し〉じゃ」


こっちも、中国の故事か。

‥‥っていうか、意味一緒やん。

ペットボトルの水で口を湿らせて、一呼吸置いて尋ねた。

「どっちの意味も、似たようなもんやん。

 なんで、ニソー仙人のはOKで、ダスー仙人のはあかんの?」

「ワシの方が、親しみが持てる」

「何で?」

「昔、直木賞を取った小説に、タイトルが似てるからじゃ」

ニソー仙人は、『よく知っておるじゃろう』顔で、言い切った。

「元放送作家で、元国会議員で」

「ふむ」

「元意地悪ばあさんで、テレビの司会とかしてて」

「ふむ」

「最後には、都知事にまでなったという人の作品」

「おぬしも、歳の割りに、よく知っておるの」

ええ、テレビっ子で活字中毒ですから。

でも今や、分かんねー人の方が、多いんじゃねーか。


“ぽか~ん”としているダスー仙人を尻目に、ニソー仙人はニコニコ顔で答えていた。

ニソー仙人にしてみれば、『お、こいつ分かりおったな』てなところだろう。

ただ分かるには分かったが、どちらの〈示唆〉も、やはりイマイチしっくり来なかった。

これで、すべての〈示唆〉を聞いたことになる。

だが、俺には、しっくり来て、説得力のあるものがなかった。

本来ならば、誰でも、どれかの〈示唆〉には“クル”のだろう。

でも“キテナイ”ということは、まだ俺の考えや認識が足りないということだろうか。


“クル”は、どこから来んの?

あそこから、そっちから?

外から?内から?

時間から?空間から?

“キテナイ”って、どこから来てへんの?

そこから?こっちから?

天から?地から?

現在から?三次元から?


“クル”も“キテナイ”も、俺が思うことか。

ということは、俺の考え方、認識次第で、“クル”も“キテナイ”も左右されるのか。

ということは、“クル”も“キテナイ”も、俺の内から来ることか。

ということは、“クル”も“キテナイ”も、俺が決めることか。

決める、つまり、決断。

責任をとる覚悟して、決断しないと、〈示唆〉が“クル”ことは無い。

〈示唆〉は、得られない。


二槽式洗濯機に照り付けている日の光りが、かなり赤味を帯びて来た。

もうそろそろ山を下り始めないと、暗い中、山道を歩くことなるハメになりかねない。

「二人とも、ありがとう。

 もう行くわ」

ニソー仙人は、一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに立ち直って、こう言った。

「おお、達者でな」

ニソー仙人とダスー仙人は、右手を振ってサヨナラをしてくれた。

緑地と紺地と白いラインと毛玉が、揺れる。

ニソー仙人の左手は、ダスー仙人の頭を撫でていた。


二人を入れた二槽式洗濯機を背に、来た道を帰る。

道上の土や砂や小岩は、夕焼けの赤光を浴びて鈍く輝いていた。

その輝きは、素焼きの土器を思い出させた。

赤肌の埴輪を思い出させた。

赤茶けた土、砂、小岩の色を見ていると、プリミティブな思いに、とらわれた。

プリミティブ = 原始的な = 素朴な ‥‥。

つまり、原初的な = 単純な = シンプルな ‥‥。

帰る道の赤光は、再び思考のうねりに連れ出した。


“しっくり来る” は “説得力がある” こと、イコール、どの〈示唆〉を取るか決断すること。

決断は、曖昧な考えや思いのままでは、でき得ない。

そして、決断をするには、心情と理性による“納得のバランス”も必要。

“納得のバランス”を得るからこそ、覚悟して責任に臨むことができる。

バランスには、対立する二項が必要。

清と濁、正と邪、作用と反作用、引力と斥力‥‥。

だが、二項だけでは、天秤の両方の皿に、モノが乗っているに過ぎない。

二項のバランスをとる為には、天秤の中心棒というかヤジロベエの足というか、支点になる三項目が必要。

一方の端にあるのは、正義。

一方の端にあるのは、贖罪。

そして、支点にあるのは〈示唆〉。


一と二と三。

1と2と3。

ⅠとⅡとⅢと‥‥。

物事は、二項対立で考えがちだけど、そこには二項を対比させて考える為、支点の第三項が必ず潜んでいる。

よく考えたら、あらゆるものは、三項になるんじゃねーか?

