第19話 私って
「うちに、って?」
もう玄関まで来ていた私は、足を止めて聞いた。
「言ってなかったっけ? 私、一人暮らしでアパート生活なんだ」
知らなかった、と言うと、灯里は頭を掻いた。
「正直、一人だと結構暇っていうか、時間を持て余すっていうか」
「寂しいっていうか?」
私が言うと、灯里は、正解! と言っておどけた。
「いいよ、本当になんの予定もないし。お昼、なんか買っていく?」
「いいね、試合の後に自炊するなんてめんどくさくてごめんだし」
玄関で靴を履き替えて、私達は灯里のアパートがあるという方に向かう。
途中、コンビニに寄った。
当たり前のように家から通っている私は、あまりこうして昼食を買うということがない。
色々なものがありすぎて、どう選んでいいものやら分からず、思わず灯里が何を選ぶのかを注視してしまう。
灯里はおにぎりを4つとサラダを選んでいた。そんなに食べるのか、と少し驚きながら、私は温める必要の無いサンドイッチと、小さなパックの紅茶を選んだ。
「ごめんね、もりもり食べちゃうんだ」
道すがら、灯里が言う。
「あんなに激しく動いたら、お腹も空くよね」
それもあるんだけど……と苦笑する灯里に、私は首を傾げた。
その私の様子を見て、灯里が「家に着いたら、話すね」と笑う。
灯里のアパートは、お世辞にもきれいとは言えない、築何十年だろうかという見た目だった。
「おじゃましまーす」
言いながら、私は靴を脱ぐ。
家の中はすっきりしていた。
いわゆるダイニングキッチンがあり、小さな冷蔵庫とガス台、それにあまり食器の入っていない棚と電子レンジがあった。
そして、それに隣接して寝室がある。
あとはトイレとお風呂があるだけで、こじんまりとしていた。
「ごめんね、友達を呼ぶような家でもないんだけどさ」
灯里が古そうなちゃぶ台の横に座ったので、私も向かいに腰を下ろす。
「一人暮らしなんて、すごいよ。すこし憧れるし、私は出来る自信ないな」
買ってきたものを並べながら、言葉を紡ぐ。
「私もまだ始めたばっかりで、出来てるかどうかは怪しいけどね」
そういえば、灯里が転校してきた理由を聞いたことがないな、と思う。
でも、それが聞いていいことなのか判断がつかず、私は言葉を飲み込んだ。
「さっきの話だけど」
一つ目のおにぎりのフィルムを開きながら、灯里が口を開く。
「私、スポーツインストラクターとか、フィジカルコーチとか、科学的なアプローチでスポーツを教える立場になりたいんだ」
うん、と頷く。
「それで、炭水化物の摂取とか、ミネラルの補給とか、調べながら実践できるところはやってみようと思ってて」
私はまた、うん、と頷く。
「……なんていうか、勝手に語っちゃってるけど、大丈夫?」
いいよ、と短く答える。
少しドキドキした。
「前の学校のコーチがすごく有名な人で、インターハイの常連だったんだ。スカウトされて入学したんだけど、ひどくてさ。選手を兵隊として見てる感じだったの。それで、意を決して異議を唱えたら、試合に出してもらえなくなってさ」
深刻な話のはずなのに、おにぎりを頬張りながらしゃべる灯里は、さほど悩んでいる風には見えない。
「こんな指導法は間違ってる、って言ったら、じゃあお前がやってみろ、って言われて。そんならやってやるよ、って、今ここに至るってわけ」
サンドイッチを握りながら、口に運ぶことが出来ない。
灯里はと言えば、二つ目のおにぎりに手を付けたところだった。
「それじゃあ、プロの選手になるとか、そういうことじゃないんだ」
灯里は大きく頷いた。
「グドコーの名前は知ってたから、冬休みくらいから編入できないか親と学校に相談して、学長先生が快く承諾してくれたんだよね」
じゃあ次はそっちの番、と言って、灯里は笑った。
私はサンドイッチをひとかじりし、紅茶で流した。
「映画、見る方?」
灯里は、う~ん、と言いながら天井を見上げる。
「家族と一緒にテレビで見ることはあったけど、そんなに見る方じゃないと思うな」
そういえば、テレビがないな、とあらためて気がつく。
