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六話俠客達の挽歌

六話目の投稿でぇす


 東京下町浅草、昨今の東京では下町とて例にもれず任侠仁義を忘れただの暴力団に成り下がった輩が増える一方、浅香一家は任侠道の衰退を嘆く初代総長で瑞樹の実父でもある浅香長次朗が任侠最後の砦として立ち上げた組織であった。



「任侠道が廃れていく。けど、それじゃああんまりにも淋しすぎるじゃねぇか……なぁ瑞樹よぅ。俺達が命がけで守ってきたもんが任侠道の衰退の一言で片づけられっちまうのがよぉ……そのためにおめぇを二代目にしようなんて考えるあたり俺もひでぇ父親だぁな……すまねぇな瑞樹、そして…… ありがとう。母親に付いていきゃあまた別の生き方もできたのによぉ……こんな任侠道に凝り固まった挙げ句おめぇの母親にも愛想尽かされて出て行かれちまった……本当にすまなかった」


 昔の古傷を悪化させてしまい、少し身体を動かしただけでも身体中に激痛がはしるであろう。床に伏せりがちになった在りし日の父親。でもあり、一家を束ねる総長でもあった故、浅香長次朗は、枕元に呼び付けた愛娘。浅香瑞樹に涙ながらに謝罪するのだった。


「親父ぃそんな弱気な事いうなよぅ。俺は女だけどあんたには漢として育てられた…そりゃああんたを恨んだ事もあったよ。同世代の女子達が楽しげに喋りながら通り過ぎてく、羨む事もあった。けど……今日まで父さんに付いてきた事一瞬だって後悔はないよ……」


 身体中をはしるであろう激痛に堪え、自分に頭を下げ続ける父親、浅香長次朗を優しく抱きしめた。浅香瑞樹、十五歳の時だった。


「どうしたの?お父さんの事でも思い出してた?大丈夫よ。どんな形であれ、娘が生きてる事喜ばない父親なんて居ないと思うから……両親の顔すら思い出せない、あたしや康太からしたら羨ましい限りだよ……さ、もう少ししたらお店開けなきゃだから、手伝ってくれる?開店準備?」


 四課の夜叉姫事信楽深雪の計らいでエスの任務を説かれ、里緒と康太の店でウエイトレスとして働く事になった彼女、浅香瑞樹に一ノ瀬里緒が満面の笑みを浮かべていった。


「里緒さん……お気遣い痛み入ります……」


 里緒の用意してくれた店の制服のためか、以前よりは断然年頃の女子に見るようにはなったものの、齢十五の時より、今日に至るまで成りも中身も漢として育てられてきた彼女は今、目の前の姿見に映る自分と、その後ろに立つ里緒の笑みを見比べて、自傷気味に固い笑みを浮かべ、鏡ごしの里緒に深く頭を下げるのだった。


「うーん……笑顔が固いんだよねぇ。けど大丈夫だよ。あたしも最初はそうだったから、無理に笑顔つくらなくっていいよ。瑞樹にもいつかきっとくるよ。心から笑える時が……その日が来るまで、あたしも康太も全力で応援するからね!」


 彼女、一ノ瀬里緒は語尾に少しだけ力を入れた感じにいうと、これ、幸運のお守り。と言いたげにいつも自分が首に下げているスカルクロスのチョーカーと全く同じ物をさり気なく彼女のその白く細い首に付けてやるのだった。


「里緒さん……あたし今日に至るまで人からここまでの温情を受けた事が無いのでどう返したらいいものか……感謝の念に堪えないとしか、今は固い言葉しか思いつきません。けど、いつかきっと里緒さんや康太さんの温情に本当の笑顔で応えられるようにあたしも精一杯努力します」


