prologue
雄々しい赤が目の前に広がっている。
今までの思い出を飲み込むように、否定するように、赤が全てを飲み込んでいく。
「ハァ……ッハァ……!」
どこまで走ればいいのだろう。
むせ返るような煙と喉が焼けてしまうのではないかと思える熱さで息苦しい。城全体が炎に包まれており、どこがいつ崩れてもおかしくない状況だ。
「……っ!」
「エルシー様!」
足元に散らばる瓦礫につまずきバランスを崩すも、先導してくれている殿下の近衛騎士であるイアンに受け止めてもらい何とか転倒せずに済んだ。
今日のために用意してもらったドレスもボロボロになってしまっている。
「ありがとう。イアン。」
「お怪我はございませんか?」
「えぇ、大丈夫よ。ところで、今はどこへ向かっているの?お父さまとお母さまは無事なの?シェリルはどこ?」
「それは……。」
矢継早にイアンに質問を投げかける。
現状を見て、答えにくい質問をしていると理解はしているが聞かずにはいられなかった。
本当であれば、今日は婚約者であるカイル殿下の誕生日パーティにお父さま、お母さま、妹のシェリルの4人で来ていたはずだった。
つい先刻まで、何事もなく進行していたパーティだったが突然どこからともなく火があがり、あっという間に建物全体へと火が燃え広がっていった。
イアンが答えを濁しているということは、色言い答えはもらうことはできないだろうということを理解せざるを得ない。
「シェリル様は、恐らくカイル殿下と一緒なので無事だと思います……。」
イアンが言いにくそうに答える。
何故、殿下とシェリルが一緒なのだろうという疑問はあったが、ひとまず妹の無事がわかり安堵する。
それよりも見たことのある廊下のはずなのに、今はどこも焼け落ちてみるも無残な姿になっている。イアンなしでは、外にでることもかなわないだろう。
「エルシー様、こちらへ。」
「え、えぇ……。」
イアンが足を止めた先は出口ではなく、私も知らない地下室だった。
どこか地下道へとつながっているのだろうか?
恐る恐る部屋の中に入ると、真っ暗で足元どころか伸ばした手の指先も見ることができない。
「イアン、本当にここから外に出れるの?」
「……。」
イアンへ問いかけを投げるも、返事がない。
視界が暗いせいで、本当にイアンがそこにいるのかも不安になってくる。
「イアン?」
「……申し訳ございません。」
「え?」
ドン。
小さな声で、イアンが何かつぶやいたのが聞こえた。
振り向くと同時に私の身体は押されて、何かにたたきつけられた。
「恨むなら俺を恨んでいただくようにお願いします。」
「なんで……!」
この暗さで表情なんて見えないはずなのに、真上に見たイアンの表情は泣くのを我慢している子供のような表情だった。
目の前で小さな光がぱちんと破裂すると、何かに蓋をされるように私の意識は途切れてしまった。
5年前、シエロ国の王城が大火事によって焼け落ちてしまった。
突然の出来事であったが、王家の守護の加護により怪我人こそ出たものの、犠牲者はほとんど出ていないと言っても過言ではない。
―――たった一人、カイル殿下の婚約者「エルシー・ホーエンローエ」を除いては。