第9話 僕の心が解かれたコト
★スキースノボで現世と常世を巡るファンタジー★
アキラはウサギのそらから、雪の国や『常世』という世界の情報を聞くことになった。雪の国では、和平のために訪れる東の大国の代表を歓迎することになった。
東の大国から、現世で冬に行われている平和の祭典で、人間が雪上からジャンプする姿を見たいと依頼された。そのため雪姫が連れてくる人間を探していて、アキラが呼ばれることになった。
アキラは、そらと一緒に女王と雪姫が待っているという大広間の中に入った。奥には、京都で出会った女性がいた。
その女性がアキラに話し掛けると、彼の頭の中で、何かの鍵が開かれ、ここでの全てを思い出した。彼は2年前の夏、ここに来ていた。
吹雪で山小屋に避難して眠ってしまい、目が覚めると、ぬいぐるみのようなウサギが喋る、異世界にある雪の国だった。
(きっと夢の続きだ……)
神使だというウサギのそらから話を聞くと、この世界でも温暖化の影響があり、資源を巡って争っていたようなのだ。東の大国から先触れの使者が訪れ、和平の提案をしてきた。その結果、温暖化の対策を話し合うことになり、東の大国の代表が雪の国を訪問することになった。
ただ、これを調整していた使者から、注文が付けられた。それは、現世で冬に行われている平和の祭典を模倣し、代表を歓迎してほしいということだった。更に、人間が雪上から空に飛ぼうと挑む姿を、直に見てみたいと依頼された。どうやら、現世のジャンプ競技を耳にしたようだ。
かなり無理な注文だったが、雪の国は断りきれなかった。このため雪姫が現世から常世に連れてくる人間を探していたようだ。そして雪姫が僕を見つけ、僕を雪の国に呼ぶことになったというのだ。
(いやいや、やっぱり夢、きっとこれは明晰夢に違いない……)
僕は、夢の中で夢だと自覚する、明晰夢を見ることがある。ただ、目が覚めると記憶が薄れ、少し経つとすっかり忘れてしまう。
「それではアキラ様、女王様と雪姫様がお待ちです。そちらに参りましょう」
(まあ、夢だとしても雪姫には会いたいな)
そらに言われるまま、匂いに覚えのある部屋を出た。
――
ここは木造のとても大きな建物のようだった。小さいそらに合わせ、長く広い廊下をゆっくりと歩く。暫く歩き、そらと一緒に大広間の中へと入った。
「女王様、アキラ様をお連れいたしました」
大広間の奥には、京都で出会った女性がいた。その隣に雪姫がいて、反対側に背の高い着物の男性がいる。その周囲には、白い着物の女性と子ども、巫女姿の少女や二本足で立つ猿と狐、そして剣を持った白い着物の男性が立っている。
他にも巫女姿の女性など和服の人が多かったが、大広間の左側には、明らかに装いが違う集団があった。その中でも、他の人たちと違う洋装の人物が二人いた。一人は教会のシスターのような姿の女性、もう一人は白い礼服姿の男性だった。
(京都で出会った女性がどうして?)
「お久しぶりですね、アキラさん」
(あの人が雪の国の女王なのか?)
「もう思い出しても構いませんよ。あなたが以前ここで過ごされたときのことを」
(思い出してって……やっぱり、あの部屋の匂いに覚えがあるのは、錯覚じゃない)
僕は確信した。女王の言葉が、頭の中で連鎖反応的に響き渡る。そして頭の中で、何かの鍵が開かれたような感じがしたのだ。
忘れていたことが頭の底から溢れ出て、ここでの全てを思い出した。
2年前の夏、僕はここに来ている。
◇――
あのとき、僕は窃盗犯にナイフで抉るように刺されたのだ。身体を支えられずに倒れ、重くて鈍い痛みを感じた。その痛みが和らいだと思ったとき、とても良い木の匂いがする部屋にいた。
(森にいるような錯覚さえする)
僕の胸の上には、柔らかな光を放つ一人の女性の掌がある。刺された傷の痛みはなく、自分が何かしらの治療を受けたことを理解した。見上げると、その女性は窃盗の被害者だった。
僕が目を開けたことを確認すると、彼女は僕の胸から手を離した。ふと背後に目をやると、奥から心配そうに少女が覗き見ている。
ぼんやりしながら起き上がり、彼女から盃を受け取った。何も疑わず、その中の水のようなモノを飲んだ。
(味はしないけど、冷たくて美味しい……)
飲み終えると、意識がはっきりとし、身体の力も戻った気がした。
『それだけの聖水を飲むことができれば、もう大丈夫ですね。暫くすれば、傷ついた臓器も元に戻ると思います』
彼女は優しく声をかけてくれた。
『お母様、この方は久し振りのお客様でしょ――。せっかくだから、お帰りになる前に、私がこの国を案内したい』
『……いいでしょう。但し、治癒が終わるまでの少しの間だけですよ』
(この二人は母娘なのか……)
母親がそう答えると、娘と思われる少女が、僕を建物の外に連れ出した。
『私は雪姫、あなたのお名前は?』
『僕はアキラ。ここはどこなの?』
『ここは常世の雪の国、アキラたちがいる世界とは別の世界にあるの』
『えっ! 常世って、死後の世界? もしかしたら刺されて死んだの?』
『ううん、生きているよ。アキラは別の次元の世界に来たんだよ』
雪姫は、刺されて死にそうな僕を、母親が雪の国に連れてきて、手当てをしたのだと教えてくれた。
(あの人は女神様? 僕を助けてくれたのかな?)