 自分の首に添えられた里緒の傷だらけの手に彼女は小指が半分程度しか無い里緒よりも遙かに華奢な左手をさり気なく重ねるのだった。


「里緒ぉ……今日は一日色々あり過ぎたからよ。営業はやめにして、瑞樹さんの歓迎会でもしねぇか?」


 里緒と瑞樹の着替える部屋のドアがノックされその後ドアごしに康太の声が聞こえた。


「そうね、それいいかも。正直あたしも今日は朝方近くまでシェイカー振る自信なかったし。」


 彼女が康太の声に応えて瑞樹と二人まるで実の姉妹のように部屋を出てくるのだった。



「浅香一家は私の父の代で衰退していたのかもしれません。けど、正直私はたまらなく悔しかった。今際の際まで義理人情の衰退を嘆く父の姿が今も瞼の裏に焼き付いて離れないんです。けど……当時十五になったばかりの私にはその状況をどうする事も出来ず、まさに弱り目にたたり目でした。そんな時だったんですあの女が何処からとも無くふらりとあらわれたのは……気っ風もよく義理人情にも熱い。当時の私からすれば彼女はまさに私と父の理想そのものに見えたんですけど、それは大きな間違いだったと実感させられました。彼女はただ強欲なだけで気っ風の良さも義理人情に熱いのも全て彼女の算段でしかなく、間もなくして浅香一家は……」


 康太の提案で始まった彼女浅香瑞樹の歓迎会。酒の力もあってか彼女はこれまで自分の中だけに留めておいた今日に至るまでの積年の思いを語り始めたのだが、一家の崩壊は彼女にとって自分の肉親が自分の眼前で殺されるよりもひいては己自身が八つ裂きにされるよりも辛く、悲しく、そして悔しくてたまらなかったのだろう。一家の終焉を語る前に彼女の言葉は積年の悔しさ悲しみそして怒りと共に、大雨で決壊した川の濁流の如く彼女の頬をとめどなく伝い遮るのだった。



「……瑞樹さんよお、まずは涙拭きなよ。せっかくの美人がそれじゃあ台無しだぜ。俺や里緒は肉親と呼べる人間を全く知らずにこの西新宿の薄汚れた路地裏でドブネズミと言われようが屍肉に群がるハイエナと言われようがとにかく今日を生き抜くのに必死だった。盗み、喧嘩。果ては殺しにまで手を染めた……何故だか解るかい?それ以外俺達日陰を生きる人間にゃあ術がなかったんたんだよ……けどよ、今の俺達とあんたはよ……まぁ言ってみりゃあ家族みてぇなもんだと俺は思ってんぜ。だからよ……これからは三人で、仲良くやってこうや、な。」



 元来優しい男なのだが、性格はひどく不器用なのだろう。自分なりには精一杯彼女を慰めているつもりなのだろうが、最後は結局しどろもどろになってしまう。そんな彼を見て里緒は笑いを必死に堪えていたが、瑞樹にはそれが更に彼女の感情に響いたのか、逆に康太の手を握り締めて更に涙を流していた。



「……やれやれ……また同じような不器用者が一人ふえちゃったわねぇ……でも、それはそれでいいんじゃない」


 手を取り合って、互いに思いが重なったかのように号泣しあう康太と瑞樹を見て、彼女、一ノ瀬里緒はまるで二人の子供を観る母親のような視線で、一人何杯目かのバーボンをショットグラスであおるのだった。



「ちっと康太ぁ鳴ってるよあんたの携帯」


 やっと泣きやんだと思えば、今度は二人して冷や酒片手に任侠道についてこれまた熱く語り出した康太と瑞樹。それを優く見守る里緒が、彼の眼前に携帯を近づけていった。


「おぉ、サンキュー」


 康太はそういうと里緒から自分の携帯端末を受け取り液晶画面に映る携帯番号に思わず顔を顰めた。


「ん?どうしたんでしゅかぁ?」


 携帯端末の液晶画面を見つめたまま固まったように眉を顰める彼に瑞樹が呂律の回わらない口調で彼にしなだれかかりそうになったのを里緒がやんわりと抱き止めて彼女を見ると無言で首を横に振るのだった。


「……一体何がどうなってやがんだよ。何で奴が俺の携帯番号知ってんだよ」


 鳴り続く携帯端末を見つめたままの彼がやっと絞り出したようにいった時だった。瞬時に彼の身によからぬ事が起こったと察知した里緒は彼の手から携帯端末を奪い取るとその端末に変成器を付けて通話表示をタップするのだった。通話自体はほんの数秒で切れたのだが、里緒と康太の二人には電話の主が誰なのか安易に予測がつくのだった。

