八話俠客達の最後 其の壱
くだらない話ですがもう少しだけ続きます。
そして、明けた翌早朝二人は捜査員達の目が手薄になったのを見計らい店を裏口から出ると住みなれた新宿の裏町へと活動拠点を変えるのだった。そこはかつて康太が情報収集に訪れた所よりもさらに奥地に進んだ場所でかつてそこに暮らしていた二人にとっては絶対領域ともとれる所だった。裏町の中でも特に治安が悪く警察、日のあたる街の人間は勿論のこと地廻りのヤクザ者ですら恐れて近寄らない全くの無法地帯である。その場所は今中国系の不良少年少女がその半数近くを占めていたがそれらを全て統治しているのはチャイニーズマフィアに育てられた日本人で仲間内からはロンであったりロン兄貴と慕われる日本人名一ノ瀬龍也でかつてそこに栄華を極めた男女混合の愚連隊デッドエンジェルズの統治者皆上康太と一ノ瀬里緒。その片割れ一ノ瀬里緒の実弟でもあったため周りの少年少女が自分達の絶対領域に入り込んで来た二人に手を出す事はなかったのである。
「久しぶりね龍也、昨日メールした件調べてくれたんだね。で、何かわかった?」
里緒がそう口火を切ったのは以前康太が接触した葛西龍比古の計らいから以前康太が彼に案内された廃業したカジノバーの一角に設けられた最新のセキュリティシステムと防音加工の施された壁と扉に囲われた特別室だった。
「姉さんも康太兄さんもお元気そうで安心しました…おい、比古お前の頼まれていた件も含めてお二人に説明して差し上げてくれ…」
彼、一ノ瀬龍也事ロンは軽く手を挙げて自分の座るソファの後ろ先ほどまでとは打って変わりマオカラーの黒スーツに着替えた
葛西龍比古に指示を出すのだった。
「彼の説明でお二人のご依頼の件ご理解いただけたと思いますが私から一つ補足させていただきますと康太兄さんから極秘に頼まれたとかで私達の実兄でもある一ノ瀬武斗より昨日夜半過ぎに信楽深雪なる女性の身柄こちらにて丁重にお預かりしておりますればご安心ください。」
二人の対面に座る白一色のマオカラーのスーツに身を包む一ノ瀬龍也事ロンはそう付けたすとにこやかに笑い傍に控える葛西龍比古に手を挙げ合図をするのだった。
それから数分後彼等の構成員に付き添われて、信楽深雪は無事に康太と里緒の二人と再会を果たすのだった。
「結局また…二人に命救われちゃったわね…そのお礼といったら何だけどレア情報よ葛城隆三氏と栗浜の間柄は完全に筒抜けね。結局誰もかれもが二人の捨て駒に利用されてたって訳よ……」
彼女は哀しげに笑みをもらすのだった。
「……何かよぉ、いっつもちっと難しい事考えると、頭から煙り出ちまうようなバカの俺が言うのも変かもしんねぇけどよ……そんな悄げたツラ、あんたにゃ似合わねぇぜ。俺と里緒とっ捕まえてムショにぶち込んだろ?なのによそのあんたにそんな悄げたツラされたら、逃げる俺等も張り合い無くなんだろ?」
先ほどの特別室を出て龍也と龍比古が手配してくれたこれからの三人の活動拠点に向かう途中あの発言以降黙り込み浮かない顔のまま里緒と自分の間を歩く深雪に康太は何か励ましの言葉は無いものかと、単純バカな自分の脳細胞をフル回転させてやっと導き出せただけの自分に若干自省気味にはにかむのだった。
「……似合わない……か、ありがとう康太。何でだろうね、不器用なあんたからそんな励ましの言葉聞くなんてあたし思ってもみなかったからさ。素直に嬉しいし、涙出てきちゃうじゃんよぅ……」
彼女はそう言うとその場にしゃがみ込み誰にはばかること無く号泣するのだった。
「深雪さん、今は思いっきり泣いたらいいですよ。こいつダメなんですよね、あたし等三人兄弟もそうだったけど、他人は勿論のこと親からさえも愛情を受けたこと無い人間て自分が愛情に飢えてる分他人の浮かない表情だったりましてや涙だったりってめちゃくちゃ辛いんですよぅ……あいつ直情バカだけど、それもこれもあいつのめちゃくちゃ不器用な愛情表現だし、仲間思いなあいつだからあたしはあいつに惹かれました。あいつに知り合ってから今日に至るまで、あいつはいっも周りのあたし等の事ばっかり考えてて危なっかしい事だっていっぱいするから、でもあいつは……深雪はもう、この裏町に暮らすみんなの仲間だから……あたしと康太の二人で何が何でも絶対衛る。それとさっきあの場所であんたの言った栗浜悠介と葛城隆三この二人は絶対許さない!それから、里中弘二と瀬戸内真理子。そして浅香瑞樹。この三人もあの二人の毒牙から助けだす」
