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第11話 初心に返る

 学校中が、転校生の話で盛り上がっていた。


 例の新聞部の生徒が力を入れて集めたらしい情報たちは、そのどれもが盛り上がる材料としては恰好のものだったからだ。


 例えば、彼女が中学生時代、全国大会に出場したチームに在籍していたこと。


 そして、彼女が転校してくる前の高校でも全国大会に出場する一歩手前まで行ったこと。


 また、それらのチームの中で、彼女は主力選手だったこと。


 他には、彼女が都内で雑誌モデルのスカウトを受けていたこと。


「映画かドラマの主人公みたい」


 クラスの誰かが言ったことに、私は同感だった。


 一度も彼女を見ていなければ、そんな人間がいるはずないと茶化していたところだが、自分が見たその転入生は、情報のどれもがぴたりと似合う姿をしていた。


 でも、今の私は、その有名人について詳しくなるよりも、もっと切実な問題を抱えている。


 作品のアイディアが、まるで出てこないのだ。


 自分にとって密かな自慢は、創作のアイディアが湯水のように湧いてくるということだった。


 みのりのような親しい友人だけでなく、芸術家としてプロレベルの顧問からも、その発想力は認めてもらっている。


 スケッチブックは、たぶん、美術部内の誰よりも多く消費してきた。


 そんな自分が、何を創っていいのか、まるで分からない。


 放課後の美術室は、部員がペンで書きつける音で満ちている。


 不安というべきか、プレッシャーというべきか、なんとも言えない状態だ。


 ちらっとみのりを見ると、彼女も集中してスケッチブックに何かを書いている。


「珍しいね、手が止まっているなんて」


 部員を様子を見て回っていた中標津先生だった。


「自分で言うのもなんですけど、自分でも珍しいと思ってます」


「まぁ、あなたはいろいろとゴタゴタが続いたからねぇ。

 少しばかり、休養が必要なのかもしれないね」


 そう言われて、ミルフレのソフトクリームを思い出したけれど、毎日通うほどには、私のお財布は元気じゃない。


「先生も、ネタ切れというか、浮かばないときってあるんですか?」


 もちろんあるよ、と先生は笑った。


「そういうときは、初心に返ってリセットするようにしているよ。

 私の場合は、ピカソのゲルニカをずっと眺めるんだ。

 そうすると、子どもの頃に感じた恐怖や怒り、悲哀を思い出せる。

 そんな時間を過ごしていると、心の中がクリアになってくるね」


 私は、参考にします、と笑って応えた。


 初心に返る、か。


 私の場合は、指輪を捨てる旅に出た小人……を追いかけまわす怪物達だ。


 もっと言えば、その映画の、特典映像になっているスタジオの様子だ。


 結局、部活が終わる時間になっても、スケッチブックは白いままだった。


 支度をして玄関に行くと、他の部の終了時刻よりも早かったおかげで、人はまばらでスムーズに靴を履き替えられた。


 なぜか、穂積がいなかったことに安心している自分がいた。


 今は作品のことを考えなきゃ、と思い、私は足早に家に帰った。


「ただいまー」


「おかえりーアンドただいまー」


 家に入ると、玄関で妹の日和とばったり鉢合わせになった。


「……アンド、おかえり」


 私達姉妹は両親のたっての希望で同じ部屋で過ごしているため、そのまま一緒に二階の部屋にあがっていく。


 気楽な部屋着になって、すぐに私は小さなテレビと小さなプレーヤーに電源を入れ、DVDをセットした。


「何見るの?」


「指輪」


 またか、と日和は大げさにため息をついた。


「あれ、でも、久しぶりに見るんじゃない?」


 妹の言葉に、私はそうかも、と答えた。


 何度も何度も見た映像を、あらためて見る。


 そこに出てくるクリエイター達は、生き生きとした表情で、様々な話をしている。


 苦労話やジョークを繰り広げながら、どこか誇らしい感じだ。


 美しい小道具達を見て、自分の原点はどれだったんだろうと思う。


 思い出せない。


 この中の、特定の何かを見て、自分もつくってみたいと思ったんだったかな。


「なんでまた、このお宝映像を見る気になったわけ?」


 ベッドで横になりながら、日和が言葉を紡ぐ。


「顧問の先生のアドバイス。

 お気に入りの作品を見ると、アイディアが出てくるんだって」


「ふ~ん」


 大して興味がないなら聞いてくるな、と心の中で愚痴りながら、私は映像を眺める。


「恋のひとつでもした方が、よっぽど刺激的だと思うけど」


「うるさいなぁ」


 妹の言葉に悪態をつきながら、私の頭に穂積と例のモデルが浮かんできた。


 あの二人で、一緒に恋に落ちたりするんだろうか。


 そうなったら、きっとまた新聞にでかでかと載るんだろうな。


 待て待て、今はそれは関係ない。


 あ、でも、ハンカチ返さないと。


 違う違う、それも今は関係ない。


「あっ」


 急に映像が止まり、次の瞬間には真っ青な画面が表示されてしまった。


「そういえば、プレーヤーの調子、悪かったんだっけ」


 私の声に体を起こして、生意気な妹が呟く。


 踏んだり蹴ったりって、こういうときに使う言葉だな。


 私はテレビとプレーヤーの電源を切った。

作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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