表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/40

5

       5

 

 二十二日、早朝。廃屋で二夜を過ごした四郎らは、日の出前には十六橋が見える場所にいた。だが物見が数名いるだけで、橋の破壊に着手する者は誰もいなかった。

 川幅二十一丈、双方にとって戦略上の要所である。官軍が到着していないからいいものの、すでに破壊に取り掛かっていないと後手に回る。

「悠長すぎますな」

 永倉が吐きすてた。

 異論はない。しかしなぜ、こうも会津の指揮官は緩慢なのか得心できなかった。

 結局、佐川なる者が到着したのは四郎が猪苗代へ動静を探りに行って戻ってからだった。着くと同時に鳴った午の刻の鐘が、やけに腹立たしく聞こえた。

 昨夜、母成峠の銃弾がやんだ。それにより猪苗代城に火の手が上がった。峠を制圧され、敵が城に攻め込んでくるのを見越して城主が火を放ったのだ。

 官軍が見当通りに間道を抜けて背後を突いたかはわからない。それでも第一関門を突破したのは事実だ。官軍は今日、この橋を渡って会津城下へ向かう。

 雨は小降りになった。佐川は、さっそく橋板に何ヶ所も火薬を仕掛け発火させた。しかし火薬が三日も続いた雨の影響で湿っているのか、威力がなく大した効果はなかった。何度も試みるのだが、その都度結果は同じだった。

 佐川はあきらめ、人足を含めた総勢五十名で橋板を剥がしはじめた。とはいえ橋脚きょうきゃく欄干らんかんも石のため容易ではない。ほとんど成果は上がらない。大砲を打ち込めば簡単にも思えるが、橋の破壊へ大砲を回す余裕も知恵も会津にはないのだろう。あれば山川隊を遠い国境へ配置しないはずだ。

「何用だ、山伏!」

 近づくと、苛立ち気味の佐川が四郎に毒づいた。無用に事を荒立てるつもりもなかった。四郎らは無言で土手沿いの木陰に退いた。

 木陰から対岸を眺めたそのとき、突如馬の嘶き、蹄の音がした。凝視すると黒い影も見え、ざっ、ざっ、と歩兵の迫る音も聞こえた。佐川も気づいたのだろう。即刻、破壊中止の命を出すと応戦の準備をさせた。向こう岸に見張りも立てず、破壊工作をするなど佐川の失態だ。

 銃の準備をしている間に先制攻撃を受けた。ばたばたと兵が倒れていく。さらに会津兵が一発撃つまでに、官軍は連続で七発撃てるスペンサー銃だ。弾込めする兵士らの胸に銃弾が炸裂し血飛沫が飛んだ。

 それでも粘り強く応戦した会津兵だったが、じりじり後退し、ついには皆逃げ去った。

  

「二人とも、ここで待っててください」

 見るに堪えないのかイズミが襟から飛び降りた。小雨の中、橋へ向かって走った。

「この状況で大丈夫ですかな。幻術は言葉のあやではなかったのか」

 永倉が心配そうに問いかける。

「任せましょう。イズミ殿なら、必ずや一泡吹かせてくれるはずです」

 追いかけようとする永倉を、四郎は押しとどめた。

 イズミが橋板の剥がれた梁の上に立った。怒涛の如く押し寄せてくる官軍兵士と向き合い、両手を広げた。

 小人であるためか、その行動に誰一人として気づかない。先頭が橋の中央に到達したとき――やにわにイズミが奇声を上げた。

 甲高い声がうねりながら震動する。

 兵士らがとまった。顔を青ざめさせ立ち竦んだ。

「これは、どうしたんでありますか」

 永倉が訊いてきた。

 なぜ四郎に見えて永倉に見えないのか不思議だったが、これも半妖である証なのだろう。

 四郎は短く答えた。

「橋が燃えております」

 いきなり先頭の兵士がとまったので後続の兵士の行き場がなくなった。さらに迫る兵士と戻ろうとする兵士。味方の兵士を押し倒し、その兵士も後方からまた押された。

 炎は兵を分断するかのように数か所から沸き起こり、いちだんと炎が大きく立ち上がった。前後から勢いよく兵士らに迫った。

 たちまち悲鳴が起こった。倒された兵士がのたうちまわる。逃げ場を捜せずに、地獄絵さながら我も我もと川へ飛び込んだ。水嵩の増した川は官軍兵士で埋めつくされた。

  

 橋の中央が大混乱に陥ったそのとき、駆けつけた長州兵の一人が欄干を飛ぶように走ってきた。敏捷だ。かすんではっきり見えないが小柄な身体つきにも思える。

 この男は……もしや、あ奴?

