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誕生日プレゼント

作者: 柿畑 紫慧

後輩に誕生日プレゼントをあげようと思い、先輩に相談してみた。

「えっ……」

暫しの沈黙。先輩はポカンと口を開けたままフリーズしていた。

「先輩、聞いてます?ちょっと、先輩!」

「いや、君が後輩ちゃんの誕生日を覚えていたというのがまず意外だし、彼女にプレゼントを贈るという意思があることに驚いちゃって…。」

「……まぁ、基本的に他人に贈り物とかしないですね。」

「だろ?私も貰った事ないもの。」

さりげなく「プレゼント欲しいなぁチラッ今からでも遅くないよチラッチラッ」アピールをしてくる先輩を華麗に無視して話を続ける。

「なんか『貸し』を作るみたいで苦手なんですよ。誕生日プレゼントなりなんなり、貰ったら基本的に『返さなきゃ』みたいな感覚が生まれるじゃないですか。そういう考え方なもので、普通の人とズレている自覚はあるっちゃあるんですが。」

「相変わらずややこしい事考えながら生きてるんだね君は。将来早くハゲそうだ。」

「ハゲ易いかか否かは遺伝で確定してるって論文、確かだいぶ前に出て話題になってた気がしますけど。」

「ほらぁ、そういうとこだぞ。」

「へ?」

先輩はひとつ、大きなため息をついた。

「その上『何を贈っていいか』を私に聞くなんて……。」

「仕方ないじゃないですか、先輩以外にこういう事聞ける女性がいないこと、あなたもよく知っているでしょうに。」

「後輩くんの交友関係の狭さは重々承知しているからそこに突っ込んでるわけではなくて。」

「うっ……」

なんでもないかのように言う先輩。自虐ネタを他人に復唱された時の傷の大きさが尋常ではない、という事を身をもって教えてくれる。

「こういうの、君は一人で選ぶものだと思ってたよ。」

先輩が僕の目を見て言った。


確かに、そういった傾向は自分の中であると思う。人間との交流が下手くそな癖して、他人にモノを贈る、という行為自体が嫌いなわけではない。コミュニケーションの延長線上であることに変わりはないから、いかんせん苦手ではあるのだけれども。誰かにプレゼントを選ぶときの、相手のことだけを考えてる時間というのは割と貴重で、愛おしいモノだと思っている。その時間はどこまで行っても「自分」と「相手」しかいないはずだから、誰かと共有すべきではなくて。仮に共有してしまったら『自分プラス誰か』からの贈り物になってしまうじゃないか、なんて思っていた。


根っこの考え方は変わっていない。今回は「例外」なだけで。


「僕、女性にプレゼントとか、今まで一度も送ったことないんですよね。」

「うわ、贈り物童貞だ……。」

先輩の目つきが明らかに変になった。

「は?」

「いやなんでもない、なんでもないようん。」

明らかに哀れみの感情を含ませながら、先輩は言った。

「そういうことなら仕方ないなぁ、私も一緒に選んであげようじゃないか。なぁに、可愛い後輩のためだ、私だって何肌でも脱いでやるさ。」

かくして、妙にやる気を出してしまった先輩と週末、近所のモールに出かけることになった。



休日のモールは、いろんな人で溢れかえっていた。

「さぁて、どこから行こうか……ん?どうかしたのかい?心なしか顔色が悪い気がするけど。」

「いや、なんかこういう人がいっぱいいる場所未だに慣れてなくて……」

行くなら平日、しかも買い物はせず映画を観るためだけにモールを利用しているような人間にとって、こういうキラキラしたカップルとか親子連れとかのためにある空間というのは非常に居心地が悪い。

