十話俠客達の最後其の参
疾風怒濤編、一様これにて完結とさせて頂きます。
そして、あの惨劇の場所から深雪のマンションに戻った二人は互いに一度生まれたばかりの姿になり、更に一度だけ、激しく抱き合うのだった。互いに白地のパンツスーツに着替え、白鞘一振りと拳銃で武装した二人は、警視庁に出庁中の深雪に置き手紙を書き、彼女の部屋を後にまずは、怨敵栗浜悠介の要るであろう國龍会本部事務所へと向かうのだった。
一方その頃、ここ國龍会本部事務所ではこの悪だくみからの自分が國龍会五代目に就任したと確信した栗浜悠介が東京都県内外より直参傘下組織の顧問組長を呼び寄せ彼の就任祝いの宴が盛大に催されようとしていた。そこには多くの警察官僚達も招かれており、國龍会本部事務所前はものすごい人数の警察官達によって厳重で尚かつ難攻不落の警備体制がとられていたのだった。
「ったくよぉ、どうなっちまってるんだ?日本の警察は……」
本部事務所近くの雑居ビルが並ぶ一角に二人は軽のワゴン車を停め本部事務所の様子を伺っていた。
「それだけ、あのクズ男に買収されたクズ官僚ばっかりってことじゃない」
車のシートを倒して事務所の様子を見る里緒と康太の二人、事務所前後を警護する警察官達の多さに康太が驚きの声を漏らしたのに対して里緒の方は至って冷静に応える。彼女の頭脳は、安全かつ安心して忍び込め脱出できるルートを頭フル回転状態で考えてはいたが、いくら頭脳明晰の彼女でも、中々明確な答えが導き出せずにいた。
「ま、いくら頭の気転がきくおめぇでもこの警官の数だ。楽に安全ルートで進入脱出経路を探ろうとしても、無理があるんじゃねぇか?ま、こんな事もあろうかと思ってよ。母さんに内密に用意しといてもらったぜ。警官の制服。おめぇが俺の上官で警部補。俺はその部下の巡査長っていう設定らしい。けどそうすりゃああれこれ考えなくても楽に行動できんだろ?」
彼はそう言うと満面の笑みで思案にくれる里緒を見た。
「……やっばり、それっかないかぁ。あんた最近結構冴えてんじゃん……やっぱり、大きなものなんだね。お母さんの存在って。」
彼女が意味深な応えを返した所で二人は軽ワゴン車の後部座席に移動すると警官の制服に着替えて車を離れるのだった。
「新宿南署捜査二課より四課所属の信楽深雪警視から応援要請を受けて参りました、金森和美警部補であります」
彼女は偽名を名乗ると建物の外側を警護する捜査四課の刑事に声をかけるのだった。
「ご苦労さまです。警視の方からお話は伺っております。四課所属信楽和哉巡査長であります。」
里緒が偽名を名乗ったその刑事はそういうと二人に敬礼後何の違和感無く二人を非常線の中へと案内するのだった。しかし、ここで二人の方があまりにもすんなりと敵の懐に潜り込めた事に違和感を感じたのだがそれは二人の思い過ごしだったと二人は彼に通された四課の仮捜査本部に着いて思った。
「康太、里緒。今までいろいろと迷惑かけたわね。これでやっと終わりにできるわ。けど、一つだけ二人との約束で守れなかった事があるの…里中弘二元巡査長と浅香瑞樹警部はあたしが気づく前にあの女に抹殺されていたわ。瀬戸内真理子主席監察官にね……けど、その後彼女も昨日依願退職して今は音信不通の行方不明よ。それにもう一つ訃報よ。七年前の康太も関わってたあの内部抗争事件、あの件の首謀者の一人として十五年の実刑が確定して広島刑務所に服役中だった三代目新宿國龍会系飛炎会初代会長露木浩行氏も何者かに毒殺されたらしいわ……」
二人の入室直後そう口火を切ったのは警視庁組織犯罪対策部捜査四課警視で課長の四課の夜叉姫こと信楽深雪だった。
「まさか…あのヒロさんまで獲られたとはな…」
彼、信楽康太は憂鬱気に眉を顰め問わず語らずに呟くのだった。
「康太…感傷に浸るのは全て終わっからになさい。この捜査四課仮設捜査本部はあたし達の父親、つまり、警察庁参事官信楽凌矢が極秘に設置した特設チームよ。ここに集まる刑事達のほとんどが、ここまであなた達を案内してくれた。信楽和哉巡査長の声がけで集まってくれた。あたし達の仲間なの。この後二人は、銀座の会員制のクラブで、パーティーの二次会と称して極秘に会食をするはずよ。全ての決行はその時ね。あたし達四課の最前線に立つ刑事には逮捕状も捜査令状も必要無いわ。あるのは、対象者への死の制裁あるのみよ!」
物思いにふける康太に、優しくかつ力強くそう助言したのは彼の産みの親であり、里緒の義母。そして信楽和哉巡査長の妹でもある四課の夜叉姫こと信楽深雪警視だった。
「わかったよ……母さん。じゃなくて、了解しました!信楽深雪管理官指示をお願い致します!」
彼はそう言うと姿勢を正して彼女に敬礼するのだった。
「わかったわ、康太と里緒はあたしと一緒に来て。本丸を一気に攻め落とすわよ!
