第21話 どう思ってるの?
「インダストリアルクレイ?」
みのりが不思議そうな表情で言葉を紡ぐ。
「うん。熱を与えると柔らかくなって、冷えると固まるの。成形のしやすさと、冷えた状態なら掘ったり刻んだり出来る、立体造形に適した素材なんだ、コレが」
私はドライヤーでそれを温めながら、中標津先生に教わったことを、さも自分が発見したかのように得意満面で言う。
「それで何をつくるの?」
当然の親友の興味を、私は笑顔で拒んだ。
「はいはい、出来てからのお楽しみってことね。
ま、スランプから脱したようで何よりですこと」
あの日から、私の中の想像力と創造力はすっかり回復したらしかった。
いくつも出てくるアイディアの中から、私は今の自分がもっとも気持ちを込められそうな作品を目指すことにした。
初めて扱う素材を求めたのも、目指す作品にとってそれが必要だと思えたからだった。
制作に没頭すると、部活の時間はあっという間に終わる。
「絶好調って感じだね」
片付けを済ませて玄関に向かいながら、みのりが言う。
「まぁね~」
私が頭を掻くと、みのりはふと怪訝そうな表情をつくる。
「何?」
「小麦の様子が変わったというか……何かあった?」
親友の問いに、私はう~ん、と言い淀む。
私、穂積のことが好きなんだよ。
何度整理し直しても、私の心のパズルは同じ絵になった。
でも、そのことを、私は誰にも言わないでいた。
みのりに言えば、嬉々として励ましたり、からかったりしてくれるだろう。
けれど、みのりが応援してくれるそのゴールに向かおうとする勇気が、私にはまだ無い。
穂積に想いを伝えたら、そういう関係になれるだろうか。
灯里の言葉を思い出せば、それは叶わないことではないのかもしれない。
勝算のようなものは、あるように思えた。
しかし、だからと言っていきなり行動に移せるわけでもない。
いつ、どこで、どんなタイミングで、どうやって?
世の中の恋人の皆さんが、みんなどんなプロセスでそうなったのか、教えて欲しかった。
「小麦~っ!」
玄関近くに来ると、灯里がこっちを見て大きく手を振った。
みのりと一緒に、人波を避けられる所で合流する。
「その後、調子どう?」
灯里の問いに、私は親指を立てて応える。
「みのりは?」
「この絶好調娘ほどじゃないけど、順調」
みのりは私の頬を指でつつきながら言葉を紡ぐ。
昼休みを一緒に過ごすようになって、私と灯里、そしてみのりはすっかり仲良くなっていた。
二人は途中まで帰り道が一緒で、仲良く私をネタにして盛り上がっているらしい。
だからといって、登校してすぐ、灯里から食パンを一袋プレゼントされたときは辟易したけど。
「それじゃ、帰りますか」
玄関の人数がある程度落ち着いたのを見計らって、みのりが口を開く。
私は二人とすぐに分かれて、一人寂しく帰宅する。
家が近づいてくると、聞き慣れた、ボールとコンクリートがぶつかる音が響いていた。
庭先で、穂積がドリブルを衝いている音だった。
私は小さく深呼吸をして、平然を装って近づく。
「よっ」
私が声をかけると、穂積は、おう、と答えた。
自分の家を過ぎて、穂積の家の方に行く。
「もう、動いて大丈夫なの?」
部活はある程度休むように言われていたはずなのに、と思いながらそう言うと、穂積はボールの動きを止めて、私の方に向き直った。
「ハンドリングはすぐに鈍るから。一日休んだら、人には分からなくても、自分で分かるんだ」
そういうもんか、と思いながら、私は言葉を紡ぐ。
「ま、無理はしないようにね。おじさんとおばさんも、口で言う以上に心配してると思うよ」
そう言って踵を返した私を、穂積の声が止めた。
「小麦」
どきっとしながら、私はまた振り向く。
「何?」
穂積は黙ったままだ。
胸がどきどきする。
顔が赤くなっていないことを祈った。
まさか、急に、アプローチされる展開になったりする?
「何?」
私はもう一度、言葉を紡ぐ。
静かな時間が、妙に長く感じる。
「北 灯里っているだろ」
どきどきの質が変わったのが自分で分かる。
「うん」
それしか言えなかった。
自分が今、どんな表情をしているのか、分からない。
不安が表われていなければいいな、と思う。
「北と、何かあったか?」
私が? と聞くと、穂積は黙ったまま頷いた。
話の先が見えず、私も黙ってしまった。
「灯里とは……」
視線を穂積から外して、私は口を開く。
「こないだの練習試合くらいから、ちょっときっかけがあって、仲良くなったよ」
言って、また穂積を見る。
「でも、どうして?」
いや、と言いながら穂積が口に手を当てる。
あ……と思った。
穂積の、言いたいことがあるのに言えないときの癖だ。
照れると上を向いて頭を掻く癖も、この癖も、昔から変わらない。
「それ」
私が笑って指をさすと、穂積は慌てて口から手を離した。
「変わらないね、その癖。なにか聞きたいんでしょ、ほら、どうぞ」
言いながら、言いようのない、楽しさ、嬉しさ、幸せな感じが心の中に満ちてしまう。
こんな時間を共有するだけで楽しいなら、先に進んだりしなくていいんじゃないかな、なんて思ってしまう。
「いや、なんか、北から、小麦を」
たどたどしく言葉をつぎはぎする穂積の様子に、私は噴き出してしまった。
「日本語覚えたてじゃないんだから、ちゃんと言ってよ」
穂積は困り顔を浮かべて、鼻から大きく息を吐く。
「小麦を大事にしろ、って言われた」
頭を掻きながら言う穂積に、私の笑い声もつい静まってしまう。
「そ、そうなんだ。なんだろね、それ」
さっきの穂積に負けず、私もしどろもどろだ。
日本語は覚えたてじゃないけれど、恋は初心者だから、仕方ない。
「穂積ってさ」
言ってしまってから、私は、しまったと思った。
頭に浮かんでいた言葉は、「私のこと、どう思ってるの?」だ。
でも、そんな言葉が、今の私の口から出ていくはずがない。
次の言葉を待っている穂積が見える。
「灯里のこと、どう思う?」
声が震えかけた。
穂積は少し考えるように視線を動かしてから、口を開く。
「バスケ上手いな、と思う」
「その、女子として、は?」
勢いづいて止まらない自分の口が恨めしかった。
これを聞いたからと言って、何があるというのか。
「まぁ、可愛いんじゃないか。俺は興味ないけど」
そっか、と言って、私は口を一文字に閉じた。
穂積の前でにやけるのは、恥ずかしすぎた。
「じゃ、そろそろ入るね。穂積も、ほどほどにね」
私が言うと、穂積は、おう、とだけ言った。
玄関のドアを閉めると、外からはまたボールが弾む音が聞こえてきた。
私は二階に上がり、リュックを放り、ベッドにうつぶせになって倒れ込む。
穂積は、灯里のことが好きってわけじゃないんだ。
ちょっと、安心したな。
それじゃ、私のことは、どう思ってるの?
穂積に言えなかった質問を、私の枕が受け止める。
さっきまでの満たされた気持ちが急に虚ろになって、代わりに胸のどきどきが返ってきた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。
では、また。




