十四話乱世を彩る桜二輪
後一話だけおつきあいください。
「ねえ康太今回のこの依頼安易に引き受けて平気なのかな?あの弥生とかいう女あたしには何か今一つ信憑性にかけんのよね…」
康太の姉、皆上里緖がそう言ったのはラビリンスを出て二人の店の地下シェルターから皆上邸の地下シェルターに移動させた装備品を取りに向かう道中だった。
「確かにな……俺も、それは雰囲気的に感じてたよ。それに、あの女の言うこたぁ俺と姉さんが風祭の二代目から聞いた内容とは大違いだ。あの弥生って女、素性を調べてみる必要ありだな……広島に行くのはその後だ……それによぉ、最近國龍会のシマだったとこに、急に増えだした大阪関西系のヤクザ連中も気になんだよな。」
康太がそう言ったのは、皆上邸の地下シェルターに入りある程度の武装を済ませこれから以降の二人の身の振り方を話しているときだった。
「確かにね、あたしもそれは気になってた。けど今は、あの女の素性探るのが先決よ。」
彼女がそう決断したときだった、不意を突かれたのか手傷を負った両親を庇い西園寺優弥が皆上邸へと転がりこんでくるのだった。
「よかった何とか間に合ったみたいだ…危うく全員あの女の罠にハマるとこだったよ…」
皆上邸へと転がり込む三人、そう言ったのは父龍二同様軽傷を負っただけの優弥だったが、母深雪だけはかなりの至近距離からの不意撃ちをくらったのだろうかなりの重傷状態だった。
「優弥さん!あの後店で何があったんだよ!」
重傷状態の母深雪を治療台に寝かせすぐさま彼女の治療に取りかかる父龍二を横に見て康太が我を忘れたように優弥に詰めよった。
「…あの女はとてつもない食わせ者だったんだ…あの時彼女の口にした部署名が気になったんで大阪府警に確認のメールを送信したんだそしたら彼女の口にした部署は大阪府警に実在しない部署で彼女自身も警察関係者とは真っ赤なウソであの女は関西屈指の広域暴力団大阪天神会の会長安西伸二の娘だったんだ…すまない二人の母親を護れなくて…」
傷そのものは軽傷だが父龍二以上に数カ所に刺し傷を負った優弥が血の滲む患部を抑え苦しげに康太に頭を下げるのだった。
「優弥さん…頭ぁ上げなよ母さん護ってくれてありがとよ…こっから先は俺の仕事だ姉さん…親父達の事頼んだぜ」
未だ自分の前に力無く頭を下げ続ける優弥を優しく抱き起こし何かに目星をつけたようにいうと白鞘を忍ばせたコートを羽織ると無言のまま皆上邸の玄関口を出ていこうとしたときだった。
「ちょいまちぃ…何一人でカッコつけてんの?あたしも一緒に行くよ…父さんと母さん傷つけられて怒り心頭なのは何もあんただけじゃないからね」
彼女、皆上里緖もそういうとナイフサックを巻いた上からコートを羽織るとズボンのベルトに小太刀を差し込むのだった。
そして、必ず生きて帰ってこいと無言で語る父龍二の背に深々と一礼した二人は皆上邸を出ていくのだった。
「あんた等先帰らしたんはウチの誤算やったわぁ…せやけどこいでみんなしまいやでぇ!あんた等のシマの利権はみぃんなウチ等がもうたさかいなぁ邪魔モンははよぉ出てってんか?」
彼女、安西弥生が先ほどとはうってかわり欲望と悪意に満ちた様相で二人を迎え撃つかのように五十人超の頭数を揃え対峙する形で言ったのは丁度裏街と表の街の間に出来たちょっとした空間だった。
「國龍会がなくなっちまってシマだの利権だの言われてもよぉ俺等にゃあいたくもかゆくもねぇ話だけどよ…この裏街だきゃあちぃっと別格だぜ…いくら頭数ばっか揃えてもよぉてめぇらにゃあ勝ち目ねぇよ!」
彼のその言葉を合図にでもしたかのように五十人対二人という一見無謀ともとれる大乱闘が幕を開けるのだった。
しかし、その結果は康太の予告どおり裏街の地の利を知り尽くした二人の敵ではなく地の利を活かした二人の波状攻撃にあっさりと戦闘不能状態になっていたのだった。
「あららぁさっきまでの勢いはどこいっちゃったのかなぁ…だからさっきこの子が言ったじゃんあんた等に勝ち目無いってあたし等としてもぉこれ以上無闇に怪我人死人出したくないんだよね…さぁどうする?腐れ外道の安西弥生さん!」彼女はそう言ってスローイングナイフをしまい武器を小太刀に持ち変えてそれを逆手下段に構えるのだった。