「私は小さいときから映画が大好きで、特にファンタジーものが好きだったの。剣とか魔法とか、怪物とか出てくるようなやつね」
ふむふむ、と言いながら、灯里は三つ目のおにぎりのフィルムを開ける。
「でも、ストーリーとか俳優よりも、その中に出てくる特殊メイクとか、小道具とかを見てたんだよね。想像の中にしかなかったものを、実際に創りあげるのって、すごいなぁ、って」
「でも、そういうのって、だいたいCGなんじゃないの?」
苦笑して言う灯里に、私はスマホを取り出し、画像を保存しているフォルダを開く。
「どれでもいいから、開いてみて」
ふきんで手をぬぐってから、灯里は促されるままに私のスマホを指で繰る。
「これって、実際につくってる場面ってこと?」
そう、と私が頷くと、灯里は画像を次々と見て進めていく。フォルダの中にある画像は、どれも指輪のお話の特典映像のものだ。
「これ、でかい発泡スチロールから、この柱が出来たってこと? ほんとに?」
これは、これはと質問をする灯里に、私は自慢げに答える。
自分がつくったわけではないのに、なんだか誇らしい気持ちになってきてしまった。
感心を満面に浮かべて、灯里はスマホを私に返し、お茶を口に含んだ。
「そういうのを創れるようになりたいんだ」
頭を掻きながら私が言葉を紡ぐ。
私と灯里は、それからもいろいろな話をした。
映画の話、バスケの話、体育の話、灯里が走高跳で陸上の大会に駆り出された話、私が中学の体育行事の走高跳で歩数が合わずにファールを繰り返した話、これまでにつくった作品の話、女子の話、男子の話。
「バスケの人は、絶対ナシ」
灯里の断言に、私は驚いた。
「どうして? 話が合うから、ちょうどよさそうだけど」
言いながら、頭に浮かんだのは穂積と並んで立つ灯里の映像だった。
「話が合えばいいけど、バスケの人間って、だいたい自分なりのロジックを持ってたり、好みが尖ってたりするんだよね。自分と違うタイプの人がいい、ってパターンが多いんじゃない?」
そうなんだ、と相槌を打ちながら、なんとなくほっとしている自分がいた。
「だから西くんも、小麦なんでしょ」
「え?」
私の反応にきょとんとする灯里の目を、私はとりあえず受け止める。
小さな沈黙が流れる。
それを途切れさせたのは、ピピッ、ピピッという電子音だった。
「あ、まただ。最近、目覚ましの調子が悪くて、変な時間に鳴るんだよね」
言われて時計を見ると、自分が思ったよりもずっと時間が経過していた。
「もうこんな時間だったんだ。ごめんね、長居しちゃった」
私が言うと、灯里はとんでもない、と笑って、言葉を次ぐ。
「バスケ以外の友達って、すごく貴重だから、私もついつい、いっぱい話しちゃった。今度、学校でも話そうね」
私は快く同意して、帰り道の案内は平気だと伝えた。
一人で歩きながら、さっきの灯里の言葉を思い出す。
いや、その前の、灯里と穂積がそういう関係じゃないのが分かってほっとした、っていう事実が、私の心の中で大きくなっていた。
私って、やっぱり、穂積のことが。
そう考えたことが、これまでになかったわけじゃない。
普段、みのりにからかわれるときも、冗談めいた雰囲気にするけど、本気で否定していただろうか。
私が穂積のことを、その、好きなんだとして、だ。
穂積も私のことをそうなんだとしたら、それって、いわゆる両想いっていうことになるのかな。
急に顔が熱くなってきて、私は大きく息を吸って、長く息を吐いた。
うん、このことは、ちょっとゆっくり考えようじゃないか。
あれこれ考えている内に、いつの間にか学校まで戻ってきたらしかった。
何か、赤い光が見える。
あれは、救急車だろうか。
何か事故でもあったのかな、と私は気になりながら、野次馬根性で見に行くのもはばかられて、そのまま家に帰った。
救急車が何のためにあそこにいたのか、教えてくれたのは意外なことに、妹の日和だった。
「穂積さん、試合中に倒れたんだって」
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。
では、また。




