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一話再会



 一話 再会

 そして、七年後。二十二歳で東京の府中刑務所を出所した康太は、派手な出迎えは避けるように二人に頼んだため、彼の出迎えにきたのはたった一人の女性だった。彼女の名は一ノ瀬里緒。康太が愚連隊をしていた頃から付き合いのある女性である。


「康太。お務め、お疲れ様です」


 彼女がそう彼に声をかけたのは、康太が刑務所の門を外に出た時だった。


「おぉ……出迎えは誰もいらねぇって、兄ぃにいっといたんだけどな。おめぇだきゃあ来たってわけか……」


 彼女の出迎えに、彼はあまり嬉しそうな顔はせずぶっきらぼうにそういった。


「ふぅん……あんたっていっつもそう。ちっとは嬉しそうな顔しなって。せっかく姉代わりで、あんたの嫁でもあるあたしだけでもって、迎えにきてあげたのにさぁ……」


 白いパンタロンにスカイブルーのジャケットを羽織り、赤いパンプスにショルダーバッグを肩に掛けた彼女が拗ねたようにぼやいた。


「ったくよぉ。拗ねんなよ里緒ぉ…ありがとな。迎えにきてくれてよ」


 そういって康太は拗ねる彼女の肩をそっと抱いた。


「ふふふ……あんたってほんとわかんない子だねぇ。優しいんだか優しくないんだか……とりあえず帰ろう。弘二さんが、あんたの出所祝いに、シマ内に店を一つもたせてやるって……でもって今日はそのお店であんたの出所パーティーするんだって。はりきってたわよ……また、戻るの? 極道の世界に?」



 嬉しそうにしながらも、語尾を濁すかたちで里緒がいった。


「へぇえ、兄ぃも洒落たことしてくれんじゃん……里緒、安心しろや。本日たった今から俺、皆上康太は極道稼業から引退すっからよ……まぁ、俺としてもこれ以上おめぇに心配かけたくねぇからよ……」


 彼、皆上康太はそういうと里緒の運転する車の助手席で煙草を燻らせていた。


「ありがとう……康太」


 彼のその恩にきせぬ優しさがよほど嬉しかったのか、車を走らせる彼女からかぼそい声が返ってきたのだった。


「ふ……あんだよ里緒ぉ。おめぇ泣いてんのか?」


 自分の隣で急にかぼそい声色になった里緒を気づかって、彼が聞いた。


「ばーか……冗談いわないで。何であたしがあんたの一言に涙するわけぇ……ただ目にゴミが入っただけよ」


 彼女はうそぶいてジャケットの袖で目のふちをゴシゴシと拭く。そして、わざとらしく似合いもしないのに、助手席に座る康太から、彼のかけていたレイバンのサングラスを奪いとるようにしてかけるのだった。そして程なくしたころ彼女の車は、新宿、歌舞伎町近くの地下駐車場へと着くのだった。車を降り地上まで出た二人は、手をつなぐと夕暮れ迫る歌舞伎町へと歩みを進めた。先程の地下駐車場から十分後。歌舞伎町の中程にある、若い衆がひっきりなしに出入りする、一軒のショットバーの前へときていた。


「康太兄ぃ、里緒姐さん。お帰りなさいやし。康太兄ぃ七年のお務めご苦労さまでしたぁ」


 そういって店の前まで来た二人を出迎えてくれたのは、康太の愚連隊時代の仲間で、今は新宿國龍会の二次団体として弘二が興した龍神会幹部組員となった平木栄二だった。


「おぉ、栄二か? スーツ決まりすぎててよ、誰かわかんなかったぜ。ちゃあんと可愛がってもらってたんだな弘二兄ぃによ。ところで、兄ぃはまだ来てねぇのか? おめぇ等だけで」


 彼、皆上康太がそういったのは、栄二達が店内のディスプレイをセッティングし終えた時だった。


「もうまもなく見えるはずっすよ。兄ぃ達の着くほんの二、三分前に俺の携帯に連絡あったっすから」


 弘二の動向をきく康太に彼はそういうと煙草をくわえた彼に火を点けるのだった。そして、談笑して待つこと十分ほどした頃、店の前に黒塗りフルスモークのジャガーが停車する。康太を含めた一同は店の前に、花道をつくり、若頭に就任した弘二と、その彼女瀬戸内真理子の二人と、國龍会の四代目会長に就任した平岩康介が出てきたので、声を張って出迎えるのだった。


「康太ぁ、七年の務め大義じゃったのう。わしが今こうして四代目になれたのも、おまえや弘二の助力あってのことじゃ。感謝しとるぞ。ほれ、今夜の主役はおまえじゃろうがぁ? そう、いつまでも頭下げとらんでえぇ。おおいに呑んで騒げや」