「な…な…なんやねんなぁあんた等ぁウチの後ろには広域暴力団のお父ちゃんついてんねんあんた等なんか一網打尽やでぇ」明らかに二人の人並みはずれた戦闘能力に驚きを隠せない様子で安西弥生は駄々っ子のように喚くのだった。
「ああみっともない!あたしそういうのめちゃくちゃ頭くるんだよねぇ!殺してやっからゴタゴタ言わねぇでさっさとかかってきなぁ!」喚く弥生の態度が相当に彼女の怒りの感情を逆なでしたのだろう。里緖はそう啖呵を切るようにいうと小太刀を逆手下段のまま斬りかかって行くのだった。勝負は一瞬だった。怯えながら発砲する弥生の拳銃の弾は一発として里緖の身体を擦りもせず、彼女の逆手下段からの袈裟斬りを真面に受け血しぶきと共に鮮血の海にその身を横たえていた。
「見事だ姉さん…最後の敵は大阪だな…」彼はそう言って姉の里緖に当て身を決めると気絶した彼女を皆上邸前まで運ぶと彼は一人、敵の本丸でもある大阪天神会本部事務所へと向かうのだった。
そして、皆上邸玄関口前で意識を回復した里緖は中に居るであろう両親と優弥に感ずかれぬように皆上邸を出ると大阪天神会本部事務所へと向かった愛する弟皆上康太の後を追いかけて自分も大阪に向かうのだった。
「あんた今…里緖がそこの玄関口に居た気がしたんだけど…」内縁の夫皆上龍二の献身的な看護のおかげで起きて普通に生活がおくれる状態にまで回復した深雪が自分の
横で椅子に座ったまま眠る彼に声をかけるのだった。
「ああ…そうみたいだなあの子等ならきっと大丈夫だよ…優弥も今しがた跡を追ってくれてるし何より二人は俺とお前の愛する子供達だ二人と優弥の無事を祈ってやろう
お前はもう少し休みなさい完全に回復した身体であの子等を迎えてやるんだ」
彼はそう言うと深雪の腕に麻酔薬を注射するのだった。
一方、優弥、里緖よりも先に大阪に着いた康太は天神会本部事務所ビル近くの別の雑居ビルに身を潜め本部事務所ビル内の様子をうかがっていた。それから待つ事三十分ほどしたころ本部事務所に動きが見受けられた。会長の安西伸二がボディーガードを連れて車に乗り込み何処かに出かけるようだった。
そして、雑居ビルの影で闘争心を高めた康太が突っ込みかけよう刹那走り寄ってきた三人の人影が彼を止めた。
「よかったわぁ間一髪間におぅて危ないとこじゃったぁ」そう言ったのは風祭一家二代目総長風祭洋子で里緖と優弥が自分の無茶を咎めるようにこちらを見ていたのだった。
「あんた等はこのまま東京帰りぃ昔のあんた等じゃったらウチかてこがいな野暮は言わん…じゃが今はもう極道モンじゃなかろう…ほれに今回の件はウチ等ぁがあんた等に迷惑かけてしもうたも同じじゃ跡はウチ等ぁ現役の極道にまかしときんしゃいや悪ぅよぅにゃせんけぇ…」
彼女は三人にそう諭すようにいうと正面から颯爽と安西伸二の車列に向かって歩いていくのだった。
「安西さんあんたじゃろ?裏からてぇまわして実の兄貴殺したんわ?」
彼女はそう言うと着ていたスーツの上着の下に巻いたショルダーホルスターからトカレフを出してセーフティロック解除後スライドを引き撃鉄を起こすのだった。
「ふん…誰かとおもやぁ風祭一家のじゃじゃ馬お嬢やないけぇそんな物騒なモン出してぇわしに何の用やねんな?わしは忙しいんやぁさっきからそこでこそけそしよる小童の片割れにウチとこの娘獲られてしもてなぁこれからその報復に東京乗り込むとこやねん…命惜しかったら邪魔せんこちゃ…んなの邪魔やぁはよぅいねやぁ」彼はそう言うと、何の躊躇いもなく自分の拳銃で眼前の洋子を至近距離から射殺すると彼の車列は物陰に潜む三人には目もくれず一路東京に向けて侵攻していくのだった。
「二代目ぇ!何であんな無茶な事を…」
康太が涙目になりながりそういったのは里緖、優弥の二人と撃たれた彼女の側に駆け寄った時だった。
「…い…一瞬でも叔父御をうたごうた…自分自身が…許せんかったんじゃ…お…叔父御は弟の伸二と娘の弥生の暴挙を止めたかったんじゃろうな…それよりあんた等ははよぉ東京戻りんしゃいや!ウチんことはほっといてくれたらえぇはよぉいきぃ!」彼女は最後に一際せえいっぱい大声で三人を鼓舞させるとまるで、子育てを終え全てに疲弊しながらも全てをやり終えた親鳥のように満足気な満面の笑みをたたえた穏やかな死に顔であった。風祭洋子享年三十五歳。胸部貫通銃創による出血多量により死亡。
