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第29話 そうかも

 体育館に近づくと、中から床とシューズが摩擦する音と、選手達の勝ち鬨のような声が廊下まで響いていた。


 私は小屋に行くふりをせずに、まっすぐ廊下から体育館の入口に向かった。


 手前側で女子が、奥側で男子が激しく動いている。


 頭の中に、夏展のテーマである『動』の文字が浮かぶ。


 こういう熱気が、自分の作品に欠けているんだろうか。


 でも、相手がいる戦いで生まれる熱は、私の少女像にはそぐわない。


 彼女に必要なのは、もっと内に秘めた、でも隠しきれない、揺れ動く熱だ。


 入口の隅で体育館に入らないように立つ私に、灯里が気付いて視線を送る。


 私は小さく手を挙げて、笑顔で返す。


 ブザーが鳴って、女子選手達の動きが止まった。


 すぐに各チームの五人が円になって、コミュニケーションを始めた。


 こういう青春も、かっこいいな、と思う。


 目を奥に向けると、すぐに穂積を見つけた。


 ちょうどゴールの真下くらいでボールを持って、跳び上がる瞬間だった。


 びょん、と跳躍したかと思うと、一瞬空中に制止したような間があってから、手からボールを放る。


 美しいアーチを描いたそれは、ゴールの輪っかに当たることなくスムーズにネットをくぐった。


 穂積は喜ぶ顔もせず、すぐに何か大きな声を発して、周りに指示を出しているようだった。


 相手チームがコート外からボールを出すと、穂積のチームが勢い激しく奪いにかかり、その瞬間コーチの笛が響いて全員の動きが止まった。


「小麦」


 いつの間にか近くに来ていた灯里が、私に声をかけたらしかった。


「西くん見に来たの?」


 そうかも、と私が言うと、灯里はクスッと笑った。


「土曜日の午前、男子は練習試合だよ。会場はここ」


 そう言って、灯里も男子の方を見る。


「男子の試合も激しくて面白いから、見に来たら?」


 前は女子の試合を見て、スランプ脱出してたでしょ、と言葉を次ぐ。


「見に来てもいいのかな」


 私が灯里を見ると、彼女は体育館横の非常口を指さした。


 そこには数人の女子がたむろしている。


「いつもあんな感じだから、大丈夫」


 それだけ言って、灯里はチームの輪に戻っていった。


 そう言えば、穂積の試合をちゃんと見たことなかったかも。


 私はもたれかけていた体を引き起こして、美術室に戻った。


「おかえり」


 みのりが言う。


「ただいま」


 私はそう言って、彫刻刀の類を片付けて、代わりにスケッチブックと国語のノートを取り出す。


 そして授業中に書いた展示のアイディアの中のいくつかを組み合わせて、スケッチブックに描き込んでいった。


 それを続けている内に、終了時間になった。


 私とみのりはいつもそうしているように、片付けが終わると一緒に美術室を出て、玄関に向かった。


 玄関で、ちょうど灯里と一緒になり、その後すぐに穂積も姿を見せた。


「話はつけといたぜ」


 親指を立てて、灯里が私に言う。


「なんの話?」


 きょとんとしてみのりが言い、灯里が「歩きながら教えてあげる」と笑った。


 私達は四人で玄関を出て、校門を過ぎてすぐにふたりとふたりに分かれた。


 歩きながら、私が口を開く。


「土曜日、練習試合なの?」


 穂積は、おう、とだけ言った。


「見に行っても大丈夫?」


 穂積はまた、おう、とだけ言った。


「何時から?」


 私がそう言うと、穂積は少し口元に手を当てて考えるそぶりをしてから、口を開く。


「実際に試合が始まるのは、たぶん、九時半くらいかな。

 集合は八時だけど、準備とかアップとかあるから」


 今度は私が、わかった、とだけ言って返した。


 そこからは、ふたりとも何も言わず、ただ歩いた。


 不思議と、何か話さなくちゃ、という気にならなかった。


 穂積がどうなのかは分からないけれど、私は干したてのやわらかなタオルに包まれるような心地よさを感じていた。


「そういえば」


 もう少しでお互いの家に着く、というところで、穂積が口を開いた。


「相手、ルカデンだ」


 穂積はそう言って、美術部の夏展の前哨戦だな、と笑って見せた。


「じゃあ、しっかり勝ってもらわないとね」


 私が笑うと、穂積は何も言わず、ただ笑って返してきた。


 それぞれの家の前に来て、私たちは声をかけて、それぞれに帰宅した。


 週末まではあっという間で、私の展示のアイディアはしっかりまとまって必要なものも揃えることも出来た。


 聞いていた時間に高校に来ると、いつもよりも駐車場が埋まっていて、ちょっとした行事のようになっていた。


 私はいつも通り生徒玄関から入り、靴を履き替えて体育館に向かう。


 入口には制服姿の女の子達が密集していて、私は呆気にとられながら近づいていった。


 ジャージ姿の私に気付いた誰かが、体育館に入れるようにスペースをつくってくれて、私はなんなく体育館に入ることが出来た。


 灯里に感謝だな、と笑ってしまう。


「ジャージで行けば、関係者ヅラして応援席に座れるから、そうしたほうがいいよ。

 女子も何人か行く予定だし、なんなら私も行くから、一緒にいたらバレないよ」


 彼女の言葉を思い出し、私は会場を見渡す。


 選手が座るベンチの、コートを挟んで反対側に、灯里の姿を見つけた。


 灯里も私に気付いて、手を挙げてくれた。


 私は小走りで灯里の隣に座る。


「ちょうど十分前くらいだよ」


 灯里が教えてくれて、私はありがと、と答えた。


 相手側の応援者席は人でいっぱいで、その後ろにもビデオカメラを持った人や、選手ベンチに入れなかったらしい部員達がたくさん立っている。


「噂には聞いてたけど、グドコーとルカデンって、相当なんだね」


 灯里が私にだけ聞こえる声で呟き、私も小さく同意した。


 ブザーが鳴り、双方のチームから五人ずつ、コート中央に歩み出る。


 審判らしい人がボールを持ち、笛を鳴らし、選手達が威勢良く野太い挨拶を交わす。


 ルカデンから一人、グドコーから穂積が中央に進み、少しだけ身を低くした。


 試合が始まる。

作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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