ようやく泣きやみ立ち上がる深雪の肩を里緒がそう言って優しく抱き起こすのだった。
しかし、一方では栗浜悠介と警視総監葛城隆三の仕組んだ最低最悪のシナリオが第三章の幕を開けようとしていた。
その日一日の公務を終えて里緒と龍也の
実兄でもある捜査一課強行犯係勤務の警部補一ノ瀬武斗は雑踏の中昨年警部補昇進と同時に結婚を決めた許嫁の待つ自宅マンションへと向かっていた。
そして彼が後わずか数メートルで雑踏を抜け出そう頃、彼の左右両隣を歩くビジネスマン風の二人の男に不意打ちをくらうのだった。しかし、次の瞬間悲鳴を上げて左右跳ね飛ばされたのは襲いかかった二人の男の方だった。
「ったくよぉ、誰の指示で俺を殺せって言われたかだいたいの予測は着くけどよ…お前等襲う人間見誤ったみたいだな。そんな鈍な刃物じゃあ俺のこの筋肉の壁は破れねぇぜ」
彼はそういうと何の躊躇もなく自分の両脇腹に彼等の突き刺した刃物を引き抜くと着ていたカッターシャツを脱ぎそのシャツで患部をきつく縛ると男二人の反撃に備えたが、ここで彼はふと思考を巡らせるのだった。そして襲って来た男の一人の襟首を掴み締め上げるとその男に言った。「おまえ等の雇い主はあの男だな?」彼はその男にそう詰め寄ると襟首を締め上げた手に更に力を加えるのだった。更に逃げようとしたもう一人は彼の投げた成人男性の手の親指大程の投石に足を取られ、顔から硬く生暖かいアスファルトに叩き付けられ、その衝撃から意識を失い、失神状態で動け無くなっていた。
『ちっ…一人は完全に素人かよ』
彼は一人そう絞り出すように呟くと締め上げていた男の首に更に力を入れその男の首の骨を折るのだった。首を折られたその男は声を出す間もなく吐血して絶命していたのである。
一ノ瀬武斗は二人の男をとりあえず人目を避けた自宅マンション近くの児童公園へと運ぶと失神状態の男の頬を叩き意識を呼び覚ましていった。
「あんたは今日何も見なかったし、俺もあんたには襲われてねぇ。その傷の治療代は全額俺が持っから今日のところはこれで黙って帰ってくれないか?けどもし今度あんたが命を狙われた時は直ぐ俺に電話をくれ…必ずあんたの身の安全は俺が衛る」
武斗は一人の素人サラリーマンをそう説き伏せると彼に五万程の現金を握らせて帰路へと着かせるのだった。
そして彼は携帯電話を取り出すと康太達のいる裏町へと避難させていた彼の婚約者信楽深雪の携帯にメッセージを送るのだった。
[全東京都民のため、撃鉄を起こす刻が来た!]
と。そして彼からのメッセージを裏町で受信したた彼女は寝入る康太と里緒を起こさぬようにそっとその建物を外へと出ようとした時だった。
「俺等は置いてけぼりかよ、深雪さん。そいつはちっと薄情すぎやしねぇかい?俺と里緒は同じ目的を一つにもった……言わば同士だぜ」
そう言って彼女の進行方向を塞ぐ康太と気付けば自分の隣の里緒も起きており絶対一人では行かせないと深雪の服の袖を強く引くのだった。
「これは、あたし等警視庁内部の問題だから、それにあの人だって、自分の妹やその周りの人達に迷惑はかけたくないはずよ。」
彼女を一人行かせまいと自分達のいる建物の出入り口を塞ぐ康太に深雪は強気な発言をしていたのだが、自分の服の袖を強く引き未だ各所に混在するあどけなさと不屈の闘志を宿すそんな感じの瞳に涙をいっぱいにためた里緒とその瞳を合わせた瞬間深雪は全ての経緯と今しがた受信したばかりのメッセージを見せて観念したように静かに話し始めた。
「あたしが……彼にそう、里緒のお兄さん武斗さんに会ったのは、今年の四月の初め。あたしも武斗さんも所轄署の少年課からの警視庁捜査一課配属だった。あたしは当初から警部補だったけど、彼はまだ巡査長だったの。彼、配属当初からあたしを……こんな、 可愛げの欠片すらないあたしを彼は可愛いといってくれて。彼が警部補に昇進した時に告白されちゃった……あ……ごめんね。彼の妹さん前にして、あたしって本当デリカシー無いわね…全ての始まりはあの男…現 警視総監葛城隆三のくだらない女性スキャンダルの筈だった……」
