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短編(ざまぁとかコメディとかテンプレ外しとか)

学校の怪談「トクソクの怪」

作者: 渕澤もふこ

コメディ作家がホラーを目指しました。

「ったく、何で放課後居残りしなきゃいけねーんだよ」


 俺は、机の上に広げられた夏休みの課題に突っ伏して唸る。

 夏休みに遊び倒したせいで、課題は何一つ終わっていない。中学校時代と同じように、出さずに済ますつもりだったが、この学校はそれを許してくれない。


「杉田、早くやったほうがいいよ。帰れなくなるよ」


 同じクラスの住谷が、課題をやる手を止めずに言う。

 住谷とは席が前後で、よく話していたが、しばらく授業に出られなかったせいで、課題が終わっていなかったらしい。

 多目的教室には、俺と同じような理由で集められた者たちがいた。50人くらいはいるだろうか。

 皆、茶髪だったりメッシュを入れたりして、夏休みはっちゃけたんだろうなーと思う。知ってる女子も化粧が濃くなったりピアスをしたりして派手になったなぁと感じるが、ここに居残りさせられている理由は、夏休みデビューをして生徒指導の鬼教師(オッサン)に呼ばれたからではない。


 うちの高校はちょっと変わった私立の学校で、校則に関しての基準は結構ゆるく、出席日数も厳しくない。

 校則はたった1つ。「提出物の期限を守る」ことだけ。

 入学説明会でも、最初に校則について説明された。「本校は、『提出物の期限を守ることができる生徒』を育てます」と。

 就職率とか進学率とか部活動の成績とか、普通の学校説明会にありそうなものはまったくなくて、拍子抜けした記憶がある。


(そもそも、こんな学校来たくなかったんだよなぁ)


 中三の夏の三者懇談で、担任から「地元には行ける高校がありません」と言われた母親が、ネットで見つけてきた通信制?の私立高校で、受験もなく書類だけで入学ができた。


(受験勉強なんかする気もなくて、毎日遊んでたもんなぁ。「高校受験チョロいな」とか思ったっけ。校則も緩いし、中卒で働く気もなかったからここにきたんだけど)


 ちらりと教卓の方に目を向けると、体育教師(ゴリマッチョ)と目が合った。ゴリマッチョは縄を手にして、にこやかに俺に声を掛ける。


「杉田!!提出物を出すまで、家には帰れないぞ!!」


 夏休みの宿題を出さなかったからって監禁はない。

 だが、うちの高校は入学時に保護者に対して「提出物を出さない場合は、学校から帰宅できない場合があります。また、提出物を出すために少し怖がらせることがあるかもしれませんので、どうぞご理解ください」という文書を出しており、この学校に入学している生徒の保護者は理解者である。

 提出物については、「いつまでに何を出すか」と毎日のように学校からメール配信される。保護者にも同じように配信され、提出物を出さない生徒の保護者には、「居残り連絡」が入ることになっている。

 つまり、この教室に集められた生徒たちは、保護者の了承の上で監禁されていた。

 各クラスから担任に連行されてきた生徒たちは、提出物を出すまで帰らせま先生に見張られながら、必死に夏休みの課題に向かっていた。


(やりたくない。絶対にやらない。小学生の頃から宿題なんか一度も出してないっての。……めんどいし、逃げるか)


 こっそり体育教師の様子を伺ってみると、窓際の生徒に質問されており、こちらを見ていなかった。


(監視の教師は一人しかいない。多分行ける!)


 スマホと財布だけポケットに突っ込んで、席を立つ。机がガタッと音を立てたせいで教師が振り向いたが、構わず俺は教室の外に走り出した。


「杉田!逃げたら大変なことになるぞ!!」


 体育教師の声が俺を追いかけてくるが、無視して走る。


(逃げるが勝ちだ!!)