 会長平岩康介の前で、感謝の念に頭を下げ続ける康太に、平岩康介は康太の労をねぎらうように声をかけた。


「ありがとうございます。会長……」


 彼は顔を上げると、流れ出る涙もそのままに、第四代新宿國龍会会長の平岩康介の手をしっかりと握りしめるのだった。

 そして程なくしたころ、康太の出所祝いの宴が始まるのだった。弘二の内妻真理子の計らいで自分の経営するクラブから女の子を数人連れてきており、彼女達が各テーブルを回り代わる代わる酌をしていってくれた。


「康太ぁほんとご苦労だったな。ところでよ、おまえの引退についてなんだが……今一度考えなおしちゃくれねぇか? おまえの里緒に心配かけたくねぇ気持ちもわからなくもねぇ……だが、今の俺達にはまだおまえの力が必要なんだ。何とか、このとおりだ。頼む」


 彼、里中弘二がそういって頭を下げたのは、宴の席で康太、里緒の二人と差し向かいに酒を酌み交わしているときだった。


「兄ぃ頭ぁあげてくださいや。その件に関しては……今一度里緒と話しあってみます。あいつは元々ヤクザ者に人生台無しにされて生きてきた女でしてね。俺との付き合いだってよく了承してくれたって思ってんですよね。すんません……兄ぃ! 組ぃ戻るのだけは勘弁してもらえんでしょうか」


 彼は、そういうと自分の右隣に座る栄二のスーツの内ポケットから匕首を出すと、テーブルに置いた自分の左手小指を、右手に持った匕首で切り落とそうとした。その刹那。弘二の体当たりが彼より肩ふたつほど体格差のある康太を店の出入口付近まで弾き飛ばしていた。


「馬鹿野郎! んなくだらねぇことで指なんか飛ばすんじゃねぇ! わかったよ。おめぇの侠気はよぉ……その変わりといっちゃあなんだけどよ。この店をおめぇと里緒に任せる。二人で力合わせてこの界隈で一等流行る店にしてみろや」


 小指を切り落とそうとした康太を突き飛ばし、里中弘二は涙ながらに彼を説得するのだった。

「兄ぃ……すんません……」


 彼はそういうと、座りこんだまま泣き崩れた。

 それから数ヶ月後。康太と里緒の商う店は客の絶えない人気店になっていたのだった。そしてこれがまた妙なもので、いつしか康太と里緒の商う店はガールズバー状態になっており、カウンター越しにシェイカーを振る里緒に憧れて店を訪れる客の大半が女性だったのである。


「お? えらく流行ってんじゃねぇか康太ぁ里緒ぉ。景気は上々ってとこだな」


 店内にひしめく女性客の波を避け、そういって来店したのは弘二と真理子の二人だった。


「兄ぃ、真理子姐さん。お二人ともお忙しい身なのにご来店ありがとうございます」


 ひしめく女性客の対応に追われる里緒を横に見て、康太はそういうと柔和な顔で二人の前にバーボンのロックを出すのだった。


「康太。あんた数ヶ月前と思うとかなり顔が穏やかになったねぇ……それにしても、すごいね。里緒ちゃん。バーテンの資格もってたんだ……あたしもさっそくなんか一杯つくってもらおっと」


 彼女はそういうと康太と里緒二人の顔を交互に見て、満面の笑みを浮かべた後、カウンター前に並んでいる女性客の最後尾に並んだのだった。そして程なくしたころ、一杯のカクテルを片手に来店客と気さくに話しこむ彼女を、弘二も康太も里緒も優しい顔で見守りながら彼等三人もまた、バーボン片手に盛り上がっていたのだった。

 それからしばらくしたころ。里中弘二のスーツの内ポケットでマナーモードにした携帯が着信を報せてブーブーと震えてなった。

【おぉ、俺だ】


 彼がそういって電話に出たのは、カウンター席を立ち店の外へ出たときだった。電話は事務所で電話番をしていた平木栄二からだった。電話の内容は真理子の経営するクラブで、七年前に敗走したはずの露木一派の残党が暴れているというものだった。


【わかった。事の始末はおめぇに任せる。俺もすぐ向かうから、おめぇ等は先に行っててくれ】


 彼はそういうと栄二の言葉に

 二度三度頷くと電話を切り、また店内へと戻ってくるのだった。


「なんかあったんすか? 兄ぃ。戻ってきてから顔色悪いっすよ」


 眉間にシワを寄せ思案にくれた様相で店内に戻ってきた彼に、ただならぬ事がおきたことを店内にいる誰よりも先に感じとり、そう声をかけたのは康太だった。


「ああ……ちっとばっかし胸クソ悪い話しぃ聞いちまってなぁ……っと。これ以上は身内の問題だ。カタギにもどったおめぇに詳しくは話せねぇが……康太、悪いが真理子を頼む。ちっとばっかし野暮用が出来ちまってなぁ」


