第6話 僕の熱くて冷めたコト
★スキースノボで現世と常世を巡るファンタジー★
クリスマスの午前中、アキラは雪姫というと出会い、一緒に滑っていた。彼女は喜んで彼のジャンプを見ていた。二人は一緒にお昼を食べることになり、レストランに入る。
そのレストランで、雪姫は他のスキー場でもジャンプができる人を探していたと、アキラに打ち明ける。彼女はスキーやスノーボードができる人を求めており、アキラがピッタリだと言う。しかし、アキラは彼女の目的が自分自身ではなく、単にジャンプが上手い人であることに気づく。そしてアキラの雪姫への気持ちは一気に冷めてしまった。
二人は、午後も一緒に滑ったが、彼女は人を探していた目的を明かさずにいる。アキラは彼女との関係が発展しないことを理解しながらも、一緒にいると楽しいと感じていた。しかし、隠し事や本当の自分を見せてくれないことに不安を感じ、警戒心が募る。
曇天から晴天となったクリスマスの午前中、『雪姫』という白い着物の女性の前で、僕は最高のジャンプができて満足していた。
彼女は僕のジャンプを見て喜び、明るくぬいぐるみに話しかけるような素振りを見せている。徹底して何かのキャラになりきっているようだ。
「アキラ……それで、話があるんだけど――」
そんな明るかった彼女の顔が少し曇った。コスプレをした彼女が、素顔に戻る時間なのかもしれない、あるいは他の仲間との合流や別の場所に移動するのだろうか……。
何にせよ、楽しいクリスマスのひとときだった。一緒に滑ってくれたことへの感謝を彼女に伝えようと思った。
「――私、お腹が空いちゃった。少し早いけど一緒にお昼を食べない?」
「……えっ?」
彼女は照れたような顔になっていた。
――
彼女からの予想外の提案を受け入れ、僕たちはゲレンデのレストランに入った。まだ11時になったばかりだったので、店内は空いていた。二人ともカレーライスとサイダーを注文し、ゲレンデが見渡せる窓側の席に座った。
「雪姫の髪の色、サイダーと一緒だね」
「ありがとう……。だから私はサイダーが好きなの。カレーも大好き!」
そんな当り障りのない会話をしながら、二人で熱いカレーを食べた。そして僕が年末まで滞在することを話すと、彼女はなぜかとても喜んだ。
(彼女もこのスキー場に撮影で滞在するのだろうか?)
ただ、彼女が演じているらしいキャラの設定が、少し変わっていた。住んでいる場所は山の上、スマホに携帯、テレビもない。最近の流行は全く知らなくて、今の服装は普段着らしい。更にウサギのぬいぐるみに時々話しかけて頷いている。
(どこまでが『雪姫』というキャラの設定なのだろうか? この山の雪女にでも、なりきっているのかな?)
彼女の素性は全く分からない。でも、京都で会った女性と同じ髪色だからなのか既視感がある。それに一緒にいると安らげる。僕は彼女に不思議な魅力を感じ、次第に惹かれていくのが自分でも分かった。
(こうやって別のスキー場でも誰かに声をかけていたのかな?)
「ねえ、アキラって雪が好きなんでしょ?」
「うん、好きだよ。ただ、雪そのものより、雪のある場所の方が好きかな」
彼女は僕の答えに満足げに繰り返し頷いた。
「分かる分かる。そうだよね。だったら、雪がなくなってしまうなんて絶対に嫌だよね?」
「それは嫌だよ! 地球温暖化なんて勘弁してほしい――。簡単じゃないけど、みんなが気づいて行動すれば温暖化は止められると思う!」
僕は少し熱くなった。
「いいね! 私もそう思う。温暖化は止めたいよね!
私はどんなに難しくても、強く信じて行動すれば奇跡が起こせると思う……。
それで……実は雪が好きで、スキーやスノーボードでジャンプができる人を探していたんだ……」
「えっ? 人を探していた?」
「そう。幾つか他のスキー場も見て回ったけど、見つからなくって……。でもアキラに会えて良かった――。アキラならピッタリ!」
(そうか……やっぱり……)
僕は彼女の笑顔をまともに見れなくなった。好感を持たれているという期待が外れ、惹かれ始めていた気持ちが冷める。
(先輩に振られたばかりなのに、また同じ勘違いをする前で良かった……)
期待が外れ、急速冷凍されたように、惹かれはじめていた気持ちが冷める。僕は気持ちを切り替えた。
「そうなんだ。でも、ジャンプできる人を探してどうするの?」
「えっ……それは……まだ内緒――」
平静を装いつつガッカリしている僕の問いかけに、彼女は笑顔で誤魔化した。
冷めはじめた僕の心に、もう彼女の笑顔は響かない。彼女が探していたのは、僕ではなく、単にジャンプができるスキーが上手い人だった。
それでも僕には、彼女と別行動を取る理由もなく、その決心もない。僕と彼女は午後も一緒に滑ることになった。
――
午後からはスキー場の色々なコースを滑るだけでなく、パークエリア内のアイテムを使って遊んだりした。
振られた先輩の指導で、僕も多少はスノーボードができる。だから彼女に、簡単なジャンプのやり方を教えてあげた。彼女は運動神経が抜群で、直ぐにジャンプが上達した。
発展しない関係だと分かっていても、明るい彼女と一緒にいるととても楽しい。
ただ、二人でリフトに乗っているときや休憩の際に幾ら会話をしても、人探しの目的だけは教えてもらえなかった。嘘をついているようではなかったが、明らかに隠し事をしている。
(一体、彼女は僕をどうしたいのだろう? 正直に教えてくれればいいのに……)
クリスマスに彼女と出会えて嬉しかったし、今は一緒に滑れてとても楽しいと思っている。だけど彼女への警戒心が消えることはなく、リフトの乗車中も僕から話しかけることが段々と少なくなった。
今の彼女の何が素で何が演技なのか、僕には全く分からない。
(これで終わっても仕方ない……帰り際にチラシでも渡されるのだろうか?)
リフトの終了時間が近づいても、彼女は僕に接近した理由を明かさない。僕から彼女に次の約束を切り出すこともなかった。
最後の一本となるリフトに乗っているときだった。彼女は静かに話しかけてきた。
「……ねえ、アキラ……今日はどうだった?」
「楽しかったよ」
「明日も滑りにくる?」
「うん……。スキー場にはくるよ」
「もう……私とは一緒に滑りたくない?」
「そんなことはないよ……。でも……僕に近づく理由があるなら、正直に教えてほしい。人探しの目的が分からないまま一緒に滑るのは……何か嫌だよ」
「そうだよね……。でも、私だけじゃ決められなくて……。明日教えるから、また会ってくれない?」
とても真剣な顔をしている彼女を見て、僕は少し考えた。
「……いいよ、分かった」
「アキラ、ありがとう」
僕たちはリフトを降りると、スキーとスノーボードで並走し、少しでも長く滑れるように、ゆっくり大きくターンをして山麓まで下りた。
(嬉しいけど、何か気が晴れないな……)
空は晴れていたが、赤い夕日が山の向こうに沈もうとしている。リフト券の売り場前で、僕たちは明日の待ち合わせの約束をして別れた。
つづく