 普段使わない多目的教室は4階の端にある。教師が追いかけてくる前に階段を降りないと捕まってしまうだろう。

 全速力で四階分の階段を降りると、生徒昇降口に向かう。


(結構、余裕だったな!オッサン、足遅っ)


 靴箱を開けると、靴はちゃんと入っている。帰らせないために靴を隠している、などということはないらしい。


(これなら居残りさせられても、楽勝で逃げられるじゃん)


 鼻歌を歌いながら靴を取り出そうとするが、靴が出てこない。そして、何かモサモサしたものが手に触れた。


(ん?なんか、引っ掛かってる?)


 いたずらでもされているのかと思って、靴箱の奥を覗き込むと、黒い塊が見えた。


「何だよ、これ」


 黒い物体を掴んで引き出すと、靴と違ってずるりと靴箱から出てきた。

 

『かえれないよ』


 どこからか声がした。


(喋るオモチャを生徒の靴箱に仕掛けるとか、この学校ヤバ。これ証拠にして、教育委員会に訴えてやろうかな)


 入っていたのは人形の頭部らしい。モサモサしていたのは髪の毛だったようだ。


「キモ!うざいことするなぁ!」


 早く逃げなければ教師に見つかってしまう。慌てて人形の頭部を投げ捨てようとするが、指に髪が絡んでとれない。そんなに強く掴んでいたわけではないのに、外れない。何度か手を振り回して取ろうとするが、気が付けば手首にまで髪が絡まっている。


「くそっ!」


 振り落とすのを諦めて、髪をちぎっていくことにした。ナイロンかと思ったら、人毛のように思ったよりもちぎりやすかった。


『いたいなぁ、やめてくれないかい』


「ひっ……」


 くぐもった声は、俺の手のひらの中から聞こえる。

 絡まった髪の奥には、ぎょろぎょろと大きく飛び出した眼球と裂けた唇が見えた。


「いぎゃぁぁぁぁぁぁあ!」


 頭部を靴箱に突っ込み、ふたを足で押さえて、手から無理やり引き剥がす。


(何だあれ、何だあれ!何だあれ!!!)


ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

 上履きのまま、玄関から出ようとするが、鍵が掛けられているのかびくともしない。


「くそが!」


『にがさないよ』


 モサモサしたものが足首に絡みつく感触がする。くすぐったさよりも、気色の悪さにざわりと肌が粟立つ。


「ぃぃぃやぁあぁぁぁっ!!!」


『つーかまーえた』


 床の頭部がにやりと笑う。心底嬉しそうに。


(嫌だ!怖い!気色悪い!誰か助けてくれ!)


 俺の祈りが届いたのか、廊下の向こうから女の子たちの話し声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ!帰りにクレープ食べて行こうよ!」

「私、アイスがいい!!」


(女子に助けを求めるとか恥ずかしいけど、怖いより恥ずかしいほうがマシだっ)


「離せよ!誰か、嫌だっ!助けてくれ!」


「何?」

「どうしたの?」

「なんかあったの?」


(気付いてくれた!)


 三人連れの女子たちが近くに寄ってきてくれた。上履き(スリッパ)の色を見るとどうやら先輩らしい。


「足、左足のこいつ!これを外してくれっ!!」


(女子でも、三人だったらきっとこいつを引き離せるはずっ)