 たぶんそうなのだろう。イズミを睨みつける目は冷酷で情け容赦ない凄味があった。

 男は橋の中央までくると欄干から飛び降りた。燃えさかる炎にも臆することなくイズミを見すえた。やにわに両手を足もとへ下げ、上に突き上げた。

 炎が上空へ飛ばされる。大音響と共に稲妻が光り空を切り裂いた。炎は、灰色の空の中へ霧消した。のたうちまわっていた兵士が立ち上がる。きょとんとした後、正気を取り戻した。

 イズミが戻ってきた。

「さ、行きましょう。思わぬ邪魔が入りましたが、しばらくは時を稼げたでしょう」

 会津兵のあっけない撤退に一時はどうなるかと思ったが、これで時を稼げる。破損した橋の修復に仲間の救出、全員が渡りきるまでには最低でも一刻は有するだろう。ならば戸ノ口で戦闘が起こっても城下には及ばない。

 それにしてもイズミの術を打ち破った力、とてつもない強さを秘めていた。四郎は遅らせた時よりも、そのほうが気になった。

  

 城下へ戻る途中、滝沢で武士の一団と遭遇した。初々しい少年隊士を従える会津の老公松平容保だった。栗毛の馬にまたがり陣から出てきた。

 中央に老公容保。その容保を挟んで、たぶん井上丘隅と西郷寧太郎の二人。残りは小一郎を先頭に徒歩で三十名あまり。城主の一行にしては純朴な少年ばかりで心許ない陣容だ。

 小一郎も幼年の中ではずば抜けて凛々しいが、如何せん線が細すぎる。しかしこのまま城に戻れば幼い少年らは当分命を繋げられる。明日以降、どんなことがあろうとも城を出ないでほしい。四郎は切に願う。

「無垢な少年に守られる城主か、見るに堪えられぬ」

 兵を鼓舞するためにきたのだろうが、逆効果だ。この有様では見ていて侘しくなる。景気づけに腹一杯食べさせるといって具の何もない粥を出されたようなものだ。

 ただ、これほどの窮地に立たされても屈しないという姿勢は、会津武士に感じるものがあるかもしれない。だとしても会津の総兵力七千人のうち、半数近くの三千人は百姓や商人で構成されている。一人着飾り、出で立ちが浮世離れのする老公を見て百姓らがどう思うかは難しいところだ。

 そんな老公の後ろ姿を見送っていると、永倉が背後から呼びとめられた。

「もしや、新八さんか」

「おお、副長。いや土方さん」

 土方の目に黒いくまができていた。昨日の母成峠の戦いに敗れ、四方敵に囲まれる中を敗走してきたのだ。当然といえば当然かもしれなかった。

「もしかして、その山伏姿。あんたが噂の白装束の義士だったのかい」

「会津の力になっていないのは確かだけどな」

「そうじゃねえ。俺らにできないことをしてるんだ。新八さんらしくないけど、みんな感謝してるぜ」

「そんなことより、あんたこれからどうするんだ」

 土方が黙った。人に言えないことを目論んでいるのか、それとも決めたのだろう。言いづらそうに目を逸らせた。逃れる言葉を捜しているふうにも見えるが、慎重に永倉の意図を探っているに違いない。

 しばらくして土方は再び永倉に目を当てると、一つ一つ整理するようゆっくり話し出した。

「どうするとは新選組のことかい。それだったら一さんに任せたよ。俺は残りを連れて米沢と仙台へ行く。背後から米沢兵と仙台兵が攻め込めば戦局が変わる」

 今さら頼みにいかなくとも母成峠に仙台兵はいたはずだ。意欲はなかったが、それはたぶん上からの指示だ。そしてそのことは土方も薄々知っていた。

 証かどうかわからないが、戦う前に逃げたはずなのに会津に仙台兵の姿はない。大鳥隊も散り散りになったままだ。さらに言わせてもらうと、新選組を伝八に任せたと言いつつ、意見の衝突。土方は会津を見すてたのだ。

 永倉も直感で気づいたようだ。

「一さんは残ったんだな。おれも残るぜ。最後まで戦うよ、おれなりに」

 皆が会津を見限る中、伝八の心意気に胸を打つものがあったのだろう、永倉は感情を吐露した。その目は土方が真っすぐ見返せないほど揺るぎなかった。

「そうかい」

 土方が、何ともいえぬ顔をして永倉に別れを告げた。

 だが責められない。永倉と伝八は戦いの最後を会津とし、土方は少し先を見つめているだけの違いしかない。命を惜しまずに戦う点では同じなのだ。

 雨が弱まった。風も収まった。友軍が一隊去り二隊去りして、残るは少数の新選組と長岡兵のみだ。孤立同様の会津の地に、未だ銃声がやまずに響く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