あらゆるものは、三項が集まって、複雑怪奇に見せてるだけなんじゃねーか?

あらゆるものが、原子、分子、クオークでできているように。

三項以上を頭に置いて考えることが、手っ取り早いのかもしれんけどけど、無理やり外見二項(本質三項)にして、考えてへんか。

ほんまは、三項ずつバラバラにして考えて、その結論を集めてまた三項ずつにして、それを繰り返して、最終的に成った三項で考えをまとめるべきやないんか。

めんどくさくてもうざったくても、そうすることが、キチンと対応することやないんか。キチンと対応することが、自分自身や周りの人々を大事にすることやないんか。


もし‥‥、もし〈示唆〉に出会わなかったら、こんな風な考えを持てただろうか?

〈示唆〉に出会い、意識して考えることで、こんな考えに気付くことができたんやないか?

意識してこそ、スピーチの「ア~」「エ~」が気になるように、時計の針の進む音が気になるように。

自分自身も他の人も、頻繁にまばたきしていることに気付くように。


正義、贖罪、〈示唆〉の三項だと思っていた思考を、解体してみた。

いくつかの三項に。

それらの結論を、またいくつかの三項にまとめ、結論を求めた。

そのプロセスを繰り返すこと、数回。

3→1 3→1 3→1 ‥‥。

1・1・1 1・1・1 1・1・1 ‥‥。

3→1 3→1 3→1 ‥‥。

1・1・1 1・1・1 1・1・1 ‥‥。

最終的に残ったのは、一方の端に、自分の魂。

一方の端に、社会的立場。

そして、支点には、〈示唆〉。

〈示唆〉を支点に、〈示唆〉を用いて、自分の魂を推し量る。

〈示唆〉を支点に、〈示唆〉を用いて、自分の社会的立場を推し量る。

誰が大事?

なぜ大事?

何が大事?


とどのつまり、『何が大事か、見極める』こと。

それを的確に行なう為に、〈示唆〉を用いる。

俺にとって、誰が大事?

周りの、自分を応援してくれる人。

なぜ大事?

何があっても、とりあえず俺を信じて、行動してくれるから。

何が大事?

そういう人々、そういう環境。


なら、お前は、どうすればいい?


あたりは、すっかり薄暗くなったが、なんとか日の光りのあるうちに下山できた。

登山口から出て、鐘突き堂に腰を下ろし、ペットボトルの水を飲む。

そして、ペットボトルの水を、頭からかぶる。

二、三回、頭をこする。

二、三回、顔をこする。

頭部と顔からしたたる水を、ハンカチでザッと拭き取る。


「もういっぺん、聞いてみるか」

つぶやきながら、立ち上がる。

改めて、東川区仙人図を広げて、目的地を確認する。

目で、目的地を確認した。

視目の先には、住宅地の“○ゼ”マークがあった。


ゼンジー仙人の元を、再び訪ねると、先客が来ていた。

紺の作務衣を着た、坊主頭の、筋骨隆々たる男だった。

よく見ると、肌にはシミや細かいたるみがあり、顔には深い皺があった。

一見の印象よりも歳を取っていそうだが、それでもある種の爽やかさを感じさせた。

ゼンジー仙人の爽やかさと、相い通じるものがあった。

ゼンジー仙人は、全自動洗濯機から上半身だけ出して、男と談笑していた。

男は、洗濯機に片肘を着いて、ゼンジー仙人と談笑していた。

二人の間にグラスを置いたら、バーのカウンターと間違えそうだった。

“この間の首尾は、どうだった?”