そして、三人は優弥と里緖の乗ってきた車に洋子の遺体を乗せると優弥の判断から足早にその現場を離れ三人の車は東京方面へと急ぎ進路を進めるのだった。
しかし、東京へと急ぐ三人だったが途中このところの天神会の動きに警戒の手を強めていた大阪府警の特別警戒検問に掛かりしばしの足止めをよぎなくされてしまうはずだったが、優弥の根回しからその危機を脱するのだった。
「これだけ大阪府警が警戒を強めているという事は状況は全く芳しくないという事…とにかく急ぎましょう。二人のご両親の命が危ない!」
検問の危機を脱した三人。ここまで、常に沈着冷静に判断の下せていた彼だったがここにきて焦りの様相を呈していた。
「らしくねぇぜ…焦ったところでよこの危機的状況が変わる訳じゃねぇんだ…とにかく焦りは禁物だぜ優弥さん」
焦りからなのか、急に車の速度を上げる彼に康太が言った。
「そうだな…らしくない…か…わかった先輩の戦闘能力を信じよう」
幾分先ほどよりは冷静さを取り戻したように優弥がそう言ってタバコを燻らせたのは途中休憩に立ち寄った高速道路のサービスエリアだった。
そして、サービスエリアを出れば首都高速で完全に大阪府警の管轄外となるのだがここで事態は急変するのだった。
「まずいよ高速警ら隊の捜査員がこっちに来る…後部座席見られたらアウトだよ…」
一時の休憩をはさみ、ふたたびまた走り出そう時三人の乗る車に近寄ってくる高速警ら隊の捜査員を見て後部座席に洋子の遺体と乗る里緖が悲痛な声を発した。
「あれぇ…優弥君やん?」
捜査員が後少しで三人の乗る車に接触しようとした時だった、茶髪の若い女性が康太と運転を代わり助手席に乗る優弥に声をかけてきたのだった。そしてその若い女性は三人の車に近寄ろうとする捜査員を遠ざけると自分はそのまま三人の車に近寄ってくるのだった。
「大阪府警捜査二課暴力団係、係長の神楽亜梨沙警部やぁごめんやぁ今日ウチ非番やから身元および身分証明できるもんゆうたら名刺しかあれへんけどあんた等んことは事前に優弥君から連絡もうてたからこっから先はウチに任せたってやぁ皆上康太君とお姉ちゃんの里緖ちゃんやろ?」
その神楽亜梨沙と名乗る女性は大阪人独特のニュアンスでそう言うと三人の車から洋子の遺体を自分の車に載せ換えてくれるのだった。
「あ…ありがとうございます…失礼ですけど優弥さんとはどういう御関係なんですか?」最初はポカンとした状態で彼女の話しを聴いていた二人だったが同性で同じ女性の里緖には感ずるものがあったのだろう。里緖はあくまでも低姿勢に彼女に聞いた。
「ほんなぁおっかなびっくり話しかけんでえぇよ…ウチと優弥君は警察学校の同期やぁんでもって洋子さんはウチの高校時代の先輩やぁ…けど…さすが四課の夜叉姫なんて言われた深雪ちゃんのお子さんやわぁしっかりしてはるけどぉあの安西伸二ゆう男は要注意人物やでぇ日本全国の警察上層部にコネクションもってんねんせやから、ウチ等ぁもいっつも後一歩ゆうとこで逃げられてまうんやぁ…くやしぃけど上層部に泣きつかれたらウチ等ぁ下のモンは手ぇも足もだされへん…風祭一家の方へはウチが出向くさかい東京行った安西の事ぉよろしゅうたのんますぅ…」
最初は軽く語っていた彼女だったが、やはり彼女も里緖の瞳に何かを感じたのだろう。彼女の口調は次第に彼女の無念の思いを吐き出させていたのだった。
「亜梨沙さん…洋子さんの事…風祭一家のこれからの事…よろしくお願いします」
高速のサービスエリアを出て、首都高と山陽道に別れるジャンクションにさしかかった時自分達とは逆方面に向かう亜梨沙の車に里緖がそう声をかけるのだった。
その彼女の思いをのせた言葉自体は風圧にかき消されていたが、亜梨沙にはしっかりと届いていたのだろう。速度を上げ山陽道を疾走していく彼女の真っ赤なフェラーリディーノの運転席から彼女は高らかに親指を立てるのだった。