彼女はそこで言葉を切るとチラっと里緒を見てそれから先つまりは里緒の忘れ、捨てた彼女の凄惨な過去彼女のプライバシー保護を考え口をつぐみしばし思考を巡らせていた。
「今回の件つながりで康太が兄貴に連絡してくれたの。その直ぐ後兄貴からメッセージが着て、婚約者がいる事は知ってたし、ましてやその婚約者が深雪さんだって知ってあたし正直めちゃくちゃ嬉しかった。兄貴は昔からあたしや龍也とは違って、女運にはすっごく恵まれてたから安心してはいたんだ。そんなこれから姉さんって呼ばなきゃいけない人悩ますぐらいなら、あたしのくだらない人生いくらでもあたしから話すよ。おそらく兄貴は夕べ奴らの放った刺客に襲われて、それを返り討ちにしたんだと思うの。だから今は、あたしのプライバシーだとか、名誉なんて本当どうでもいい事。深雪姉さん、全て話して。」
里緒の名誉だったりプライバシーだったりを考えて確信に迫れないでいた深雪の手を強く握ると里緒は彼女の目を満面の笑みで見つめるのだった。
「まったくぅ、あなたのその頑固さ、武斗さん譲りなのねぇ。わかった、全て話すね」
里緒の手を強く握り返して彼女は、時折涙を目に浮かべ。全ての経緯を赤裸々に話し始めるのだった。
「里緒ぉ……おめぇは、龍也達と一緒にここで待ってろや。おめぇと武斗さんの思い俺と深雪さんに任せてくれねぇか?吉報を待っててくれ!急ぐぜ深雪さん!このままだと今度こそ武斗さんは間違い無く抹殺されちまう。早く動かねぇと武斗さんがあぶねぇ!」
深雪の話しを聞き終えた直後彼、皆上康太はそう言って深雪をせきたてるのだった。
「わかった!待っててね!里緒」
彼女、信楽深雪は康太の誘いに力強く応えて今一度里緒の顔を正面から見て満面の笑みを浮かべて笑い康太と二人まだ夜の明けきらぬ裏町を表の街へと出ていくのだった。
「里緒姉さん…康太兄さんとあの女性は?」
康太と深雪の出ていった後、彼女の実弟でこの裏町の中国人グループを統治している一ノ瀬龍也ことロンが血相を変えて里緒達の暮らす居住スペースへと側近の葛西龍比古を伴い走って来るのだった。
「龍也…どうしたの?そんな血相変えて…彼なら深雪さんと出ていったよあたし達の兄貴を助けるためにね…」
昔からめったに表情を歪めたり感情を表に出したりといった表情の変化をほとんど見せず常に無感情の様相しか見せた事の無い彼の焦りと己が失策に悔いた初めて見る様相に里緒自身も動揺を隠せずにいたのである。
「ちっ…一足遅かったか…いいか姉さんこれから俺の言う事落ち着いて聞くんだ。あの男はもはや俺達の知る優しい兄では無い。あの男は金と国家権力に魂を売り渡した只の獣……あの信楽深雪という女性もあいつに利用されているに他ならないんだ。あの男の狙いは日本全土を司る警視庁を支配して、俺達社会の裏側に生きる人間を一掃する事。急がなければあの女性と康太兄さんの命が危ないんだ……」
最初昂っていた感情が徐々にではあるが平常心を取り戻してきたのだろう彼の最初捲し立てるような言葉が段々に落ち着いてくるのだった。
「ちっと待ちなよ龍也ぁ!何で、何のために何の得があって兄貴がそんな事する訳!それにそんな情報処で手に入れたのよ。」
実弟一ノ瀬龍也のまさかの言葉に今度は里緒が逆上しかけたのだがふと考えて見れば彼女はここを出ていく間際の康太の言葉を思い出し最後の言葉を濁すのだった。
「……じゃあ康太は最初から、ここまでの一連の流れを把握してたんだ。だからあたしをここに残した。龍也ぁ!精鋭だけでいい、腕の立つ奴何人集めれる?あのバカ、一人くたばったりしたら承知しないからね!」
彼女は決起したようにそう言うと着ていた上着を脱ぎ胸の辺りまで巻いたサラシだけの姿になるとその細身にナイフサックを巻きつけ再び上着を着るとすでに龍也の声かけに集まった十人ほどの屈強の男達を従えて都会の裏町エリアを出ると都会の表の街へと進軍を開始するのだった。