それから信楽和哉巡査長は捜査員を何人か連れて瀬戸内主席監察官の行方を追ってください。それとこれは……後で信楽参事官にお伝えください。育ちが悪く不出来な娘ですみませんでしたということと、生きて戻れたならば、必ず親子そろって出頭しますと重ねてお伝えください。」
最初は凛と張り詰めた彼女の声音が最後だけ少し弱くなるのだった。
「ばぁか!そんな事親父に言えるかよ。俺は確かに信楽家の長男だぜ。けどよ、出来不出来っていうんなら一目瞭然だ。そんな出来るあんた等親子を出頭させたなんてなったらよ……それこそ俺の方が左遷モノだちゅうの……くたばんじゃねぇぞ深雪、康太、それから里緒。俺等四人は誰がなんて言おうがよ、本物以上の家族なんだからよ。信楽和哉巡査長!仰せつかった職務遂行に行って参ります!」
彼、信楽和哉はそう言って彼女に敬礼すると真っ先にその部屋を出ていくのだった。
「それじゃあ逝くわよ!康太!里緒!」
彼女のその号令が合図だった。三人は私服に着替え拳銃と小太刀で武装してその部屋を出ると、ここまで康太と里緒が乗って来た軽のワゴン車に乗り込むと康太の運転で車は新宿から銀座方面に向けて裏道を疾走していくのだった。
「母さん…里緒ちっとだけ遠回りすんぞ。あの新宿の事務所出てからずーっと一台付けてきやがる車がいんだよな……大事前にしての余計なトラブルは避けてぇからよ。ちっと何かに掴まっててくれよ」
移動中の車内、彼信楽康太は同乗する母親の深雪と義姉の間柄になった信楽里緒に口早に説明しながらも、自分達の車の後ろをつきつはなれず尾行してくる一台のステーションワゴンをルームミラーの端にとらえながら一つ目の角を急ハンドルで曲がるのだった。
しかし、後方の追跡者は彼のその直感的判断を見透かしたかのように平然と三人との間隔を一定に保ちながら追尾してくるのだった。そして、三人の車が細い裏道から片側二車線の幹線道路に出ようころ三人の車は前後の車輌によってその細い裏道に閉じ込められる形になるのだった。
「ちっ……何てことだよ。大事の前にトラブルは避けてぇとか思ったけどよぉ。奴さんそうはさせてくれねぇみてぇだな」
前にも後ろにも進めなくなった三人、行く手を阻んだのがかつて彼が両手を斬り落とした矢吹美奈子だとわかり徐々に好戦的感情になる康太だったが彼のその感情は助手席に乗る里緒ゲンコツパンチで抑えられ、殴られた頭を押さえ涙目に里緒を睨んだ。
「ってぇなぁあ……あんでおめぇはすぐそうやってどつくんだよぉお……」
「あ、そんなに痛かった?ごめん、ごめん。ってそんなの決まってんじゃん、あんたってさぁあ、何でそんな直情バカなわけぇ。トラブル避けたいとか言っといて、直ぐに相手の挑発まともにのっちゃうんだから……ここはあたしにいい考えがあるからはい、このままゴー!」
彼のその直ぐに好戦モードになる性格を長年見てきている里緒ならではの応えだったのだろう。涙目になり少し剥れた表情になりながらも彼女の指示どおり彼は車を前方の道を塞ぐ形に停まる相手車輌めがけて急発進するのだった。そして、彼の猛チャージで歩道を飛び越えあわや幹線道路での大事故になりかねないところで道を塞ぐ車輌は停まるのだった。
「ちょっとちょっとぉ何て事してくれんのよぉお」
街路灯にぶつかり大破しかけた車輌から両手を義手に変えた一人の女が車外に出て何やら喚いていたが、彼女は直ぐに静かになり、そして生気を無くしたようにその場にしゃがみ込むように倒れるのだった。自分の眉間から放射状に噴き出す血の海にその身を委ねて。
「ったく……しつこい女なんだから……」
