第30話 頑張ります
「で、どうだった?」
片付けが始まった体育館からこっそり玄関ホールのベンチまで抜け出して、灯里が私に言う。
穂積がかっこよかった、という感想を奥に追いやって、私は言葉を紡ぐ。
「圧倒されちゃった。あんなに盛り上がるものなんだね」
これはこれで本音と言える感想を、私は言う。
「シュートが決まるたびに、お~、とかイェー、とか、前に見た灯里達の試合はもうちょっと淡々としてた気がするんだけど」
灯里は笑いながら頷く。
「グドコー対ルカデンの構図は、運動部だと火花バチバチらしいからね。サッカーもバレーも卓球も、かなりのものらしいよ」
そこに美術部も参戦しちゃったわけか、と私は苦笑した。
「合同夏展、楽しみだね。作品も、ほとんど出来てるんでしょ?」
灯里が笑う。
「あと一歩、ってとこ」
私が言うと、灯里は頷く。
「みのりも言ってた。それで、あと一歩を求めての今日だったわけで、そっちはどうだったの?」
うーん、と私は苦笑しながら唸る。
「ヒントはあった、かな」
試合を見ている最中は熱中してしまって、自分の作品どころでは無くなってしまったというのが正直なところだった。
「そっか。力になれればと思うけど、そういうわけにもいかないしね」
苦笑する灯里に、私は首を横に振る。
「十分助けてもらってるよ。灯里に教えてもらわなかったら、こうして穂積の試合を見に来ることもなかったんだし」
言いながら、私は体育館の方から人が流れてくることに気が付いた。
「片付けも終わった感じかな」
私の言葉に灯里は頷いてから、口を次ぐ。
「それじゃ、私、先に帰るね」
え、と驚く私の頭に手を載せながら、灯里は立ち上がる。
「頑張ってね」
それだけ言って、灯里は颯爽と玄関の方へ向かい、靴を履き替えて行ってしまった。
「頑張ります」
私は小さく呟いた。
それからほどなく、男子選手達がぞろぞろと体育館から姿を現した。
後ろの方を歩いていた穂積が、仲間達に腕やら肩やら背中やらをこづかれて、あからさまに迷惑そうな表情を浮かべている。
一団はそのまま玄関に向かい、穂積がそこから外れて私の方に来た。
「よう」
穂積が私の隣にどかっと座る。
私は、おぅ、と声を出す。
少し沈黙を楽しんでから、私は口を開く。
「接戦だったね」
私がそう言うと、穂積はふーっ、と長く息を吐く。
「分かってたけど、切り替えが課題なんだ、俺等は」
ふぅん、と相づちを打つ。
「でも、勝ったじゃん」
私が笑うと、穂積は、まあな、とまんざらでもない顔を見せた。
「これで、美術部にいいバトンが渡せたろ」
そだね、と私は笑った。
「今日もつくっていくのか?」
穂積の言葉に、私は首を横に振った。
「ううん。今日は、試合を見に来ただけだから」
だから、一緒に帰ろう、って誘っていいんだぞ、と思いながら玄関に視線を移す。
「じゃ、一緒に帰るか」
「う、うん」
思い描いた答えに動揺して、私は立ち上がって玄関に向かう。
体に火照りを感じるのは、きっと夏の暑さだけではないんだろう。
外に出て、いつも通り、私と穂積が並んで歩く。
隣を見上げると、いつも通りの穂積の顔がある。
それはさっきまでライバル校の選手達とぶつかりあい、声を張り上げ、様々な感情を表出していたエースと同じ人物には見えない。
まじまじと見つめる私に気付いたのか、穂積が頬を掻く。
「なんだよ」
困った調子で穂積が言う。
「試合中とは別人だな~って思って」
私の言葉に、穂積が「そりゃそうだろ」と言うので、私は疑問を呈した。
「何で?」
う~ん、と首をひねる穂積の答えを、私は待つ。
「やっぱり、ボールを持ってるときは、違うんじゃないか」
とぼけた顔で言うエースに、私は笑ってしまう。
「ボール持ってないときも違ったよ。
戦う男の顔とかさ、戦士の面構えだとかさ、何かしらあるでしょ」
穂積も声をあげて笑う。
「本気では思ってないだろ、そんなこと」
へへ、とついはにかんでしまう。
「でもまあ、なんだ、その……」
かっこよかったよ。
だめだ、言えない。
言葉に詰まってしまって、私は穂積を見る。
当然、穂積は私の言葉を待っている。
「参考になったよ」
なんのだろ……と言ってしまってから自分で思う。
「作品の?」
穂積の言葉に、そうそうと取り繕いながら、私は頭の中を高速で回転させる。
「ボールを持ってたら、雰囲気が変わるっていうのがさ、ほら」
ふむ、と穂積が相づちを打つ。
「今つくってる少女像にも、何か持たせてみようかな、なんて」
自分の口から出た言葉が、自分で信じられなかった。
勢いでしゃべっているわりに、悪くないかも知れない。
「何してる少女なんだ?」
「走ってる」
私が答えると、穂積が少し上を見て、また口を開く。
「朝の小麦だな」
カコン、と音を立ててパズルが組み上がった気がした。
「それだ……」
あの子は、恋を探して走ってるのか。
私は、私をつくってたんだ。
だから、足りなかったんだ。
話している内に家が近づいていた。
そのまま私は家の玄関先に着いて、穂積はもう少し進む。
「穂積」
思わず、呼び止める。
頭がしびれて、うまく働いていない気がする。
反面、心はせわしなく動き回って、いろんな感情が大渋滞だ。
穂積は何も言わず、静かに私の方に向き直った。
「夏展終わったらさ」
なんだか、今日の私は熱に浮かされている。
思わず口から出て行く言葉に、まるで歯止めが利かない。
「穂積に、聞いて欲しいこと、ある」
言って、口をきゅっと結ぶ。
心臓が痛い。
穂積は黙ったまま、私を見ている。
「分かった」
真剣な表情で頷いて、穂積はそのまま家に入っていった。
今日の私、どうかしてるな。
そう思ったけれど、ここ最近はずっとどうかしていたような気もするし、悔いるような感情は沸いてこない。
なんとかなる。
私は私に、そう言い聞かせた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。




