第16話 わっ、と
部活は、全員が必ず集まるように言われ、中標津先生がプリントを配付するところから始まった。
配られた文面に、美術室がざわつく。
私とみのりは後ろに座っていたせいで、それが手元に来るのが遅くなってしまった。
「見ての通り、聖路加伝高校美術部との、合同展覧会を開催することになりました」
なるほど、見てみると、プリントには夏の合同展覧会という題がでかでかと書かれ、夏休みに入る1週間前から始まり、2週間の開催をすると書かれている。
作品の制作期間は、まだ2ヶ月はある。
アイディアさえ固まってしまえば、十分な時間だと思えた。
「なぜ急に、という疑問をもつ人もいるでしょうが」
先生はそう言うと、ちらっと私の方を見た。
「きっかけはなんであれ、グドコーの学長と、ルカデンの校長が親しい間柄で、他の部活でもよく交流試合をしていることを考えると、まあ、おかしい話ではありません」
先生の視線が外れて、ほっとした。
とはいえ、だ。
ルカデンで、特に乃愛の才能に触れて刺激を受けたことは受けたけれど、自分の作品のアイディアが沸いてきているかというと、そうでもない。
帰り際に乃愛と連絡先を交換して、貴重な友達が一人増えたことは喜ばしかったが、さすがに焦りを感じてきた。
「もうひとつ、大事なお知らせです」
中標津先生が、声のトーンをひとつ落として言葉を次いだ。
緊張が流れる。
突如、ガラッと音を立てて入口の扉が開き、ぬっと大柄な人物が現れた。
「やあ、美術部諸君」
「発足学長直々に、お話されるそうです」
私も含めて、部員のほとんどが口を開けたままになっただろう。
学長のフットワークは軽く、練習試合などにも顔を出すことは生徒の中でも有名だが、さすがに通常の活動に現れたことはなかったような気がした。
「先日、ルカデンの竹浦といううつけから、果たし状を受け取ってな。
なんでも美術部同士で投票対決をしましょうとのことだった。
断る理由もなかったので、快く承諾させてもらった」
豪快な様子で話す学長に、みなが呆気にとられている。
相手方を「うつけ」と言ってしまうくらい、懇意だということは理解できたけれど。
「しかし、こういった催しには、やはり賞品が必要だ。
そうだろう、中標津先生」
「あ、はい。そう、ですね」
おそらく打ち合わせにはなかったのだろう、先生は慌てた様子で同意した。
「そこで、学園の運営予備費から、夏休みを充実させるためのプレゼントを用意する。
それは、これだ」
学長は、言いながらポスター大の紙を広げて見せた。
そこには、達筆な筆字で「最大投票を得た者、芸術の本場、アメリカの視察研修旅行へ」と書かれている。
中標津先生が、絵に描いたように困り顔の頭に手を当てている。
美術室のあちらこちらで、真偽を疑うざわめきが行き交う。
「もちろん、本気だ。何せ、学長直々の裁決だからな。
では、君たちの健闘を楽しみにしているよ」
嵐のような告知が終わり、学長は颯爽と去って行った。
直後、美術室には歓喜の声が響き始めた。
一度落ち着くように促してから、先生が気を取り直した様子で口を次ぐ。
「学長は冗談は言いますが、ウソはつきません。
あまり物欲で芸術に向かうのはどうかと思いますが、せっかくの機会なので、みなさん、そこを目指して制作に向かいましょう」
熱に浮かされたようにわいわい喋りながら、各自が自分の作品の準備をし始めた。
私もひとまずスケッチブックを開いたが、すぐに中標津先生が近くに来た。
「始業式の不審者騒動といい、今回の合同展といい、どうにもあなたはイベントを引き寄せますね」
あはは、と笑ってごまかす。
「まぁ、あなたの機転で春展が無事に終わったこともありましたし、今回は不問にしますが、くれぐれも他校とトラブルを起こさないように」
私は小さく、はい、と返事をした。
たいていのことはなんとかなる、と思ってはいるし、今回のことも結果的に美術部員のプラスになったんじゃないかな、とは思う。
ただ、一歩間違えれば、面倒なことになっていたのも事実だろう。
反省だなぁ、これは。
そして、こうやって考え始めてしまうと、作品作りに没頭出来るはずも無く、白いスケッチブックを眺める時間は刻々と過ぎていく。
私は気分転換も兼ねて用を足しに行くことにした。
あいにく三階のトイレは清掃中の札が表示されていたので、仕方なく二階の教室近くまで行く。
「わっ、と」
入ろうとした曲がり角で、誰かとぶつかりそうになり、声が出てしまった。
「あ」
その顔を見て、もうひとつ声が出た。
ぶつかりそうになった相手は、あの転校生モデルだった。
作者の成井です。
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では、また。




