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第32話 青春ってやつ

「小麦さん!」


 ガラスケースの前で食品サンプルを見て悩む私達に声をかけてきたのは、乃愛だった。


「ようやく会えました」


 目をキラキラさせて、相変わらずのかわいらしい顔がまぶしい。


「お昼、ご一緒していいですか」


 輝く瞳の芸術家が交互に私とみのりを見る。


 私がみのりを見ると、親友は苦笑しながら頷いて応えた。


 大学の食堂は大きくふたつのブースに分かれていて、片方はご飯や惣菜を自由に選んで最期に会計を済ませるシステムで、もう一方は先に会計をしてラーメン等の軽食が出来るのを待つシステムになっていた。


 冷房は効いていたが、ギャラリーから食堂に来るまでにも熱気がひどかったので、ちょっとラーメンをすする気にはなれなかった。


「私は、ご飯と軽めのものにしとく」


 私はそう言って、先に目当てのブースに向かった。


 小さめのご飯茶碗と卵焼き、それに甘酢あんのかかった白身魚の惣菜を取る。


 ざっと計算しても300円くらいにしかならないので、もう一品くらいは、と思って小松菜のおひたしも選んだ。


 会計を済ませて、スペースの空いているテーブルに着く。


 列を見ると、みのりと乃愛はまだ選んでいる途中だったので、私はふたりの分の水も準備しておこうと給水器に向かった。


「あ」


 南さんがいた。


 私の声に振り向き、南さんが笑顔を見せる。


「そういえば、ここの学生なんでしたっけ」


 私も笑って、言葉を紡ぐ。


「4年生になると、ほとんど授業はないけどね。

 今日は、話題の美術展を見に来たよ」


 私は南さんと位置を代わって、人数分の水を入れ始める。


「どうでした?」


 そう聞くと、彼は首を横に振った。


「やっぱり、僕には芸術はよく分からないな、と思ったよ。

 どれもすごいとは思うんだけど、優劣は分からないな」


 私が水を汲み終わると、南さんが当たり前のように横を歩く。


「えっと……」


「ああ、たまたま席が近いのかもね」


 結局、私がテーブルに着くと、彼はすぐ近くに腰掛けた。


「あれ、南さんじゃないですか」


 タイミングよく来たみのりが、私の隣に座る。


 続いて、乃愛が静かに私の正面に座る。


「小麦は、脈ナシですよ」


 唐突にみのりが放った言葉に、南さんは目を大きくした。


「たぶん、この子、気持ちが決まっちゃってるので」


 そう言って笑うみのりに、言われた側も笑った。


「分かってはいたけど、はっきり言われるときついなぁ。

 運命の出会いかもと思ってたんだが」


 南さんは立ち上がり、私達に手を軽く振って別のテーブルに行ってしまった。


「やっぱり、それなりに本気だったみたいだね」


 みのりがとろろに醤油を入れながら口を開く。


「それはそうと、みのり、私の気持ちが決まっちゃってる、って」


 醤油を入れ終わり、今度は箸でぐるぐるかきまぜながら、みのりは笑う。


「みなまで言うな、我が友よ」


 私も笑って応えると、みのりは一言、私の目を見据えて「がんばれ」とだけ言った。


「あの、どういうお話なんですか?」


 話の見えない様子の乃愛が、首を傾げて水を飲む。


「端的に言うと、青春ってやつかな」


 私は頬を掻きながら言い、おひたしに醤油をかけた。


 私達はお互いのこと、とりわけ制作秘話のようなものを披露しあった。


「乃愛の作品は、一目で分かったよ」


 私は一台の車が砂埃を上げている、ジオラマのひとつを思い浮かべる。


 おそらく元はプラモデルなのだろうが、砂や泥がついたボディ、今まさに曲がっている最中だといわんばかりのタイヤの躍動感、よく見るとあちこちに刻まれている小傷は、明らかに他の作品とは一線を画していた。


 春の展示で乃愛の作品を見たときに感じた、時間の経過がそこにもあった。


「それは、小麦さんが、前に一度私の作品を見ているので……でも、私は小麦さんの作品がどれなのか、教えてもらわないと分からないじゃないです」


 乃愛が口を尖らせる。


「一番上手い作品が、小麦の作品ってことにしたらどう?」


 みのりが意地悪く笑う。


「ちょっと、ナチュラルに私を傷つけに来ないでよね」


 私がにらんでも、親友は知らぬ顔だ。


 乃愛はというと、う~んと唸りながら何か考え込んでいる。


 どうやら、どの作品か、思い浮かべているようだ。


「平面か、立体かだけ、教えてもらえませんか?」


 みのりが私を見る。


 私は首を横に振って応えた。


「どれが誰の、っていうのは、口にしないっていうルールだもん」


 わたしの言葉に、乃愛はさらにう~ん、と唸る。


「絵で言うと、テーマの『動』が一番伝わったのは、飛び立つ梟でした」


 視線を上に向けながら、乃愛が言う。


「隣の馬がルカデン生のものなので、あれはグドコー生のものですよね。

 あの梟の絵は、なんていうか、見た瞬間どきっとしました」


「へぇ~……あとでもう一回、ちゃんと見てみよっと」


 感心したように言葉を紡ぐみのりを、私は小突いてやりたかった。


 飛び立つ梟は、まさにあんたの作品でしょうが。


 やっぱり、みのりの作品は誰が見ても印象に残る迫力があるということだ。


 もしかしたら自分の作品を挙げてくれるかも、と期待した自分が恨めしい。


「立体物だったら、どう?」


 そう言ったみのりの脇腹を、私は小突いた。


 自分が選ばれたからって、調子に乗っちゃって。


「ちょ、ちょっと待って下さい、この流れっていうことは、小麦さんの作品は立体造形ってことじゃないですか」


 乃愛は慌てた様子で声を上げる。


「これでもし、外しちゃったら……」


 私を上目遣いで見る乃愛に、苦笑いで応える。


「どうもしないよ」


「嫌われちゃうかもね~」


 私の言葉にかぶせるように、みのりが口を次ぐ。


 みのり、とたしなめようとしたが、親友はすぐに二の句を継ぐ。


「でも、当てたらもっと仲良くなれるかも?」


 その言葉に、乃愛がまた、ぐっとなる。


「はいはい、ここまで。展覧会が終わったら、ちゃんと私の拙作を白状しますから」


 私はそう言って、水を一口飲んだ。


 まだ初日の昼だというのに、そわそわと落ち着かない空気を感じているのは、私だけではなさそうだな、という気はした。

作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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