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新登場人物。

中野竹子22歳、優子16歳。


中野竹子は江戸生まれの江戸育ちで、文武両道を極めた才女です。

娘子隊を立ち上げ、泪橋で壮絶な死を遂げます。

優子は姉の死を見て敵に首を渡すまいと斬り落とし、持ち帰りました。もちろん気丈な竹子の意を汲んだのですが、今も語り草になっています。

 

       3

 

「水鴎流とは如何ほどに強いのか」

 と、浪人が刀に手をかけた。しかし言葉とは裏腹に殺気は消えている。

 ――四郎殿、その者は男ではありませんよ。女です。それもかなり血の気の多い女です。相手にすると面倒なので、適当にあしらっておかれたほうが賢明です。

 女人? 入り込んできたイズミの言葉に四郎はたじろぐ。

 確かに意志の強そうな唇を見れば血の気は多いかもしれない。だが、かつてこれほどまでに堂々とした男装の侍を見た覚えがなかった。ただし噂では一人いる。新徴組の女剣士、中澤琴。凛々しく、美しく、力強い剣技の持ち主だ。だが米沢へ行っていると伝え聞く。

「戯れを、お竹様。いったい何の真似ですか」

 小一郎が慌てて間に入った。「師範、この方は会津の者です。両親は、容保さまの後を追い会津へ戻られましたが、妹である優の体調が悪かったために出立が遅れたとのことです」

「確かに、少し度がすぎましたね」

 竹が頭を下げて道化を詫びた。だが、この振る舞いには何らかの目論見がある。四郎にはそんな気がしてならなかった。

 それが何にせよ、女二人の旅は危険だ。

 四郎は、竹から隅にいる娘へ目を移した。青白い顔をしていた。まだ体調は万全ではないようだ。

「共に会津へ、如何かな」

「イズミ様がおられるならば、喜んで」

「なぜ、それを……」

 四郎は動揺を隠せない。小一郎も、同心らを見ながら慌てふためいている。

「お竹様。イズミ殿を、ご存じなのですか?」

「存じているから訊いているのです。さ、答を」

「お竹殿。人には話せないことと話せることがあります。もし、どうしてもというなら外で子細をお聞かせくださるか」

 竹が四郎から目を切り、扉を見た。そのまま目を誰にも合わせることなく歩きだした。四郎を手招きし、濡れ縁に腰かけた。横に立ちつくしていると、小一郎も遅れてやってきた。

 

「発端は、そこにおられる小一郎殿です」

「え、私ですか」

 小一郎が、ぱちぱち目を瞬かせる。四郎も、なぜ小一郎と結びつくのか読めなかった。

「もう少し、噛み砕いて話してくださるか」

「そうでしたね」

 ではと、経緯を竹が話し出した。

「江戸詰めの会津の者は、皆、師を赤岡大助様と仰ぎ武術に勤しんでいました。しかし小一郎殿と兄上は、根岸の水鷗流道場へ通っていると聞き、首を傾げました。どうして赤岡様の指導を拒み、わざわざ根岸まで行くのかと合点がいかなかったのです。それで根岸へ出向くと、あなたがいました」

