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第17話 誰が言ってたの

「ごめんなさい、考え事してて」


 私が言うと、彼女は笑って、こちらこそ、と言った。


 整ってるなぁ、と見とれてしまう。


 そそくさとトイレに入り、済ませて出ると、彼女はまだトイレの入口に居た。


「東さん、だよね」


 不意に呼ばれた自分の名前に、なぜか私はどぎまぎした。


「北さん、だよね」


 ちゃんと私も名前を知っているよ、と礼儀かどうかわからない返事をする。


「不躾なんだけど、ちょっと、手伝ってもらっていいかな」


 何を? と言うと、私は彼女の教室に案内され、そのまま彼女の机の隣に座らされた。


 そして、私の前に「身だしなみ」と小さく書かれた画用紙が差し出された。


「これは?」


「生活委員会の、身だしなみ呼びかけポスター……」


 バスケのウェアを着て穂積と並んでいた人と同一人物とは思えないくらい、しょげた表情を浮かべる彼女は、自分が抱いていたイメージとまるで違って見えた。


「私、昔っから絵心がなくて、描く度に、あ、私には絵は描けないなって絶望し続けてきた人生なの。それなのに、クラスでこれをつくることになって、いきなり振られちゃって」


 ふむふむ、と私は頷く。


「さっき東さんにぶつかりかけたとき、これは運命の導きだって、勝手に思っちゃって。

 もしよければ、その、お手伝いいただければと思いまして」


 はぁ、とどう言って良いものやら分からないまま画用紙を見つめる。


 表情からも雰囲気からも、終わり際に敬語になってしまう口調からも、困っているのは本当らしい。


 困っているのは私もなんだけどなぁ、と思いながら、私はあらためて画用紙を見る。


 身だしなみ、かぁ。


 私は彼女から鉛筆を借りて、クリーニングのタグがついたままの制服、めくれたスカートを着た女の子のイラストを描く。


 あちこちに飛び跳ねた髪も付け加えた。


「こんな感じ?」


 そう言って彼女に見えるように置き直すと、彼女はおぉ~、と感嘆の声を漏らした。


「すごい……創造性の塊だって聞いてたけど、本当なんだね」


 聞いたことのない言葉に、私は首を傾げながら言葉を紡ぐ。


「誰が言ってたの、そんなこと」


「西くんが」


 美術部の誰かだろうと予想していた私は、たぶん、目が丸くなっていた。


「彼、東さんの話になると、すごく饒舌になるね。

 バスケの戦術とか技術とかを話しているときもすごく話すけど、表情が全然違って。

 おかげで、まだ話したことのない東さんについて詳しくなれたけど」


 ふうん、と言いながら、私は顔が熱くなってきたのが自分で分かるくらいだった。


 褒められて分かりやすく照れるのは、どちらかというと穂積の方だと思っていた。


「あいつはアイディアの宝庫なんだ、創造性の塊だよって言ってたから、さっき、パッと思い出しちゃって。でも、部活中だったよね、ごめんね」


 たぶん穂積の物真似なのだろう、声色を変えて彼女は言う。


 本当は目の高さはだいぶ違うんだろうけど、今は座っているおかげで彼女の表情がよく見える。


 なんとなく、彼女に対して、お高くとまっているお嬢様のような先入観があったけれど、親しみやすさを感じ始めていた。


「ううん、大丈夫。北さんほどじゃないけど、私も作品作りで悩んでて、いい気分転換になったから」


「灯里でいいよ」


 彼女はそう言って、女子にしては大きな手をひらひらさせた。


「噂の転校生、みたいに騒がれちゃったけど、さん付けされるような人間じゃ無いんだ、私」


 あははと口を開けて笑ってみせる灯里に、私もつられて笑ってしまう。


「それなら、私だってそうだよ。小麦でいいよ」


 それじゃ、そういうことにしようと二人で笑った。


 私はそのまま輪郭の縁取りだけでもしてあげようとペンを借りたが、次第に調子が出てきて、色まで付けて画用紙の縁取りまでやってしまった。


 灯里がしきりに、すごい、上手、私と違うと褒めてくれたせいだ。


 私が感心したのは、その声に嫌みな感じや計算高さが感じられないことだった。


 私が言うのもなんだけど、正直言って、同年代の女子には珍しいと思う。


 完成したのは、彼女とぶつかってからほんの30分後くらいだった。


「小麦って、すごいんだね。私がやったら三日はかかる」


「美術部の他の子だったら、もっと上手だよ」


 謙遜して言いながらも、私はちょっぴり誇らしかった。


 たぶん、そのまんざらでもない感じは、声色に表われてしまっているだろう。


「そういえば、考え事してたって言ってたけど」


 灯里はそう言って私を見る。


「深刻なやつ?」


 う~ん、と私はうなる。


 私が、彼女や穂積の言うようなアイディア製造機だったなら、それほど深刻なものではない気もする。


 でも、逆に、アイディア製造機の自分が発想できていない状態だと考えれば、とんでもなく深刻な問題だということになる。


「実は……」


 私は夏の展覧会に向けて、まったくアイディアが出てこないことを素直に話してみた。


 初めて会話したのがついさっきなのに、悩みを相談するのは随分急な話にも思えたが、灯里の朗らかでオープンな雰囲気が、私をそんな気にさせた。


「じゃあ、私の練習試合を見に来るとか、どう?」


 灯里がそう言うと、私は首を傾げた。


「テーマが『動』なんでしょ。だったら、動きのあるものを見たら、何かひらめくんじゃないかな、と思って。ちょうど、今週末の午前、対外試合が入ってて、グドコー会場だから、いくらでも見れるよ?」


作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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