「はぁ、これだから田舎出身は……。君、東京とか行ったら駅の人混みだけで当てられて倒れてそうだね。」

先輩は大して僕に配慮を見せることもなく、ふんふんと歩いていく。

「あ、ちょっと…。」

仕方なく、僕はついていくしかなかった。


「何か案はあるのかい?」

「いや、何にも。」

「だと思った。任せておきなさい、後輩ちゃんの好みはバッチリ把握してるから。」

先輩が足を止めたのは、コスメ専門店だった。

「えーっと、彼女が使ってたのは確か……。」

「ちょっと、いやちょっと」

流れるように入って行こうとする先輩の腕を掴んで引き止める。

「ん?どうかしたのかい?」

「いやいやいや、『どうかしたのかい?』じゃなくて。化粧品贈るんですか?」

「ん、そう考えていたのだけど。」

「やめましょう、その案はナシで。」

「え〜、なんで?」

先輩は頬を膨らませた。

「彼女おしゃれ好きだし、ピッタリだと思わない?」

「いやまぁそういう考え方、別に否定はしませんけど。」

「じゃあなんでだめなんだよぉ。」

「僕がこんなところに入って行き、化粧品選んでお会計に並ぶなんてそんなこと、できるわけないじゃないですか。」

「……。」

先輩はポカンとした顔で数秒間考えたのち、

「それもそっか、君だしね。」

一人でうんうんと頷いたのだった。

「まぁでもせっかくだから私が彼女に買って行こうかな、君はその辺で待ってなさい。」

先輩はくるりと踵を返すと、再び店内へと入って行った。


仕方ないのでふらりふらりと歩いていると、吹き抜けの広場にベンチと机が並んでいるのが見えた。近くの自販機でペットボトルを買って席に座る。奥の方に、ぐったりしたお父さんと、その横で一心不乱にスマホの画面に食いついている小学生が見えた。どうやらここはそういう用途で間違っていないらしい。お疲れ様です、と心の中で呟かずにはいられなかった。


それにしてもショッピングモールというのはどうしてこう多種多様な人間が労を厭わず集まるのだろう。今の時代買い物なんてモニターひとつで完結するものだし、ウィンドウショッピングなんててっきり死語だと思っていた。いや、ウィンドウショッピングはやっぱり死語だな。でもこうして、実際に商品を手に取って物色したいうというニーズが廃れていないから、こういう環境が成立しているのだろう。やっぱり俺には無縁な場所だな、とつくづく思った。


いろんなテナントが、一見無造作に並んでいる。さっき先輩が入って行ったコスメ専門店、アクセサリーショップ、カフェ、靴屋…。僕にはさっぱりわからないけれども、きっとその並びにも、集客効果とか色々な理由があるのだろう。ふと、ひとつのお店が目に止まった。……そうか、あれにするか。


「後輩くんお待たせー、ってあれ、その紙袋は?」

「先輩遅いっすよ、僕もう決めて買ってきたのに、あなたまだ店員さんとおしゃべりしてたじゃないですか。」

「あ、バレてた?」

「まぁいいっすよ、僕の方も済んだので。さ、帰りますか?」

「え?」

何言ってるんだい?、という顔をされた。

「せっかく来たんだ、私の買い物に付き合いたまえ。」

今度は僕が、「え?」という顔をする番だった。



「……先輩が私に誕生日プレゼント?」

「何その『この人がプレゼント買うような人間なんて思わなかった』的なニュアンス……。もう2回目だから傷つくもクソもないんだけどさ……。」

サークルの後、先輩が渡すというので僕もありがたく便乗させてもらった。

「いや、まぁ……。想定外だったので……。」

「だろ?私も聞いた時はびっくりだったさ。」

先輩が何故か誇らしげに言う。

「はいこれ。」

「……開けても、いいですか?」

後輩が恐る恐る聞くので、なんだかつられて僕も神妙に頷いてしまった。因みに先輩は後ろでずっと笑いをこらえていた。

「…これは、『メイクポーチ』?」

後輩が紙袋の中から取り出し、タグをそのまま音読した。

「へぇ、そんなもの買ったんだ。」

先輩も興味深々で覗き込む。結局あの後何買ったかは言わなかったので、気にはなっていたらしい。

「それにしても、メイクポーチねぇ…。」

先輩がニヤニヤしながら僕の方を見る『私が化粧品買ったからこれにしたんだろ?」と自慢げな顔にデカデカと書かれていて、まぁ実際そうなのだけれども、なんとなく悔しかった。


あの時、ぼんやり見ていたお店のひとつに雑貨店があった。先輩の言う通り『化粧品が良いならこれでもいいか』という安直な発想である。


「なんか……」

「?」

「なんかすごい、先輩っぽいですね……。ありがとうございます。」

果たしてどれくらいのレベルだったかは推し測れないのだけれども、その言葉にはしっかりと感謝と嬉しさの成分が含まれていて、それが妙に、恥ずかしかった。

「だってさ。よかったじゃないか。」

先輩がニヤニヤしながら肩を叩いてくる。ホント、こういうのには敏感なんだよな、この人は。


こうして僕は、先輩の言葉を借りるのであれば「贈り物童貞」を卒業したのだった。

別に借りなくて良かったな……。



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