三話駆け引き
お初にお目見え致します。任侠映画が大好きな紅葉寺蘭と名乗る五十路手前の野郎です。
「ヤバいな…もうすでに四課の連中がうろうろしてやがる。けどまだ幸か不幸かあの女は出張ってきてねぇあいつが動き出す前に何とかしねぇと事は更に深水にはまりそうだな……」
彼、皆上康太がそう言ったのは、店を臨時休業にして情報収集に動き出そう頃だった。
「これだけの人数にマークされてるって事はあの女が動き出すのも時間の問題ね。店は通常どうり営業して代わりばんこに情報収集に出たが得策かもね。」
彼女も現状を鑑みるようにいった。
「あぁ……それが今現状では一番得策かもしれねぇな……ただ……あの女だけは完全要注意だぜ。もう何年も前から俺等二人はあの女にしてみりゃ社会のゴミ同然だかんなどんな手使って仕掛けてくるか解ったもんじゃねぇからな」
彼は現状と店に一人残す里緒の状況も心配しながら本日の情報収集へと住み慣れた西新宿の裏町へと足を向けるのだった。
一方こちら東京霞が関にそびえ立つ日本全土の警察機関を司る警視庁。そのビル内の一角に位置する警視庁警視副総監室、室内では二人の女性が話しをしていた。
「姉さん捜査四課の内情かなりひどい状態よ。少年課から今年四月に大抜擢されたはずの信楽深雪警部補の暴挙は目にあまるものを感じさせるわ。反社会勢力とかなりの癒着関係にあるわね」
そう語る対面の女性は曲がった事には一切の妥協も許せない、ある意味での圧力にもにた感情をのせて対面の女性に意見を求めた。
「美奈子、あなたのその頑なまでの真面目さは正に父親譲りね。…………………………………………。信楽警部補の件はあたしたち上層部にもかなりの波紋を広げてる。彼女の件はこちらでも今内定を進めてるところよ」
そう応える対面の女性葛城恵梨香はそこで一旦言葉を切るとタバコに火をつけてため息のように紫煙を吐き出すのだった。
「……出過ぎた事言ってごめんなさい姉さん。でも……」
その後何かを言おうとした美奈子だったが言葉が見つからず、姉の恵梨香と同じくタバコを燻らせていた。
「美奈子…何を謝る必要があるの?あたしたちが腹違いの姉妹だから…それってちょっと違うのよね。あたしたち母親は違うけど…現警視総監葛城隆三の娘には何の変わりも無いってことそれだけ解ってくれたらあたしはあなたの意見をすんなり受け入れるわ…けど…姉として言わせてもらうなら四課の内定捜査自身に危険を感じたら直ぐに手を退きなさい。それと…真っ直ぐ過ぎる刃は必ずどこかで折れる…あなたの身を犠牲にした情報なんて何の意味も成さないから……」
彼女、葛城恵梨香は吸っていたタバコを消すと対面に座る腹違いの妹葛城美奈子を優しく抱きしめるのだった。
「ありがとう、姉さん…あたし…ずーっと勘違いしてたのかも…腹違いの姉ってことを卑屈に捉えてた気がする。これからもよろしくね。姉さん、いいえ、葛城恵梨香副総監」
彼女は自身を抱きしめる腹違いの姉葛城恵梨香の腕から身体を離すと彼女の目を真正面から見つめて敬礼をすると彼女に更に一礼して部屋を出ていくのだった。
一方、情報収集に裏町へと足を踏み入れた康太だったが、事の元凶でもある栗浜悠介と警視庁捜査四課の綿密な策略に阻まれ、身を隠しながら様子をうかがうことしか出来ずにいたのだった。
「康太兄ぃこっちだ」
彼にしてみれば庭みたいな存在の路地裏身を潜める彼に聞き覚えのある男の声がかかった。
「おぉ、龍比古じゃねぇか。丁度よかった……こりゃ一体どうなってんだ?ここいら一帯は警察といえど迂闊にゃあ手の出せねぇ場所だったはずだ。」
彼がそう言ったのは、その龍比古と名乗る少年と一緒にたどり着いた一軒の廃業したカジノバーだった。
「金の力ってやつですよ兄ぃ…寂しい事なんすけどね。ここいら一帯の住民の半数以上は住み家はおろか今日の食いぶちもねぇ連中ばかりだ…そこに付け入って奴等兄ぃに多額の懸賞金をかけやがって…何か探りてぇことがあるんなら俺が動きます。兄ぃと姐さんには大恩があるんだ…」