 そして、急に緊迫状態になった二人に瑞樹も何時しかしらふに戻り三人が導き出した次なる行動は四課の夜叉姫事信楽深雪の安否確認だった。更に深雪の安否確認は彼女の元エスだった瑞樹に任せ二人は龍神会事務所の弘二達と國龍会本部事務所の平岩康介の安否確認をするため、三人がそれぞれ自分の携帯端末から電話を発信するのだった。


「……ダメだ……本部周辺には妨害電波が流されてるのか、電話そのものが繋がらねぇ。兄ぃの事務所の方はどうよ?」


 自分のかけた國龍会本部への電話は妨害電波に遮断され繋がらず、緊迫状態そのままに里緒のかけた龍神会事務所の様子を康太が聞いた。


「こっちは繋がったんだけど、本部の状況が全く掴めないみたいよ。弘二さん達めちゃくちゃ焦ってたから。」


 康太の問いに応える彼女も何時もの冷静さを欠いた感の少し上擦った声音でいった。


「くそお!一体何がどうなってやがんだよ……」


 状況確認のとれぬ苛立ちから彼はそう言ってカウンターテーブルを叩くのだった。


「落ち着きなって康太!もう少し冷静になろうよ。で、深雪さんはどうだったの?」


 彼に少し冷静になれとは言ったものの彼女自身、自分の想定しうるとこほぼ全てふさがれかなりの焦りが見てとれるのだった。


「深雪さんも携帯繋がりません。端末の電源切られてるみたいで、警視庁にも今日のあの騒動以降姿を見せてないそうです。」


 彼女もまた、想定外に氾濫する情報だったり状況だったりにと焦りを隠せずにいるのだった。


「……瑞樹はこの店にいて連絡役をお願い。連絡が着かない二カ所はあたしと康太とで自力で状況確認するしかなさそうね。」


 康太と瑞樹を両脇に見て目を閉じて答えを探っていた里緒がそれぞれの行動だったり役割だったりを口に出して示してすぐ康太は店のドアの外背筋が凍てつくほどの殺気を感じると里緒と瑞樹に目で合図をおくり外にいるであろう殺気の主が行動を起こすか否かのタイミングで一気に店の灯りをブレイカーごと落とすのだった。

 慌てた殺気の主は見事に三人の術中にはまるのだった。

 今度は逆に一気に灯された店の灯りにその姿を晒したのは何と里緒と康太にして見れば本当の兄弟姉弟のように生きてきた平木栄二だったのである。


「栄二……何でおまえがここへ?兄ぃは?オヤジはどうなってんだよ?」


 感情の赴くまま彼、皆上康太は平木栄二に詰め寄った。


「もう……全て終わりにしようや。俺達龍神会は本家から絶縁されたんだ。あの男の圧力に屈したオヤジが俺達の復縁条件に何て言ったと思う?お前等二人の首を持ってこいって言うんだぜ。当然里中のオヤジが俺達守って本家のオヤジを宥めてくれるって信じてたんだけどな……あっさりと捨てられちまったよ。龍神会はお前に預けたも同じだから、お前の責任で何とかしろってよぉ!」


 彼、平木栄二は泣きながらそういうとスーツの下に巻いたホルスターから三八口径のリボルバーを出して康太と里緒の二人に照準を定めるのだった。


「わりぃな……栄二。おとなしくおめぇに獲られてやりてぇとこだけどよ。俺と里緒にはやらなきゃならねぇ事がまだ山ほど残ってんだ。すまねぇが今この命くれてやるわけいかねぇんだよ。栄二……」


 康太は涙ながらにそういうと電光石火の早技で栄二の発砲と同時に彼の白鞘の白刃は栄二の下腹を深々と斬り込んでおり、血の海に横たわるかつての友に今生の別れを表して深々と合掌すると彼の拳銃を腰のベルトに差し込み白刃をひとたび鞘に収め純白のダブルのスーツに着替えると里緒と瑞樹にこういった。



「里緒…すまねぇがしばらく留守にするぜ…それから瑞樹さん里緒の事俺のいねぇ間よろしく頼んます…」



 彼、皆上康太の出て行った後呆然と見送る二人だったが以外にも気丈に康太のいない間の自分の行動を整理し始めたのは瑞樹の方だった。














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