「某は、お竹殿とすでに面識があったと言われるか」

 このような美人で、しかも気骨のある女人を忘れるなど四郎には信じ難いことだった。

「いえ水間様とは、格子からお顔を拝見しただけで対面したことがありません。お会いして話をしたのは――あなたの懐の中にいる御方です」

 竹の言葉にイズミが顔を覗かせた。耳の後ろを人さし指で掻き、苦笑いを浮かべた。

「見つかってしまいましたか。さすが竹殿は勘が鋭い」

「お懐かしゅうございます」

 竹が目を細める。四郎は肝を冷やしたが、二人が初見ではないとわかり、すぐに落ち着きを取り戻す。

「水間さまが山伏姿でしたので半信半疑でしたが、妹から話を聞き、もしやイズミ様がおられるかと胸を高まらせました。それで一も二もなく飛んできたのです」

「飛んできて正解ですが、相手次第では命のやりとりになる危険性もありますよ。今後は、少し行動を慎まねば」

「はい、肝に銘じて。ですが危ない所を救ってもらい、イズミ様にはお礼のしようがありません」

 危ない所とは何だ。この二人にどんな経緯があるのだ。四郎には皆目見当がつかなかった。

「お竹様と何があったのです」

 距離を置きつつ、小一郎が好奇な目を向ける。

「かいつまんで話しましょう」

 竹が思いだすように宙を見つめ、話し出した。

「稽古場を覗くと、竹刀から杖術に移るところでした。まず水間様が手本を見せ、その後一人一人に杖を持たせての打ち合いが始まりました。四尺程度の杖でしたが、突けば槍のようでもあり払えば薙刀にも見えました。また構えると抜刀のような気にもさせられたのです。私は杖の技の数々に吸い寄せられていました。そんな折、ふっと頭の中に人の声が入り込んできたのです」

「それがイズミ殿であられるな」

「そうです。突然『懐刀は持っていますか』と訊いてきました。そなたは誰だ、どこにいる。と小さく呟き苛立を覚えたときに、また声がしました。『帰る途中、腕の立つ浪人らに襲われます』と嘯いたのです。法螺吹きめ、どうせ金目当てであろう。と私は一笑して立ち去りました」

「それでお竹様は、狼藉者に遭遇されたのですか」

 小一郎が心配そうに尋ねる。

「――不忍池の畔で襲われました」

「お怪我は?」

「それが、走り寄ってきた狼藉者は、不思議なことに刀を抜いた状態のまま動けなくなっていました」

「よもや、金縛り?」

 四郎はイズミを覗き込んだ。

 先見の才があるのは前夜の小一郎との会話から窺えたが、金縛りまでは考えが及びもつかなかった。

 このイズミという小人は何者なのか。

 謎だ。十年以上、共に同じ敷地で暮らしていたはずなのに気配を消していた。

 

「ところで姉上は、いつイズミ様に気づいたのですか」

 いつのまにか妹の優がすぐ横にいた。いくら思考が飛ばされていたとはいえ、出現に気づかぬとは剣術家としてあきらかに失態だ。四郎は戒めた。

 四郎の動揺をよそに、竹がゆっくり話し出した。

「木の枝から『どうされます、殺しますか』と、小人が肩に飛び降りてきたのです。一瞬、きょとんとしましたが、この者の妖術に救われたのだなと気づき、礼を述べました」

「イズミ殿が、お竹殿に姿を見せたー」

 四郎には存在すら明かさなかったのに……信じられない気持ちでイズミと竹の顔を見た。

 イズミは相変わらず飄々としているが、竹は四郎の言葉の意味がわからず憮然としていた。

「それは驚かれる行いなのですか」

 答えようがなかった。なぜ四郎に存在を隠して竹に明かしたのか。イズミの胸中が推し量れず、曖昧に答えた。

「イズミ殿はこの姿ゆえ、よほどのことがない限り自ら身を曝さないと思われるですが」

「よほどとは?」

 竹が詰め寄る。四郎はたじろぐ。

「それはつまり、奇異な風聞を怖れてだと」

「水間様は、私が口の軽い女だと仰せられるのか」

「姉上、いい加減になさいまし」

 竹の剣幕に優が慌てる。それを見て竹が噴きだした。

「イズミ様、戯れはここらでやめましょう」

「まさか笑談? 姉上、どういう魂胆ですか」

 優が顔を真っ赤にして喰ってかかる。

「じつは頭の中に入ってくるイズミ様の言葉を、赤間様にぶつけました」

「イズミ殿が、お竹殿の頭の中に声を?」

 ふたたびイズミを見た。

「ほんとうです。この場にいる我らは運命に導かれた者同士。ですので小一郎殿にも、お優殿にも、今後は話しかけていくつもりです」

 言うなりイズミは竹の肩に飛び乗った。竹が懐かしそうに笑う。

「そういえば狼藉者が出たときも、このように肩へ飛び移りましたね。けれどここに狼藉者はおりませんよ。池に突き落としたはずですぞ」

 と、手の甲を肩に持っていく。イズミは飛び移る。優に向き直った。

「お優殿、あなたにお願いがあります。戦いが佳境になったら、お竹殿の願いを叶えて上げてください。それがどんなに辛いことでも必ず」

 言葉の重みに、優が神妙に肯く。

 イズミに何が見えて、何を懇願したのか定かではないが、なぜかその絵が四郎にも見えたような気がした。

 残酷すぎる絵だった。


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