婚約破棄
「聖女アデル…!いや、聖女ではないな。私のかわいいラピーヌを傷つけるとは!お前との婚約は破棄させてもらおう!」
王室主宰の舞踏会。
私はまさに群衆の注目を浴びている。
「恐れながら殿下。なんのことかわかりかねます」
私は勇気をふりしぼって訪ねる。
かっては『王家の獅子』とも詩人たちに歌われた、金髪に碧眼の美貌だった王子は私をにらむ。
「まだとぼける気か!見ろ、このラピーヌの腕を!」
王子に寄り添う黒髪の可憐な令嬢は手袋を脱いだ。肘あたりに黄色の内出血があった。
「3日前に階段から突き落としただろう!」
「さらに一ヶ月にわたって不幸の手紙を…」
「あるときは庭のラピーヌに水をかけたな!」
王子の口は止まらない。口角に泡がついている。
でぷりと肥えた体を揺らし、私を責め立てる。
「すべて身に覚えはありませぬが、殿下のお望みとあらば承諾いたします。それでは失礼いたします」
私はドレスをつまんで一礼した。
「そのまま行かせるか!聖女剥奪の上、お前は国家追放だ!」
王子の一声に衛兵が私を囲む。
ああ、なぜ今日は国王陛下ご夫妻は不在なのだろう。
公爵である私の父も領地にいるのだろう。
味方は誰もいない。
私はおとなしく従った。
「申し訳ありません。聖女様…」
衛兵隊長は小声でささやくと私を後ろ手で縛った。
「連れていけ!魔物の森へ捨て置け!」
周囲にざわめきがはしった。
私は体から血の気がひくのを感じた。
魔物の森…、あそこに行って帰ってきたものはいない。
「恐れながら殿下、それはあんまりでは…」
衛兵隊長が進言してくれる。
しかし、激昂した王子の耳には届かない。
「さらばだ、アデル。最後の情けでお前の家の責までは問わない。感謝するのだな!」
私は声をふりしぼった。
「私はやっておりません…」
ふと殿下の横を見ると子爵令嬢ラピーヌの笑いをこらえる顔が見えた。
そういうことか…。
こうして私はそのまま何も持たされず魔物の森に棄てられた。