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氷の操り人形は好敵手に出会って糸を切る

作者: 雨宮シキ

 シャーリーは子供の頃から美しいが笑わない娘だった。

 透き通るような白い肌にキラキラと輝く銀髪に神秘的な紫色の瞳を持って産まれたシャーリーは可憐な雪の妖精のようだと大人達に言われていた。

 この子は貴族の血を引いているかもしれない。そうでなくても、この美貌に惹かれる権利者は必ず現れるだろうと確信したシャーリーの周りにいた大人達は彼女に上位貴族にも引けを取らないよう礼儀作法と知識を学ばせた。

 その上で使用人として貴族の屋敷にシャーリーを働きに出した。

 男爵家の使用人として働き始めたシャーリーは直ぐに男爵家の当主に気に入られた。

 男爵はシャーリーに夢中になり、蔑ろにされた事に腹を立てた妻がシャーリーを折檻しようとすると、男爵は妻に離縁を言い渡し、屋敷から追い出してシャーリーを新たな妻にしようとしたのだが。


「奥様より私を選んで頂き嬉しゅうごさいます。けれど旦那様、私はもう少しだけ恋人気分を味わってから旦那様の妻になりとうごさいます」


 妻より若く可愛らしいシャーリーのおねだりを聞いて、男爵は暫くの間シャーリーとは正式に結婚せず、しかし事実上の妻としてシャーリーを昼夜問わず自分の部屋にも出入り出来る扱いにした。


 その数日後、雨の激しい日にシャーリーの姿は男爵家から忽然と消えた。

 同日に下働きの若い男も姿を消したので2人は駆け落ちしたのでは? と男爵は怒り狂って2人を探したが中々見つからず、翌日になって近くの川で男女の遺体が見つかったと報告された。

 男爵は怒りと悲しみに沈み、仕事に手が付かなくなり、自身の机の引き出しから隣接した伯爵家の領主と取り交わした重要な書類が無くなっている事に気が付いていなかった。



 シャーリーは似たような仕事を何度も命じられた。

 目立つ銀髪はかつらを被ったり染めたりして見た目を変え、名前もその都度変えた。

 貴族の屋敷で働いていた下働き経験のある平民から、男爵令嬢と偽って上位貴族の屋敷に働きに出た事もあれば、領地で静養していた為、これまで社交界に姿を見せていなかった伯爵令嬢として振る舞った事さえあった。

 シャーリーは隣国から送り込まれた工作員の1人だった。

 頭からの指令を受け、その指示通りに動く手足の1本。

 孤児だった自分を拾って育ててくれた集団の頭に言われるがまま、シャーリーは沢山の貴族をその美貌で誑かし、必要な物を手に入れ、時には命を奪って来た。

 それがシャーリーに与えられた役割だった。

 シャーリーという妖しい光に群がる虫のように惹き寄せられた幾多の男と必要に応じて夜も過ごしたが、シャーリーは恋や愛を感じた事がなかったが、偽りの愛を語るのは息をするのと同じぐらい容易く出来るようになっていた。


 この国に潜入するよう命じられ、次は国王を狙えと指示を受けて国王陛下も出席する大規模なパーティーに招かれた実在する貴族の女性に予め狙いを付け、薬を盛って眠らせた。

 手早く姿をその女性に似せてから堂々と会場に姿を見せ、パーティーで国王陛下に挨拶をする為に近寄った。

 順に挨拶をする貴族の列に並び、次はシャーリーの番となった。

 許しを得て面を上げ、国王陛下の顔を間近で見たシャーリーは息を飲んだ。

 国王はシャーリーと同じ一瞬で人の命を奪える者だった。

 戦場で騎士達を率いて敵を容赦無く葬る鬼神のような男だとは聞いていた。

 鍛え上げられた身体はシャーリーの細腕では全く歯が立たないだろう。

 隙を見て暗殺するか、色仕掛けで籠絡しろと命じられていたが、そんな隙は何処にもなく、国王の黒々とした暗い眼はシャーリーが何者であるか見通しているようで震えそうだった。