彼女、信楽里緒はぶつぶつと独り言のように言いながら、ピアノ線を結んで投げたスローイングナイフを回収してナイフだけを上着の下に巻いたナイフサックに戻しているところだった。
しかし、次の瞬間彼女もまた、後部座席に座る義母信楽深雪に脳天直下のゲンコツをもらい助手席にて涙目になりながら頭を抑えていた。
「いったぁい……あうぅ……何であたしも」
彼女は叩かれた自分の頭をさすりながら、後部座席で怒る義母の姿を車のルームミラー越しに恨めし気に見るのだった。
「まったくもう、何であたしの子供達はこんなにも直情バカばっかなの!少しはあたしの立場も考えてぇ……車は大事故スレスレだし、いくら恨んでたからってさぁ白昼堂々人殺す?普通だったら絶対しないし、絶対やっちゃいけない事でしょ?」
涙目にミラー越しの深雪を恨めし気に見る里緒に義母信楽深雪が頭を抱えて言った。
「……」
それは、あんたの子供だからだろ。俺も、里緒も、四課の夜叉姫なんて言われた冷酷非情の女刑事の子供だぜ。里緒と深雪のやり取りを見ながら彼は、すんでのとこまで出かかったその言葉を飲み込むとただ、無言で車を走らせるのだった。
「葛城さん、わたし達の関係もそろそろ潮時かもしれません。あなたの周りに居た四人の女の内松宮恵梨香と矢吹美奈子この二が変に暴走してくれたせいで、わたし達の関係がマスコミに知られるのも時間の問題でしょうねぇ……それ以前に今おそらくこちらに向かっているであろう一番厄介な三人がわたし達を逮捕するではなく……間違いなくわたし達を殺すために先に襲ってくるでしょうな。わたしはまだ、捕まる訳にも、ましてや殺される訳にもいかんのですよ……申し訳ありませんが……二人の関係は本日たった今をもって終わりにさせて頂きます。あなたがここで死んでいれば当然マスコミの目はあなたの死とそれを目撃した例の三人に向く……わたしは無事、とりあえずタイのバンコクにでも身を潜めるってぇえ筋書きを創らせてもらったんでねぇ。死ね!このクソ豚野郎……」
彼、栗浜悠介は最後まで表情一つ崩さずにそう言うと上着の下に巻いたホルスターから大型のオートマチック拳銃にサイレンサーを付けた物を抜くと、顔色一つ変えずトリガーに掛ける指先に力を込めるのだった。
「おのれ栗浜ぁこの後に及んでわたしを裏切り自分一人だけ逃げるつもりかぁあ……そんな事は……ぜ……絶対……さ……させんからな……」
それが彼の最後だった。栗浜と組んで悪の限りを尽くした現役の警視総監葛城隆三は栗浜悠介の放った四発の銃弾を身体の中心にまともに受けその場で血の海に沈むのだった。そして栗浜は、葛城隆三の携帯電話を出すと自分の指紋が残らぬよう準備していた黒皮の手袋をはめありきたりな遺書を偽装すると自分の指紋を拭き取った先ほどの大型拳銃を葛城の手に握らせ彼の自殺と他殺の両面から偽証してまんまと逃走を図るのだった。
「やってくれたわね……けど、奴もまだそんな遠くには逃げていないはず。奴の術中にはまる前に奴を追うわよ!康太!里緒!」
彼女がそう言ったのは三人で現場に突入後血の海にその身を委ねる現役警視総監葛城隆三の、自殺、他殺の両面から偽証された遺体を見た時だった。
「おそらく奴は、オヤジやヒロさんも同じ手口で手に掛けてるはずだ。てなると、次に奴が海外逃亡前にどうしても始末しておきたい人間、つまり次に奴に狙われるのは未だ消息不明の瀬戸内主席監察官だ」
康太がそう口火を切ったのは、あの惨憺たる現場を所管の刑事達に任せ、先ほど捜査本部で別れた信楽和哉巡査長のところに急いでいるときだった。




