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第1話 よ~い、どん

 食パンをかじりながら、走って登校をする。


 勢い余って曲がり角、ぶつかったその人が、運命の人。


 そんなドラマに憧れて、私は毎朝それを繰り返した。


 断っておくけど、別に、朝に弱いわけじゃない。


 きちんと同じ時間に起きて、ご飯を食べて、歯を磨いて、着替えている。


 もちろん、その日の準備は、昨日の夜に済ませてある。


 準備万端にして、その時刻を待つ。


 今日も、ほら、あと少し。


 よし。


 よ~い、どん!!


……


「……で、それを2年生の始業式にもやって、成果は得られたわけ?」


「ううん……」


 私は首を横に振る。


「小麦って、変わってるよね。名前もそうだけど、それを1年生で毎日続けられたのが」


 親友に言われて、私は教室の机に突っ伏した。


「みのりはいいよね、遠距離の彼氏が居てさ。私も恋愛、したいな~」


 伏した私のポニーテールを、みのりは上にスルスル持ち上げて遊ぶ。


「高2にもなって、変な願望抱いてるからでしょ。」


 みのりの言葉に、私はガバッと顔を上げて口を尖らせる。


「変な願望ってことはないでしょ。

 私は、うちの両親みたいに、ドラマチックな出会いをしたいだけだもん」


 起き上がり、手を組んで目をつぶる私の頭を、みのりの手刀が打つ。


「旅先で火事になったホテルから、一緒に飛び降りて恋にも落ちた、っていう話ね。

 もう何回も聞いた。

 そんなことあり得ないんだから、おとなしく穂積くんとお付き合いしたらいいのに」


「なんでそこで穂積が出てくるのかが、わかんない。

 幼馴染みってだけで運命の相手になるなら、あちこち運命だらけじゃない」


「そこを分かってないのはあんたくらいだと思うけど……あ、先生来た」


 担任は去年と同じだった。


 学園長のメッセージビデオを教室で流すのも、去年と同じだった。


「求道高校、通称グドコーの生徒諸君、おはよう。

 学園長の発足平蔵はったりへいぞうです。

 この求道学園では『夢を追う、君を推す』をスローガンに、生徒を応援しています。

 合格した君達は既に分かっていると思うが、君達には夢がある。

 私達は、それを応援したい。実現の手助けをしたい。

 そのためにも…………」


 夢がある。


 そう、私には夢がある。


 食パンをくわえて運命の人にぶつかる……のは夢じゃない。


 小さい頃に両親と一緒に見た、指輪の物語の映画、それに出てきた特殊メイク。


 あの技術を身につけて、「幻想を現実にする」のが、私の夢だ。


 だから、美術部を選んだ。


 同じ美術部でも、みのりの道は水彩画。


 私とは違う夢だ。


 私とみのりで共通しているのは、同じ部活にいるっていうことと、春の展覧会に向けた制作の締め切りに追われているっていうことだった。


「みのり」


 私は小声で、前の座席の親友を呼ぶ。


 みのりは頭をもたげて応える。


「放課後、ダッシュね」


 みのりは頭を元に戻した。


 放課後になってすぐ、私達は美術室へ向かう。


 廊下は走ってはいけないが、緊急事態の場合は仕方がない。


 私もみのりも、それと向こうで走っている美術部員も、締め切りが目前に迫っているという意味では十分緊急事態だ。


 美術室の、それぞれの定位置に作品をあげて、それぞれの制作に取りかかる。


 私は机にビニールのシートを敷き、その上に作りかけの像を置く。


 春展のテーマである「命」を表現するために、私は大きめのクラフトストーンから一輪の花を削りだしていた。


 でも、まだまだ立体感に欠ける。


「間に合いそう?」


 みのりが笑って聞いてくる。


「なんとかなる!」


 私は親指を立てて笑って返す。


 私は、先行きが不透明なときは、いつもこの言葉を使う。


 根拠なんてない。


 でも「なんとかなる」って思うことって、私は大切だと思うんだ。


 あまりにも多用していたから、美術部内でも小さな流行になってしまっているけど。


 愛用の小刀を使い、削り、時々光の当て方を変えて陰影の具合を確かめる。


 こうしていると、時間はあっという間に過ぎていく。


 ある程度の削りが終わって、私の中に迷いがもたげてくる。


 色を付けようか、という、数日前から浮かんできている迷いだ。


「先生、彩色を試したいので、要らないクラストありませんか」


 私が問うと、中標津なかしべつ先生は手をパタパタと振った。


「普段の授業では使わないから、その類は全部、小屋だよ」


 小屋、というのは、美術部が使いそうな大小様々のがらくたを突っ込んである物置のことだった。


 この3階の美術室から下におりて、靴を履き替え、体育館にある広い倉庫に行くのは、正直面倒だったが、作品の完成のためには仕方がない。


「私も行こうか?」


 みのりの優しい申し出を、私は断った。


 彼女には彼女の制作があるから、邪魔は出来ない。


 私はパタパタ走って靴を履き替え、宝探しに向かった。


 途中、体育館の非常口に、穂積がいるのが見えた。


 穂積とバスケ部の男子達が、休憩に外で涼んでいるのだろう。


 何人もの女子生徒に囲まれているが、遠目にはっきり顔が分かるほど背が高い。


 彼が隣の家に越してきた小学校低学年くらいのときは、私の方が大きかった気もするけれど、もう30センチ近くも差がある。


 異性に人気がある今の状態も、昔とは随分差がある。


 無意識に足を止めてしまっていたらしく、穂積の視線がこちらに向いた。


 それに気付いた取り巻きの女の子達が私を見る。


 何人かは顔と名前を知っているが、仲が良いとも悪いとも言えないくらいだ。


 そういえば、冬頃から、かなり熱狂的なファンがついたらしく、みのりがからかうと、穂積は心底迷惑だと表情を曇らせていたっけ。


 あの女の子達の中に、そのファンがいたら、その視線は好意的なものになりようはずもないから、私はそそくさと小屋に向かった。


「イケメンなんだろうなぁ、穂積って……」


 ぽつりと呟き、首を横に振って私は目当ての物を探し始める。


 いつか誰かがこの小屋を整頓するだろう、と先輩から後輩まで責任を転嫁し続けて十年以上が経っているらしく、どこに何が置かれているのか、2年生になった今でも分からない。


 私はガラガラ言わせながら、着色を試すのに都合がいいストーンのかけらを探していく。


 これはいいかも。


 これも持っていこうか。


 お、これは今後、何かに使えそう。


 ガラガラ言わせながら、宝探しは続く。


 どれくらいの時間が経ったか、分からない。


「止まれ」


 不意に背後から野太い声がして、私は動きを止めた。


 振り返って見ると、そこに立っていたのは……


「誰?」


 生徒ではない。


 かといって、見覚えのある先生ではない。


 カーキ色のくすんだジャケットは、清潔感がなかった。

作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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