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第36話 今日でラスト

「ただいまー」


「おかえりー」


 バスが高校に着いたのは、18時過ぎだった。


 それからまっすぐ家に帰ってきたから、夕食の時間には十分間に合った。


 私はさっさと二階の部屋に行き、ルームウェアになった。


「どうだった?」


 日和が、ベッドに横になりながら口を開く。


「サプライズ」


 私がそれだけ言うと、妹は「ふーん」と言いながら体を起こした。


「じゃ、私の負けだ」


 怪訝そうな顔をしているだろう私に、日和が言葉を次ぐ。


「お父さんは、3位以内に入るに賭けてたから」


 どういう意味よとにらむと、日和はとっとと下に降りてしまった。


 鼻息を荒くしながら、私はスマホを取り出す。


 頭に浮かんでいるのは、穂積の顔だ。


 バスの中でも何度も連絡をしようと思ったけれど、文面を考えていると話しかけられ、それが終わるとまた別の人に話しかけられ、結局何も伝えることが出来ないままだった。


 もしかしたら、結果を気にしてくれているかも知れない。


 そう思うと、早く教えてあげたかった。


 特別賞と、偉い人の名刺をもらったよ。


 ものづくりをしてきて、生まれて初めて、表彰されたと思う。


 小学校の図工のコンクールでも、賞状をもらったことはない。


 それなのに、誰かに認められて、褒められることがあるなんて、と今でも驚く。


「小麦~、ご飯よ~」


 お母さんの声がして、私はとっさに返事をした。


 ああ、また……


 私はひとまず、穂積のページを開き、「優勝はしなかったけど、賞もらった。詳しくはあとで」と打込み、送信してすぐ1階に降りた。


 食卓は、既に3人が席に着いていて、テーブルにはいつも通りの雰囲気で、美味しそうなおかずたちが並んでいる。


「おめでとうなのか、残念会なのか予想できなかったから、今日はいつも通りね」


 お母さんが笑う。


「入賞したみたいだから、もっと豪勢でもよかったね」


 日和が言う。


「お父さんは、昔から小麦の才能を信じてたからな。

 これで、日和はお父さんに負けひとつだ」


「あ~……そのことなんだけど」


 私は席に着きながら、言葉を紡ぐ。


「正直、ふたりの決着は、引き分けって感じかな」


 私は、1~3位には入れなかったこと、自分がもらった賞は急遽設けられた審査員の特別賞だったことを告げた。


 その賞がどれくらいの価値なのか、それが夕飯の話題になった。


 有名な会社の社長が選んだくらいなのだから、スカウトといってもいいだろう。それなら、学生の中でトップになるよりずっと価値がある、とか。


 たまたま一人の目に止まっただけだから、多くの人には認められてないのは事実だろう、とか。


 結果的に特別賞ももらって一位にもなっているみのりがすごい、とか。


 そういえばみのりは勉強も頑張っているようだし、小麦とはやっぱり差がある、とか。


 私が3人に要求するまで、誰も「おめでとう」と言おうとしなかったことに私は憤慨しながら、最後の一つになった唐揚げをもらう権利を主張した。


 無事にお腹を満たした私は、食器を下げて、今日は洗い物を免除してもらってすぐ部屋に戻った。


 スマホは、穂積とのやりとりが表示された画面を光らせている。


 私の送信した文の下に、穂積からのメッセージが表示されていた。


「とりあえず、おめでとう?」


 すぐ下に、首を傾げる犬のイラストが表示されている。


 私はつい笑ってしまってから、椅子に腰を下ろし、文を作り始めた。


「1~3位はとれなかった。でも、審査員から特別賞をもらったよ」


 送信すると、すぐに既読の文字が付く。


「美術制作会社の社長が選んでくれて、名刺までもらっちゃった」


 そういえば、と思い、私はバッグに厳重に保管したそれを取り出し、写真をとって添付した。


「証拠」


 既読の文字は付いたが、穂積の言葉が表示されない。


 じっと待つ。


「すごい会社っぽいな」


 その文面に、にやりとしてしまう。


「夢に近づいたな」


 また、私をにやりとさせる言葉が踊る。


 どう返そうかと考え始めた瞬間、「着信」の画面に切り替わった。


 穂積からだ。


 どぎまぎしながら、人差し指で受話器をタップする。


 んん、と咳払いをしてから、私は口を開く。


「もしもし、小麦です」


「もしもし」