”あの娘のことか?てんでネンネで、全然駄目だったよ”

“あはは、もう若い娘は、やめとくんだな”

なんて会話を、交わしていそうだった。

実際の会話に耳を澄まると、どうやらゼンジー仙人は、敬語を使っているらしい。


「おう、戻って来たんか。

おかえり」

ボヤっと二人を見つめていた俺を見つけたゼンジー仙人が、先に声を掛けて来た。

「ただいま、‥‥って、誰?」

「誰じゃなくて、「どちら様?」やろ」

怒り呆れ気味のゼンジー仙人の指摘に、あわてて言い直した。

「どちら様?」

「わしらの先生、センター師匠じゃ」


センター師匠、つまり、洗濯板憑きのセンター仙人。

洗濯機憑き仙人みんなの師匠。

センター仙人は、右手を上げて挨拶した。

「おう」

作務衣の袖からはみ出た右腕には、黒々とした腕毛と白々とした腕毛が、交互に生えている。

それは、ストライプ柄ともボーダー柄とも言い難かった。

あえて言えば、ゼブラ柄の腕だった。

センター仙人は、顔を皺だらけにして、クチャっと微笑んだ。

それは、子どもが見せる笑みを彷彿とさせ、刻まれた幾重もの皺がなんとも魅力的だった。

そして、微笑んだまま俺を見つめると、おもむろに口を開いた。

「〈まあ、そういうこともあるやろう〉」

「‥‥あ、ゼンジー仙人と、ほとんど同じ」

センター仙人の〈示唆〉を噛み締めて、返事をした。


「やっぱり師弟やから、似て来るんやな」

噛み付いて来たのは、ゼンジー仙人だった。

「全然、異なるぞ。

 よう比べてみい」


ゼンジー仙人の〈示唆〉が、〈ま、そんなこともあるわな〉。

センター仙人の〈示唆〉が、〈まあ、そういうこともあるやろう〉。

意味、一緒やん。

違いは、字数と、より関西弁っぽいかそうでないか。

他に違い無いやん。


「師匠には悪いが、ワシの方が庶民的というか、親しみが持てる」

ゼンジー仙人は、他の違いを見事に指摘して、(洗濯機から出した上半身の)胸を張って、宣言した。

「聞き捨てならんな」

センター仙人の反論が始まった。

「ワシの〈示唆〉の方が、ゼンジーのに比べて、

 品があるというかスマートというか丁寧というかうか、多くの人に受けるに違いない」

「いや師匠、そう言われますけどね‥‥」

「なんや、ゼンジー‥‥!」

師匠と弟子の言い合いが、本格的始まった。

しばらく傍から聞いていると、二人の会話は、ほとんど息のあった掛け合い漫才になって来た。

苦笑しながら、センター仙人とゼンジー仙人(の入っている全自動洗濯機)の側を離れた。


二人に背を向けて歩き出す。

しばらく行くと、背からユニゾンで声が掛かった。

「「ほな、元気で過ごせよ」」

振り返ると、手を振る二人が目に入った。

ゼンジー仙人は、右手をビュンビュン振っていた。

センター仙人は、右手をブンブン振っていた。

お返しに、二人にシャキシャキ手を振った。

そして、深く頭を下げた。


途中、ゴミ箱を見つけた。

残っていたペットボトルの水を、一気に飲み干し、ペットボトルをゴミ箱に捨てた。

ペットボトルは、静かに、ゴミ箱に落ちて行った。


〈ま、そんなこともあるわな〉

〈なるようにしか、ならん〉

〈ケセラセラ〉

〈人間万事、塞翁が馬〉

〈禍福は、糾える縄の如し〉

〈まあ、そういうこともあるやろう〉


〈ま、そんなこともあるわな〉


一番近い警察署に、俺は向かった。

警察署の入り口を入ると、すぐに受付があった。

ショートカットで丸顔の婦警さんが、俺にニコヤカに尋ねた。

「どうしました?」

俺は婦警さんに、にこやかに言った。

「人殺したんで、自首したいんですけど」


〔終わり〕

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