大きな建物の外に出ると、広大な雪原が広がっていた。少し離れた所に丘や森があり、その更に奥に雪で覆われた山々が見える。山の向こうが草原の国のあった場所で、その先が東の大国と呼ばれるところらしい。
建物の周囲には、着物姿の人や動物がいて、僕を不思議そうに見ていた。僕は夏の服装だったが、寒いとは感じなかった。
建物の裏側に回ると、透き通った水をたたえる大きな湖が広がっていた。この水が雲になって、雪を降らせているらしい。
それから雪姫は、とても厳かな場所まで案内してくれた。何重にも鳥居が並び、その先に何かがあるようだった。しかし警備の者が、僕たちの前に立ち塞がったのだ。その警備の中には大きな熊までいて、僕を威嚇している。
『雪姫様、ここから先はお客様をお通しできません』
『少しだけでも?』
『はい。少しでもダメです!』
その後も雪姫が掛け合ったが、その先に通されることはなかった。
『見せたって減るわけでも、壊されるわけでもないのに……』
『雪姫、無理に見せてもらわなくてもイイよ』
『この奥には、国を守護している要石があるの……。お母様の加護が働いているかぎり、絶対に壊されることなんてないの。傷だって付けられない。だから、こんなに厳しく警備することなんて、必要ないのだけれど……』
雪姫は僕にとっておきのモノを見せたかったようで、がっかりしていた。
ここには他所から人が来ることは殆どなく、いつも退屈していると雪姫は話した。だから僕を案内できて、とても嬉しいらしいのだ。
それから僕は、雪の国の暮らしを見せてもらった。彼らは僕とは少し違う身体をしていて、僕の使えない不思議な力を使えることがわかった。でも、その力は無限でも万能でもないようだ。それに、ここには電気や燃料で動く機械がない。人々の食事や娯楽も質素に見えて、どこか懐古的な哀愁を感じる。
(物資的な文明と精神的な文明の違いなのだろうか……)
『ねえ、ここってあまり食糧がないの?』
『ああー、そうね。ここでは大気からエネルギーを取り込めるから、食事はあまり必要がないの』
地球上のあらゆる生物が生命活動を行うと、消費されたエネルギーの一部から、常世の大気が生成される。人間の思いや願いも、次元を越えて常世の大気に含まれているらしいのだ。
『そうなんだ。でも、それって、つまらなくない? 食事も楽しみの一つだし……、遊びは? ねえ、ここには雪の上を滑るような遊びはないの?』
『ソリならあるけど……』
『ソリ? そうなんだ……。現世では、雪山を滑り下りるスキーやスノーボードという遊びがあるんだ。これだけ雪があるのに、もったいないね』
『スキーやスノーボード? それって面白いの?』
『うん、凄く面白いよ……。板に乗って滑るんだけど、スキーは両足にそれぞれ細長い板を付け、スノーボードは両足を幅が広い一枚の板に付けるんだ。僕はスキーがとても好きなんだ。風を切って滑るのって、とても気持ちイイ!』
『へー、やってみたい……。じゃあ、今度教えてね』
『そうだね……。これが夢でないのなら……』
『夢じゃないよ。いつか一緒に滑ろう――。約束だよ』
『分かった。約束、忘れないようにしないと……』
雪の国の見学を終え、僕たちは木の匂いがする大きな空間の部屋に戻った。そこでは、僕を手当てしてくれた雪姫の母親が待っていた。彼女はとても厳しい顔をしている。
『戻りました』
『雪姫、久方ぶりの来客なので名残惜しいでしょうが、もう彼を帰さねばなりません。これ以上、彼をここに留めることはできません。時間の調整ができるギリギリなのです』
『でもお母様、もう少しだけ――」
それから少し後、僕は眠りにつかされて、起きたときには雪姫と過ごしたことを忘れていた。
――◇
僕は、ここで雪姫と過ごしたことを思い出した。忘れていただけで、スキー場で出会う前に雪姫と知り合っていた。
奥にいる雪姫が、僕に向けて片手を上げた。真剣な顔つきで近づいてくる。
つづく