表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異世界短編

パスワードを下さい

掲載日:2023/12/12

 

 何かをしようと思っても、体が動かない。


「ここでは君の好きなようにしていいんだよ」


 私を攫った貴方は微笑んで言うけれど。


 貴方に紅茶を淹れたい。

 貴方にお菓子を用意したい。


 朝の眩い光を浴びながら、私はそう思った。


 そう思うのに体は動かない。


『汚い手で触らないで!』

『見ているだけで気味が悪いわ』


 逃げられたはずの過去が目の前にある。

 義母も義妹もここにはいないのに。


 何度も思う。

 救い出してくれた貴方に、少しでも感謝を示したい。

 けれど恐怖が体を縛る。重い鎖のように。


 清潔な体で綺麗なドレスを着させてもらっているのに、どこまでも私は囚われたまま。



 私が何かをすると、怒鳴られて殴られる。

 それは虐待で、異常だったのだと貴方は言ってくれるのだけれど。


 ようやく貴方にお菓子を添えて紅茶を淹れられたのは、茜色の光が差しこむ頃で。

 暖炉に火が入る夜の間際。


 それなのに貴方はとても嬉しそうに口にしてくれるから。


 許されたような気になってしまう。


 紅茶とお菓子を並べたテーブルを挟んで、口元を三日月のように優しい形で笑みかけてくれるから。


 胸の奥がぎゅうっと詰まった。


 それは心細さとも恐怖とも違う初めての胸の痛みだった。



 ***



 あれから5年が経った。


 囚われたままの私に貴方は何度も言ってくれた。


「ここでは君の好きにしていいんだよ」


「今、何をしたいと思った?」


「いいよ。やってごらんよ」


「すごいな!君はこんなこともできるんだね!」


「ねぇ、もう一度やってみてくれないか?」


 何度も何度も、貴方は私の体に巻きついたままだった鎖を解く言葉を言ってくれた。

 それが合言葉(パスワード)だと貴方は知っていたのでしょうか。


 初めて鎖の重さを自覚した後、ゆっくりと貴方の言葉で外されていった。

 そして、少しずつ私は自分の意志と考えを尊重するようになった。


 貴方に紅茶を淹れたい。

 貴方に感謝の気持ちを伝えたい。


 私はすぐに行動に移せるようになった。


「おぉ、サーシャ。君が淹れてくれるお茶を飲むと幸せな気持ちになるよ」

「私がいつもありがとうと思っている気持ちがこもっているからですわ」


 私たちは微笑み合う。

 ただお互いにそうしたいと思うから。


 目を合わせて口元を三日月にする。

 それだけでもう愛言葉(パスワード)は要らなくなる。


 それでも欲張りになった私は時々欲しくなる。


「愛しているわ」

「サーシャ、愛しているよ」


 貴方だけが使える私のパスワードを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 愛言葉で心の鎖が溶けて行くのが胸に染みますね。 素敵な作品をありがとうございました。
[良い点] 自由な身になっても未だにトラウマに苛まれている所に、義母と義妹による虐待の根深さが感じられますね。 しかしながら、ありのままの自分を肯定してくれる人の存在によってサーシャさんが徐々に過去の…
[一言] 合言葉・・・ 海といえば山 山といえば、おっぱい。 え、違う? 愛言葉のつもりが。 EFG HIJK LMN 愛の前にHがあるというのに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