そういう彼、葛西龍比古は決意にも似た表情で康太に言った。
「ったく…おめぇのその義理堅さにはは頭がさがんぜ…けどよ…くれぐれも無茶だけはすんなよ。事が一段落したらまた、いつでも遊びにこい。その時は俺も里緒も歓迎するぜ」
彼はニヒルに淋しげに笑うと情報料半分と彼の当座の活動資金として二十万程の現金を渡すのだった。
「兄ぃ…俺こんな大金は受け取れねぇよ。情報料と活動資金全部で十万もありゃあ大助かりです。後は成功報酬って事で何か解り次第直ぐにメール送りますよ。事が一段落するまでは会うのは無論の事警察の逆探知警戒して通話は無しに文字でのやり取りのが圧倒的に無難かと思うっす」
彼はそういうと康太の手渡した現金二十万の内十万程を受け取ると康太に手を振り迷路のように入り組んだ西新宿の路地裏へと姿を消すのだった。
「今日はあんた一人なんだ?相方は何してんのさ?あんた達あたし等出し抜いてよからぬ事でも企んでんじゃないでしょうね?」
二人の開店間際の店に捜査員二人とズカズカと入り込んできた女は横柄な態度そのままに里緒を問い詰めた。
「ずいぶんと、礼儀の無い警察関係者の方ですね。あたしや康太があなたに世話になったのはもうずいぶんと昔の話しですよ。今のあたし等は普通の一般人だ。それに対してその脅しとも取れる質問のしかた…おかしな言いがかりつけるのは無しにしてもらえませんか?警視庁組織犯罪対策部。捜査四課勤務信楽深雪警部補……それにこのまま居座られると営業妨害なんですけど……」
彼女一ノ瀬里緒は信楽深雪の傍若無人な態度に臆する様子は微塵も見せず開店準備をする手を止めるでもなく無感情に応えるのだった。
「ア、そう。あたしはあんた達が更生したなんて微塵も思ってないからね。どんな手ぇ使ってでも必ず証拠掴んで絶対二人まとめて刑務所入れてやるんだから、覚悟しておくことね。お邪魔様!」
彼女信楽深雪は里緒の至って冷静な態度が気に入らなかったのか、最後は自分が感情あらわに吐き捨てて捜査員二人と店を出ていくのだった。
そして、彼女の出ていった数分後里緒は辺りを警戒しながらこちらに向かっているであろう康太にしばらくは店近辺に姿を見せない方がいい旨をメールすると警視庁のある人物に電話をするのだった。
【もしもし?恵梨香?あたし、里緒だけど今日、数時間前に四課の女刑事がウチの店に脅しをかけにきたわ。訳あって詳しい事は言えないんだけどあたし達今は警察に捕まる訳にはいかないのよ。お願い、力をかしてくれない?】
里緒の緊張した声が、電話の相手でもある警視庁警視副総監葛城恵梨香の携帯端末に返ってくるのだった。
【やっぱり真っ先にそちらに目を付けた訳ね彼女…わかったわ。康太の方はあたしの妹に保護を依頼する。で…あんたはどうするつもりなの?里緒】
恵梨香の里緒自身を案じた感のある声が今度は里緒の携帯端末に返ってくるのだった。
【あたしの方は何とかうまくやり過ごしてある程度の用意が出来たら彼を迎えにいこうと思ってる。それまで彼を康太をよろしくお願いします】
しばし考えた様子の里緒の声が恵梨香の携帯端末に返ってくるのだった。
【わかったわ、それから……これから以降の連絡はメールにしましょ。通話だといろんなリスクが出てくるわ盗聴、逆探知。今の彼女ならすべてやりうる行為よくれぐれもも無茶だけはしないでね】
彼女葛城恵梨香からの通話はそれで切れた。それからしばらく、里緒はこれから起こりうるリスクのすべてを整理していた。
その時だった。見知らぬ携帯番号からのショートメールを彼女の端末が受信していた。それは先程彼女が電話で話しをしていた恵梨香の妹葛城美奈子だった。文面には康太の保護と、周りに点在していた捜査員の排除そして最後に事が成就した折には必ず二人で出頭する旨が記されていたのだった。