 未だかつて、シャーリーは誰かに正体を疑われた事などなかった。疑われるようなヘマをすれば、直ぐに消される身であった。

 生き延びて任務を継続し続けていた事はシャーリーは優秀な間者だった。

 これまで失敗した事などなかった。

 たが、何も言われずとも、悟ってしまった。

 シャーリーの心臓は嫌な音を立てて軋み、冷や汗が噴き出しそうになった。

 彼女の目の前にいたのは、シャーリーが手を下した何倍もの数を死に至らしめている、格上の死神だった。シャーリーのような頭から指示を貰わなければ何も出来ない小者ではない。足元をうろちょろと暗躍する者達を無慈悲に踏み付け、頂点に君臨する王だった。

 シャーリーは任務中に自分より格上の存在に出会った事がなかった。

 初めて人を手に掛けた時よりも恐ろしくなり、悲鳴を上げて逃げ出したくなったが、足はガクガクと震えて動けなくなってしまった。


「どうした? 顔色が優れないようだな」


 国王の側に仕えていた者がその言葉を聞いて控室にお連れしましょうかと助け船を出したが、シャーリーが頷く前に国王はシャーリーの手を取り、バルコニーへと連れ出した。


 人気のないバルコニーは、他の誰にも聞かれたくない話をする時に使う。

 シャーリーは幾度もバルコニーでターゲットを落として来た。

 護衛が窓際に控えてはいるが、邪魔の入らない至近距離に狙っている獲物がいる。

 絶好の機会であるにも関わらず、シャーリーは動く事はおろか、偽りの愛を語る事すら出来なかった。


「そう怖がるな。この場でくびり殺したりはしない。暫く休んでからまた来るが良い。楽しみにしている」


 震えていた肩にソッと外套が掛けられ、シャーリーは1人バルコニーに残された。

 見逃された。お前などいつでも殺せると言わんばかりに侮られ、命懸けの仕事を娯楽のように扱われた。

 シャーリーは任務中にも関わらず、私情で相手を殺したくなった。こんな気持ちになるのは初めてだった。

 喜びや怒り、悲しみすら命じられて動くだけの人形のような自分に存在しないだろうと思っていたのだ。

 それがどうだ。

 心底恐ろしく逃げ出したい程の相手だと思ったにも関わらず、燃え上がるような怒りがシャーリーの中に芽生えていた。

 国王はきっとシャーリーが自身に危害を加えようとしているのを見抜いている。

 シャーリーはそんな相手を狙った事などない。正体に気付かれた以上、失敗したのだと頭に報告する必要がある。自分1人ではとても手に負えるような相手ではないが、他の誰にも譲りたくなかった。失敗の報告もせず、勝手に動くなど命令違反だと分かっていたが、それでもシャーリーはあの国王を誰にも渡したくなかった。

 それはシャーリーが初めて得た怒りであり、執着であった。

 シャーリーは国王に掛けられた外套の上から自身の両手で肩を抱き締めた。

 

 たった一度目を合わせて言葉を交わしただけ、だというのに、あの国王の事しか考えられない。

 まるで恋をしてしまったようだ。

 シャーリーはそんな事を考えながら外套を強く握り締めた。

 恐ろしく手強い相手だが、また来るが良いとお許しを貰ったのだ。折角頂いた以上、無駄にする事もない。

 次は身分を偽ってではなく、何処かの高位貴族の養女にでもなってやろうか。

 シャーリーにとって、それぐらいは容易い事だった。

 正式な身分を得て、シャーリー本人として国王に再び会いに行こう。

 妃が既にいるなら女官として王宮に入っても良い。妃の信用を勝ち得た後、妃が国王以外の男と不義密通をしているように工作して妃を追い落とした後、後釜に座れるようにするか、それとも最初から側妃になれるよう動こうか。

 これまでターゲットとどう接触するかまで細々とした指示を聞いてその通りにこなすだけだったシャーリーは次に何をしようか自分の頭で考えようとしていた。

 どんな手段を用いれば、あの全てを見透かしているような国王の驚いた顔が見れるだろうか? そんな事を考えながら、シャーリーは自分でも気付かぬ内に微笑んでいた。

ハニートラップ要員の工作員が国王に恋して何度もアタックして来る物騒な話を考えてみました。

気に入って頂けたら嬉しいです。

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