「いきなりだから焦っちゃったよ」


「おう」


「どしたの?」


「まぁ、その、おめでとうを、言おうかと思って」


「そっか」


「おう」


「それじゃ、どうぞ」


「おう」


「……」


「……おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「……あのさ」


「うん」


「この前、夏展が終わったら、って言ってただろ」


「……うん」


「俺も、小麦に、言いたいことがあって」


「……」


「明日、会えないか?」


「い、いいよ」


「いつなら、空いてる?」


「えと……」


「……」


「昼から夏展の片付けなんだけど、朝に学校集合なんだよね」


「そっか。俺も、午前は部活だから」


「そうだよね。それで、あの、私はいつも通りの登校時間に、行くんだけど……」


「おう」


「今日、あんまり眠れなくて、寝坊する、と、思うんだよね」


「……おう」


「だから、角を曲がる時間って、大体8時2分くらいだと思う」


「お……」


「穂積は、そんなことないと思うけど、焦って誰かとぶつかったりしないように、してね」


「……」


「……」


「分かった」


「うん」


「俺も」


「うん?」


「俺も最近、早く出るようにしてるんだけど、しょっちゅうタオル忘れて取りに戻ったりしてるから、気をつけるわ」


「……うん、じゃ、明日ね」


「おう、明日な」


 私は通話を切った。


 それからお風呂で汗を流して、少しうるさい心臓をなだめながら、いつもより早い時間に眠りに落ちた。


 起きた時間は、いつも通りだ。


 伸びて、洗面台に向かい、顔を洗って、手櫛で髪を梳かす。


 愛用の歯ブラシで歯を磨き、誰にも言ったことは無い自慢の歯並びに満足する。


 化粧水やら何やらで雑に肌を労ってやって、部屋に戻って制服を着る。


 お母さんが用意してくれた朝食の中から、いくつかつまみ食いをしてから、私は食パンをトースターに入れる。


「なぁに、今日もそれやらなくちゃダメなの?」


 あきれ顔で問われて、私は笑って言った。


「今日でラスト」


 きょとんとするお母さんを尻目に、私はリビングのソファで時間の経過を待つ。


 トースターが、食パンの焼き上がりを響かせる。


 私はその食パンをかじりながら、走って登校をしてきた。


 勢い余って曲がり角、ぶつかった人が、運命の人なんだって。


 そんなドラマに憧れて、私は毎朝それを繰り返した。


 別に、朝に弱いわけじゃない。


 こうして同じ時間に起きて、ご飯を食べて、歯を磨いて、着替えてきた。


 もちろん、今日の準備も、昨日の夜に済ませてある。


 準備万端にして、その時刻を待った。


 今日も、ほら、あと少し。


 よし。


 よ~い、どん。


 いつもの曲がり角が見えてきた。


 その少し向こうに、にょきっと突き出た頭が見える。


 腕時計に目をやる。


 思った通りの時間。


 次の瞬間、ぶつかる君が、私の運命の人。

あとがき


 今作を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


 最後まで読んだご感想や評価を頂けると、とても嬉しいです。


(ここから先は、あとがきです)


 『引き』を意識した作品づくりをしてみたい、という想いがまずありました。


 そこに、少女漫画や恋愛ドラマのような話を書いてみたい、という想いが重なりました。


 プロットをつくり、話としてまとめたら40話くらいが妥当だろうと考え、書き始めてみると、それなりに想定通りだったかな、と思います。


 PV数が増えず、評価も増えず、需要がないんだなぁと落ち込みながらも最後まで書けたので、これはこれでヨシとしたいと思います。


 10万文字突破をひとつに目標にしているので、その点ではちょっと書き切れなかったかなという思いもありつつ、引き延ばしてまとまりが悪くなるのも嫌だったので、これにて終わりとなりました。


 もともとファンタジーが好きなのですが、いきなりは書き進める自信が無く、習作としてコメディ路線のファンタジー、王道路線の恋愛を書いてきました。


 3作目の連載は、いよいよ、書きたかったコテコテのファンタジーに挑戦します。


 たくさんの方に読んで頂けるように、精進していきます。


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