『やっぱ…真正面だな…美奈子ちゃんは…』
そう一人呟き来たメールに感謝の旨を返信するのだった。
そして数分後、彼、皆上康太は美奈子直下の情報屋浅香瑞樹に付き添われ無事帰還するのだった。
「里緒、面倒かけてすまなかったな……やっぱ真っ先にここきやがったんだな。あの女。」それから先何かを言おうとした康太だったが直ぐそばにいる瑞樹を伺い見るように後の言葉を濁した。
「彼女なら大丈夫よ康太。ちゃんと信頼できるスジの人間だから」
里緒はそう言って眉一つ動かさず無表情に佇む瑞樹を見てニッコリと笑みを向けるのだった。
「……」
無言ではあったが、里緒の微笑みにわずかばかりの笑みを返すだけの彼女だったが、微笑むと以外にもあどけなさの残る白く光る八重歯の可愛い女性だった。
「……なるほどな、姐さん道中ありがとうな。助かったよ。それと、あんたの上役にも康太が礼を言ってたと伝えといてくれるかな?これはここまで俺を送ってくれた手間賃だ。少額で申し訳ないが受け取ってくれ」
彼はそう言って十万程の札束を彼女に差し出すのだった。
「こんな造作もない依頼でそんな大金を頂く訳にはまいりません。手間賃でとおっしゃるのであれば、半分の五万でも多いくらいですがそれで充分です」
あどけない様相とわうらはらに少し低めの掠れ声で彼女はそういうと康太の差し出した十万程札束から五万円だけ抜き取るとそれを二つ折りにして履いているカーゴパンツのサイドポケットに丁寧にしまうのだった。
「私からも一つ、これは私の直属の上司葛城美奈子女史からの極秘内部情報なのですが副総監にはくれぐれもご用心をと……」
彼女はそこで彼の隣にいる里緒の様相を鑑みて口を閉ざすのだった。
「瑞樹…副総監にきをつけろって…どういう意味なの?確かに恵梨香と美奈子ちゃんは実の姉妹じゃないのはあたしも恵梨香本人から聞かされてて知ってたけど丁度今回の件で電話でしゃべってた時に今までのしがらみは全部カタが着いたっていってたんだけど…本当のとこは何も解決してなかったと…そういう事なのね?」
瑞樹の話しを聞き彼女にそう問いかける里緒に瑞樹が無言で頷いた。
「それから…信楽深雪警部補の行動に関してはすべて私達に任せてほしいと……あなた達二人の安全確保は私の絶対任務美奈子女史からは許可もらってます身の危険を感じた時はすぐに連絡を頂きたく存じます」
彼女は語尾を強めるでもなく、また弱める訳でもなく抑揚の無い声音で淡々と用件を伝えると自分の名刺みたいな物をバーカウンターのテーブルに置くと康太と里緒に一礼して踵を返し店を出ていくのだった。
一方、その頃國龍会本部事務所に向かっていた弘二達だったが、途中弘二の携帯端末に会長平岩康介から本部事務所周りは四課の捜査員達がうろついているから、今は近づくなという内容ともう一つは今回の件の渦中の人初代風祭一家、初代安西組組長。安西礼二の抹殺と二つの悲運の旨を伝えていた。
「栄二、会長直々のメールで今本部には近づくなという事らしいから、とりあえずは俺達の事務所に向かってくれ。それと、もう一つ残念な報せだ。康太の兄弟のヨミどおり安西さんは今回の件の被害者であり、数日前から行方が解らなくなっていたのは…抹殺されていたらしい……」
栄二の運転するフルスモークパールホワイトのベンツの助手席にて受信したメールに怒り半分情けなさ半分の様相で彼は後部座席に真理子と並んで乗る洋子を見て申し訳なさげに頭を下げるのだった。
「……そんなんするんわやめないや。ウチも大方の予測はついとったわぁ。あんカバチたれがぁ欲だしよるけぇこがぁな事んなるんじゃ……まぁ業いったことになってしもうた以上じゃ、ウチが東京で張って来た意味ものうなった訳やぁ……弘二、たいぎぃ思いさせてしもうてウチの方こそすまんやったねぇ……ウチ、こんまま広島帰るわぁ。駅までやってつかいや。」
彼女風祭洋子はもの憂げにそういうのだった。