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第28話 何かが足りない

「小麦」


 食べおわったお弁当を包みながら、みのりが言葉を紡ぐ。


 私とみのり、そして灯里は、いつものように私達のクラスの一角でそれぞれのお昼ご飯を食べて、午後の授業と放課後に向けてお腹を満たしたところだった。


「何?」


 いつになく真剣な表情だったので、私は包み終わったお弁当をかばんにしまうことが出来なくなり、みのりを見つめ返す。


「正直に答えてね」


 まなざしを受けとめて、私は、うん、と頷く。


「先週末、誰かと美術館に行ったりした?」


 私はもう一度、うん、と頷いた。


 みのりと灯里が、顔を見合わせる。


 ふたりがじっと私を見てくる。


「あの、うん。穂積と、行ったよ」


 穂積と、という言葉が出た瞬間に、ふたりが「きゃー!」と言ってお互いの体をばしばし叩き始めたので、私の最後の言葉はかき消されてしまった。


 教室で読書をしたり宿題を片付けたりしていた人達の視線がこちらに注がれて、二人はすぐにしゅんと小さくなった。


「それで、それで、どうなったの?」


 顔を紅潮させながら、しかし小声で、みのりが言う。


「美術館に行って、見て、帰った」


 私のあっさりした様子に、みのりは呆けた表情を見せる。


「それだけ? 何もなし?」


 灯里の言葉を、私は頭の動きで肯定する。


「穂積に聞いても、同じ答えだと思うよ」


 それを聞いた灯里がみのりの方を見て、みのりが首を傾げる。


「あのね、小麦。穂積くんと二人で出かけて、それで、なんの進展もなかったの?」


 私はまた、うん、と答えた。


「まずは夏展」


 そう言って、私はお弁当箱をかばんにしまった。


 そう、まずは夏展だ。


 あの日の夜、随分考えた。


 そして出した結論は、私は、ふたつのことを同時に抱えられる人間じゃないっていうことだった。


 まず、夏展に向けた作品をきちんと完成させる。


 そして、乃愛やみのりと、合同展の成功を喜ぶ。


 それが終わったら、穂積に気持ちを伝える。


 どうやって伝えるのか、それはまだ決めてない。


 でも、このまま悶々として、やきもきして、穂積のことばかり考えているのは、私には耐えられそうにない。


 もちろん、気持ちを伝えたあとに、ふたりの関係がどうなってしまうのかは、分からない。


 もしかしたら、穂積は私のことを女の子としては見ていなくて、私達はただの幼馴染みでしかないのかもしれない。


 それでも、伝えて、今を脱したいと思う。


 付き合うことにならなくても、前に進んでも後ろに進んでも、この症状を治めなくちゃ。


「進展したのかもしれない、って聞いたのに」


 みのりの言葉尻が引っかかって、私は口を開く。


「誰に?」


「南さん」


 意外な人物の名前が出てきて、私は驚いてしまった。


「なんか、週末に二人が美術館に向かうのを見たんだって。

 真相を知らないかって私が聞かれたの」


 ふーん、とだけ私は答える。


「南さん、やっぱり、小麦のこと、わりと本気だったんじゃないの?」


 親友の言葉に、私は首を横に振った。


「ないない。高校生と大学生、犯罪。いや、歳が近くても、ない」


 そっか、とだけ言って、みのりはお弁当箱をかばんにしまった。


「なんかさ。結局、小麦って、出会い方、関係なくない?」


 灯里がビシッと私に指をさし、私はうっとなった。


「だって、一応、あの南って人と曲がり角でぶつかったんでしょ?

 それでその塩対応っぷりってことは……」


 灯里がそこまで言うと、チャイムが鳴り始めた。


 私達は慌てて広げ残っていた物を片付け、それぞれの教室と自席に戻った。


 午後の授業を受けながら、私は放課後の制作のイメージをふくらませていた。


 前回までで、完成がすぐそこまで来ている段階にはなった。


 あとは、もう少し細かいディテールに手を加えて、完成度を高める。


 作品自体が完成した後、展示方法や周りに施す工夫も考える必要がある。


 一度、中標津先生に見てもらって、感想をもらうのもありかもしれないな、と思った。


 理科のノートの端に、これからすべきことを書いてみたり、国語のノートのスペースに展示方法のアイディアを書き留めたりしている内に、すぐに放課後になった。


 私は体育館に向かう灯里とエールを送り合って、途中でみのりと合流し、美術室へ向かう。


 制作マットを敷き、彫刻刀やらなにやらを並べて、作品を置く。


「ほぼ完成って感じだね」


 みのりがパレットの準備をしながら言葉を紡いだ。


「題名は考えてるの?」


 私は首を横に振った。


「まだ。納得出来る形にたどり着いたら、それから考えようと思って」


 私は、あらためて自分の作品を見つめる。


 そこにあるのは、疾走する少女の像だ。


 風の動きを表現するために、スポーツウェアではなく、制服を着せた。


 インダストリアルクレイを選んだのも、自分の中に渦巻いているこの気持ちを表現するためには、あえて慣れない素材に挑戦する気概が必要だと思ったからだった。


 コツを掴むまでに、つくっては潰し、最初からやり直すことも繰り返した。


 その甲斐あって、いつも妥協点を探す自分にしては、今回の作品は細部に凝って向き合うことが出来ているとは思う。


 苦労して再現したスカートのヒダ部分なんかは、ちょっとした自信作だ。


 ただ、だからこそ、何かが足りない、という感覚的な引っかかりを看過出来なかった。


「あと一歩、というところですか」


 声をかけられて顔を上げると、そこには作業用エプロンを着た中標津先生が立っていた。


 私は頷き、視線をまた少女像に戻す。


「何かが足りない、と思うんです」


 すぐに伝えられるかと思ったアドバイスは、中々告げられなかった。


「東さんがそう感じるということは、何かが足りないんでしょうね」


 それだけ言って、先生は黙ってしまった。


 前に、アイディアが欲しくなったときは、どうしたんだっけ。


 乃愛の作品を見て、それでも発想出来なくて、それから、どうしたんだっけ。


 私の頭に、灯里の顔が浮かんだ。


「先生」


 私が顔を上げると、先生と目が合った。


「ちょっと、体育館に行ってきます」


作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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