 女子たちは顔を見合わせ、俺を不審そうに見てきた。


「足でもつったの?」

「遊びじゃない?」

「……何もいないよ」


 懸命に叫ぶが、女子たちは俺を無視して会話を続ける。


「遊んでないで早く帰りなよ~」

「あ、明日の宿題やらなきゃ」

「……行こ」


「助けてくれ!こいつを外してくれよ!」


 そして俺の横を通り過ぎて、昇降口の外に出ていってしまった。


「なんで、なんでだよ、さっきまで開かなかったのにっ」


 さっきの女子たちが開けて出ていった昇降口の扉は、押しても引いても動かない。ガチャガチャと音がするだけだった。


『むだだよ、おれはおまえいがいにはみえないよ。せんぞくってやつ』


 ヒッヒッヒと耳障りな笑い声が足元から聞こえる。


『ていしゅつぶつだすまで、いっしょにいようなぁ。うれしいなぁ、きょうからおまえはおれのともだちだよ』


 髪はワサワサと量を増やし、足首から膝、太ももにまで絡みついていく。


『おれは、おまえをみつけてつかまえた。おまえがていしゅつぶつをださないあいだは、ずっといっしょにいられるぞ。それまでおれのもの。だから、もうださなくてもいいぞ。ていしゅつぶつださずに、ずぅっといっしょにここでくらそうなぁ』


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁあ!!」



………………………………………………………………………………………………


 その後、俺は無事に先生に捕まって多目的教室に戻ることができた。頭部は先生が来たらあっさり俺の拘束を解いて……くれるはずはなく、髪をベルトのようにして腹に巻き付き、俺の腰でぶらぶら揺れている。


「先生なんで言ってくれなかったんだよ!!」


「言っても杉田は信じなかっただろ!『百聞は一見に如かず』って言うからな!あと、『トクソクさん』は提出物期限過ぎた生徒にしか憑かないから、俺には見えないしなぁ」


 はっはっは!と楽しそうに笑う教師に殺意を覚えるが、反抗して一人にされたら今度こそ泣くしかないので堪えた。


『ていしゅつぶつださなくてもいいぞ、すぎた』


 腰の声は無視する。

 迅速に課題をやり、提出しようと心に決める。


「まあ、一人で居残りするの寂しいだろうから、居残り友達として仲良くやっていけよ!また逃げ出したら、校内のいろんなところに隠れてる違うパターンの『トクソクさん』と友達になれるぞ!」


 いい笑顔で教師が言ってきた。

 この学校、辞めようと俺は心に誓った。



 俺は、それから必死に課題に取り組み、3日後に無事に家に帰ることができた。


『すぎた、いやだ。はなれたくない!おれはずっとすぎたといっしょにいる!』


 頭部は提出物を出すと見えなくなった。二度と会いたくない。


「よっしゃ自由だぁぁぁぁ!」


 学校から帰り、寛ぎまくる。監禁されていても食事と睡眠はとることはできていたが、まったく遊べなかったので久しぶりにスマホを見る。

 学校からのメールがいくつか来ていたので流し読みをして、ソシャゲを起動した。


(自由ってサイコー!)


 そうして、俺はいつの間にか寝てしまった。




『すぎた、すぎた。おきーろー、すぎた』


 首にモサモサしたものが触れる。ふっと目を覚ますと、ぎょろぎょろとした目が俺を覗き込んでいた。


「な、な、なんでお前まだいるんだよ!いなくなったんじゃなかったのか!!!」


 頭部は楽しそうに笑いながら、ワサワサと動く。


『おれたちは、にゅうがくしきでせいとたちとけいやくする。ていしゅつぶつをださないせいとの、さぽーとをするためのそんざい。だからさぽーとがいらないせいとにはみえない』


「な、だったら俺はもう出したからサポートいらないだろ!!」


『すぎた、ねぼうした。しんろきぼうちょうさ、だしわすれたから、おれがまたさぽーとする』


(嘘だろ!)


 スマホの時刻は15時30分。授業は既に終わっている時間だった。

 メールを確認すると、進路希望調査を保護者の印をもらって提出するよう連絡が入っていた。


「最悪だ!ふざけるな!近寄るな!」


 俺は頭部を引き剥がし、布団を被る。悪い夢だと思いたかった。


『すぎた、かくれんぼか?うれしいなぁ。また、いっしょにあそぼう』


(絶対に、絶対に、明日提出物出してやる!)



 そうして俺は、卒業までにきちんと提出物が出せるようになったのだった。





~~~提出完了~~~

夏休みの宿題は「今日は忘れました、明日持ってきます」と言う派です。

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