 彼はその重苦しい様相のまま店の喧騒を抜けて、店裏に待機させていた舎弟の車に乗り込むと真理子の店へと向かわせるのだった。

 一方。弘二よりも先に真理子のクラブに着いた平木栄二を筆頭にした先見討伐隊だったが、店内での騒ぎは既に終息していた。騒ぎを起こしたチンピラ達はひとまとめにされ、店中央の柱に縛りつけられていたのだった。


「やっぱ来てくれたんやぁ。こんなぁら弘二んとこの若い衆じゃろ。流石ゆうべきかいねぇ……あ、うちの自己紹介まだじゃったね。この度ぃ先代の父親から二代目を襲名した広島炎龍会系、風祭一家総長の風祭洋子ゆうもんじゃ。襲名披露もかねて旧友を訪ねてきたんじゃが、出払っとるゆうからの。んじゃ、しばらく待たしてもらおかぁゆうておったやさきに、この騒ぎじゃ……けど。あの子ええ極道になりよったじゃね」


 その風祭洋子と名乗る大柄な女性は、満面の笑みを浮かべると、柱に縛りつけていた六人ほどのチンピラを栄二達に引き渡してくれるのだった。


「おやっさんから話は伺っております。ご造作おかけしました。てまえは、平木栄二という愚連隊上がりの新参者でござんす。以後お見知りおきを」


 彼はそういって引き渡されたチンピラ達を引っ張って真理子の店を出るのだった。

 そして、暴れもがくチンピラ達をおとなしくさせながら店の入るビルの踊り場付近で急遽駆けつけた弘二と合流するのだった。


「おやっさん……風祭の二代目が姐さんを訪ねて来られたみたいで、助けていただきました。対応遅れて申し訳ありません!」


 彼はやっとおとなしくなったチンピラ達を自分の舎弟に預け、駆けつけた弘二に詫びを入れた。


「そうか……大輔、洋治おまえ等はこのままこいつら事務所連れ帰って、今回の騒ぎの始終。洗いざらい締め上げてでも吐かせろ。それから栄二。おまえは俺と一緒に来い。風祭の二代目には改めて礼をいわねぇとな」


 彼里中弘二がそういったのは、ビルの踊り場から自分達の乗ってきた車を停めた駐車場に着いたときだった。


「うっす! けど兄ぃ若頭の警護お一人で大丈夫っすか? こいつら連れ帰って締め上げてネタ吐かせるくらいは俺一人でもいけるんで、洋治の奴もそちらに付いて行かせた方が無難じゃないっすか? 兄ぃや若頭に万が一の事でもあったら俺。勇退された康太兄ぃに顔向けできねぇっすよ」


 それぞれの目的に動き出そう頃、平松大輔が心配そうに提言するのだった。


「大輔、おめぇ昔っから優しいんだな。けど、今はおやっさんの指示に従うのが俺達の道理ってもんだ……俺の心配よりおやっさんに言われた事を、おめぇと洋治で全うしろや」

 自分達よりも弘二と栄二の動向を心配してくれる、平松大輔を優しく説き伏せる栄二だった。


「栄二……改めてすまなかったな。康太の兄弟が大事に育てて来たおまえ等を、俺達の世界にひきずりこんじまってな……」


 里中弘二がそういったのは大輔達の車を見送り、康太と里緒の店にいる真理子に電話をかけた後。再び真理子の店にもどるために歩き始めた時だった。


「おやっさん……何言ってんですか……俺達は皆上康太という一人の男の溢れる侠気に惚れた。その男がさらに男と認めた弘二さん。俺達はそんな二人の男にこの命尽きるまで付いて行くだけっすよ」


 彼、平木栄二はそういうと弘二に特上の笑みを見せるのだった。


「嬉しい事言ってくれるなぁ……これ以降もまた、よろしく頼むぜ。龍神会若頭」


 弘二がそういって栄二の肩をポンとたたいとき、二人は真理子の経営するクラブに再度来店するのだった。


「二人とも男同士の熱い語らいは終わった? あの後康太が気ぃきかしてくれてね。あたしのほうは何ら問題無くここまで来れたよ。けど……悪い報せも一つある。事務所に向かわせた大輔と洋治の二人が連れ帰ろうとしていた六人に返り討ちにあってね。大輔は至近距離から眉間を一発即死だったって……それとあたしのいた康太と里緒の店に報せに来てくれた洋治も三カ所ほど刺されてて……その一カ所の傷が急所に達する致命傷でね……彼も……そこで命尽きたよ。で、今逃げた六人をあたしをここまで送ってくれた康太が追ってる」


 彼女、瀬戸内真理子がそういったのは、自分の店に戻って旧友、風祭洋子と談笑していたときだった。








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― 新着の感想 ―
[一言]  ザッツ昭和❗  昭和の匂いがする作品ですね❗  しかし、ヤーサンの世界に詳しいんですね。  きっと凄くお好きなんでしょうね。  きっとなろうでは凄く珍しいジャンルじゃないでしょうか。  …
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