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第二章2  メイ探偵綾織さん

 気付けば昼休みになっていた。デジャヴ、というか、昨日と全く同じ過ちを繰り返しているような気がする。

 昨日と違う点を挙げるならば、今日は水瀬が学校に来ていることだろう。隣で机に突っ伏して寝息を立てている。

 そのほかは昨日と同じ。僕も机に突っ伏しており、顔を上げた先には綾織さんがいる——


「細田君。私に何か言うこと、ございませんでしょうか?」


 僕の前の席に座り、彼女はむすっと頬を膨らませていた。わざとらしい敬語で、沸々とした怒りを留めようとしているのだろう。

 けれど、変な言葉遣いのせいで、頭の弱い印象が勝ってしまっている。それでも可愛く感じるのは何故なのか。


「もしかして、敬語の使い方間違ってる……?」

「二重敬語、ですね」


 あぁ、と呻き声を漏らして、綾織さんは僕の机に倒れ込んだ。ロングヘアーが鼻先をかすめて——できる限り変態的な表現を避けようとは努力したけれど——良い匂いがした。


 決して嫌味っぽくはならない、すれ違った瞬間だけほのかにかおるこの奥ゆかしさよ。万人が爽やかだと頷くであろう、青春そのもののような柑橘系のフレーバー……


「細田君、ぼーっとしないの! 何か! 言うこと! あるでしょ!」


 いつの間にか起き上がっていた綾織さんは、非常に珍しいことに、かなり怒っていた。

 そして、彼女が怒っている理由をようやく思い出した。ずっと昔のことのように感じられるが、僕は昨日、綾織さんに諸々を任せっきりで学校をサボったのだった。

 ようやく、思い出した。


「ごめんなさい、昨日のこと。押し付けて勝手に帰っちゃって」

「……うん。覚えていたのならよろしい」


 膨れっ面のまま、綾織さんは数回頷いた。僕はぺこぺこと何度も頭を下げる。「それで?」彼女は続けた。

 もちろん、謝罪で終わる訳がない。先生への言い訳などなど、上手く取り繕ってくれたのだろう。


「ありがとう。おかげで助かりました」

「敬語やめて」

「え、あ、はい。すみません……」


 彼女は僕よりも座高が低く、目線も下のはずだが、ずっと巨大に感じられた。可愛いのに怖い。怖すぎる。


「だから、敬語じゃなくていいってば」


 ふと、横で寝ていた水瀬が半分だけ顔を起こし、僕を片目で見る。そして、静かに指先で机を叩き始めた。

 一定のリズムと周期で、こちらを睨んだまま水瀬はトントンと机を叩き続ける。


「そんなことより、さ。聞きたいんだけど……」

・・-() -・--・() -・-・-() ・-()


 僕の顔を覗き込む綾織さん。モールス信号でクレームを入れてくる水瀬。情報量が異常に多い。

 水瀬のモールス信号に、綾織さんが気付いている様子はない。一旦、水瀬は無視して綾織さんとの会話に集中しよう。


きたいって、何?」

「ええっとね。学校を早退するのは、別に悪いことじゃないとは思うんだけど……どうしてなのかな、って」


 怪しまれている。そりゃそうだ。

 具合を心配しにきた途端、急に「帰る」などと飛び起きて言い出したのだ。気になるに決まっている。


 加えて、担任から説教されるのではないか、と静かに危惧していたけれど——それがないことから察するに、綾織さんが相当上手く言い訳してくれたに違いない。

 彼女には知る権利がある。それだけの働きをしてくれた。


 しかし、ありのまま全てを話すことはできない。


 サボっただけなら、まだ良い。サボって向かった先が水瀬の家。それがマズいのである。要らん誤解を生んでしまう。


 それに、昨日の出来事を一から十まで話せば、水瀬の正体にも関わってくる。僕が口を滑らせた場合、変態こと師匠がどう動くか判らない。想像したくもない。

 

----・・() -・・-() ・-・・() ・---・()


 机を叩く動作では怪しまれると思ったのか——水瀬は上履きで、机の足をコンコンと蹴って信号を送ってきた。師匠からの指令である。


---(O) -・-(K)


 僕は考えるフリをしながら机の角を叩いて応じた。信号を受け取った水瀬は、寝たフリの姿勢に戻る。


「普通に、具合が悪かったんだ。本当だよ」

「…………本当に?」


 怪しまれている。マズい。非常にマズい。

 綾織さんは僕の目を覗き込み「ほんとの本当に?」と繰り返した。怖い。

 迫力のあまり、咄嗟に眼球の動きだけで水瀬を見てしまった。突っ伏した姿勢のまま動く気配はない。打つ手なしってことか——。


「今、なぎちゃんのこと見た……」


 わなわなと綾織さんの唇が震える。あかん、とんでもない流れになってきた。あかん。


「見てないです」

「見てたよ!」

・--() ・-・() ・-・・・() ・-・-・() ・-・()


 綾織さんはほとんど涙目だった。その隣、爪先で床を鳴らして信号を送ってくる水瀬、もはや他人事である。


「今朝も二人で一緒に登校してたし……」

「いや、あれは——」

「言い訳しないで!」


 教室が静まり返った。僕の机を叩き、立ち上がって身を乗り出す綾織さん。寝る水瀬。白目の僕。


 木魚の音が聞こえる。さらば、僕の青春。


 萎むように、綾織さんは縮こまって座った。周囲の視線もあるから、引き下がるしかないと察したのだろう。

 沈黙が通り過ぎ、段々と教室に騒がしさが戻ってきたところで、彼女は僕の耳へと顔を近づけて——


「ちゃんと、説明してもらうからね」


 と、囁き残して自分の席へと戻っていってしまった。

 隣の水瀬は突っ伏したまま、ひたすら『ヤナオンナ』と信号を繰り返していた。

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