あれっ、幽霊映ってないよ?
あぁ俺は今、とてもドキドキしている。
自分でも信じられないくらいの幸運だ。あの美咲ちゃんが俺の家に遊びに来てくれるなんて。
「ねぇ、いっくん。はやく見せてよ」
「あぁ、ごめんごめん、今見せるから」
俺はキーボードをタイプしてお気に入りに登録しておいた個人サイトのページを開く。俺のすぐ隣に座り画面をのぞき込んでくる美咲ちゃんの艶やかな栗色の髪から漂ってくる何とも言えない“THE・女子!”な匂いがたまらん。距離が近い。顔が近い。かわいいかわいい。もしかして俺は今日、心臓発作で死ぬかもしれない。
「ごめん、アダルト動画だけど大丈夫だよね?」
「うん、へーきへーき。私もエッチな動画はたまに見るしー」
え、そうなの。かわいい。
「オッケー。じゃあ早速」
ページに埋め込まれた動画の再生ボタンをクリックする。ざらついた低画質の、ハンディカムを用いて個人撮影されたと思しき動画が始まった。
透け透けのネグリジェ一枚を身に着けたショートカットの若い女の子がベッドの上に座っている。それを撮影者の男が個撮している。
「援交?」
「だと思うよ」
だと思う、だって白々しいな俺は。事前に、この動画についてはリサーチ済みだ。
10年以上前の個人撮影物のアダルト動画に映り込んだ女の霊。一時期オカルト系の雑誌でも話題になったやつだ。その元動画はネット上から削除されて久しく、見ることは叶わないものだと思っていた。それがたまたま、偶然にもこの前、適当にオカルト系のサイトのリンクを辿っていたら発見したのである。
「えー、私も見てみたいっ」
バイト先でこの話をしていた時にこう言って美咲ちゃんが食いついてきたのには驚かされた。いつもピンクや白のゆるふわな感じの服を着ているマイメロ系女子である美咲ちゃんがホラー好きだったなんて。
多くの同僚男子の呪詛の念を背中に受けながらその日、俺は美咲ちゃんとの家デート(?)の契約を成立させたのであった。
「芋っぽいねー」
ケラケラ笑いながらチョコクッキーを口に放り込む美咲ちゃん。最近は涙袋を強調するようなメイクが流行っているみたいだけど、かわいい。
あんまり顔をジロジロ見るのも変なので、俺は画面を注視している風を装いつつチラチラと視線を飛ばす。かわいい。
「まぁ結構昔の動画だしね」
「手首、イカみたいだねー」
画面の中の女の子を指さして、美咲ちゃんが言った。イカ?
よくよく見ると女の子の左手首にいくつものためらい傷があった。リストカット痕か。なるほど、イカ焼きみたいってことね。
「メンヘラかな」
俺は言う。そういえば美咲ちゃんも長袖の服しか着てるのを見たことないけど、まさか、な。
ズルッという衣擦れの音がして、画面の中の女の子が撮影者によってベッドに押し倒された。いよいよ事に及ぼうというわけか。確かこの動画は無修正だったはず。モザイク無しで、見えちゃうんだけど美咲ちゃん、不快にならないといいな。
「リスカ、私も昔よくやってたよ」
「っ! マジ!?」
「女の子ならみんなやってるよ、私の周りは」
……マイメロ女子、こわい。
俺が調べたところによると、女の子が撮影者の男のアレを口でアレしている時に、背後のベッドの縁から青白い顔をした女の顔がひょっこりと姿を現すことになっている。ちなみにオカルトやホラー好きではあるが意外にチキン野郎の俺はせっかく見つけたこの動画を、まだ見てはいなかった。なんか見るのが怖かったのだ。だから知識として内容を知ってはいるが実際、どんな感じなんだろ。緊張してきた。
「なんか、不慣れな感じだね」
俺のシャツの背中を指できゅっと掴んで、美咲ちゃんが言った。画面の中で、少女は四つん這いになって奉仕をしている。もうすぐ、画面の上のほうにベッドの端が映る。そこに、ぬーっと女の霊が現れるはずなのだ。エロい動画を見ているはずなのに、なんだか段々と薄ら寒い気分になってくる。
「たぶん、もうちょっとで映る」
俺は掠れた声で美咲ちゃんに言った。俺のほうに身を寄せてくる美咲ちゃん。ナイス! 薄気味悪さと興奮が俺の中でミックスされて心臓が早鐘を鳴らしている。
やがて、撮影者が「うっ」と小さなうめき声を発すると同時に画面が揺れた。ベッドの端が映った。そこに……何もいやしなかった。
画面の中の女の子が仰向けにされ、撮影者が覆い被さろうとしたところでプツリと動画は終了していた。
「……え?」
なんでだ? なんで映ってないんだ?
「あれっ終わっちゃった。幽霊映ってないよ?」
美咲ちゃんがきょとんとした表情をしている。
「ちょ、ちょっと待ってね」
俺はスマホを操作し、この動画について調べ始めた。なぜ目の前にあるパソコンを使わないかというと、ブラウザのクッキーを削除し忘れたので検索バーのところに色々と余計な履歴が表示されてしまって美咲ちゃんに目撃されるというやや恥ずかしいトラブルを回避する為だ。
この動画について解説したサイトというのはいくつかある。肝心の場面をスクショした画像を載せているサイトも。けれど幽霊が映っていないパターンというのについて記述したサイトはどこにも……。
いや、ある。あった。一件だけ。
いかにも前時代的な、古いホームページビルダーで作られたようなレトロな個人サイト。真っ赤な血が滴るようなフォントでサイト名がでかでかと表示されている。
“見えざる恐怖のページ”
とかいう名前だ。なんとこの個人サイト、件の心霊動画を解説する為だけに存在しているようだ。どこにも他のリンクはなく、ただタイトルの下部に動画についての丁寧な解説が書かれているのみ。
そして肝心の、幽霊が映っていない動画についても最後のほうで触れられていた。
俺は真剣にその文字を読み進めてゆく。
「変だね、やっぱり映ってないよ」
美咲ちゃんは動画を何度も確認して、首を傾げている。
“見えざる恐怖のページ”にはこう書かれていた。
【この動画に映っているのは、出会い系サイトで知り合った男にホテルで殺された女子高生の幽霊です。彼女はとても寂しがりやで】
いや、なんでそんなことわかるんだよ? 他のどのサイトにも、幽霊の出自についての記述はなかったけど?
【画面の中からあなたを覗き込んでいます。気に入った相手がいると映像から抜けだして】
……え?
【あなたの背中に取り憑かせていただきます】
ぎゅっ。
冷たい手が、俺のシャツをつまんだ。
美咲ちゃんは「やっぱり映ってないじゃーん」と言いながら俺の方を向いて、硬直した。
こ こ に い る よ
そいつは既に俺の背後に、いた。
了