五話 目覚め
…夢を見ていた。
ふわふわと意識が朦朧として体が浮くような感覚がある。
俺があの森に落ちる前にも確かこんなことがあった。
(また死んじまったのか?)
ふと赤い塊が俺の方に飛んでくる。
ぶつかる、と思いきや水に溶けるように俺の体に入ってきた。
あの時も確かこんなことがあった。
だが前とは違いその赤い塊が全て吸い込まれた途端、俺の体から膨大なエネルギーが溢れてきた。
まるで今まで抑えられていたものが解き放たれたかのように・・・
その流れの勢いに押されるように意識が引っ張られていく。
◇◇◇
「・・・ん〜」
なんか眩しい
ここは何処だ?
ふかふかであったかい・・・?
「はっ!」
つい飛び起きてしまった。
見知らぬ天井、ふかふかのベッド、ここは俺の部屋じゃない
何処かのお城の一室のような、煌びやかな部屋
俺が状況の理解に追いつかず、キョロキョロと周りの様子を確認していると・・・
ガチャリ、とドアが開き額から角の生えた綺麗な女性が現れた。
「あら、お目覚めになったのですね。レア様を呼びますので少々お待ちください。」
開口一番にそう言って部屋から出て行ってしまった。
「あ、ちょっと待っ・・・」
我に返って引き止める声を出した時には、彼女は部屋から出た後だった。
・・・・待つこと数分…
「おはよう。体の調子はどうだ?」
そう言いながら俺を助けてくれた少女が姿を見せた。
後ろにはさっきの女性とリヴェルと呼んでいた青年が立っている。
「おかげさまで前より調子が良いくらいだ」
そう答えれば彼女はクスッと笑って、
「それは良かった。何日も目を覚まさないから失敗したんじゃないかと心配したよ」
「何日も・・・?」
「ああ。3日くらいだな」
(結構寝てたんだな…)
「それで・・ここは何処なんだ?」
「私の屋敷だよ。あの森からはかなり離れた場所にある。」
あの森の近くじゃないことにひとまず安心する。
「色々世話になっちまったな…」
「気にするな」
彼女は軽く返してくれるが女の子に助けられるってのも男としてちょっとカッコ悪い気がしてきた。
「まぁ互いにいろいろ聞きたいこともあるだろうがひとまず、食事にでもしないか?」
有り難い申し出だ。あの森ではほとんど食事を取っていなかったからな。
「ああ、たの・・・」
グギュルル〜という大きなお腹の音で俺の声は遮られた。
「ふふっ、だいぶ空腹のようだな。食事はたくさんあるから安心してくれ」
「・・・ぁ・・う」
この時の俺は、きっと耳まで真っ赤になっていただろう。
***
俺はレアと呼ばれている女の子に案内され食事をするという部屋に行った。
なんというか、もう豪邸だった。
(めっちゃ広い・・)
途中の廊下も豪華だったが、案内された部屋はさらに煌びやかだった。
所々に花などの植物もあり、とても美しい。
何処かの宮殿のようで落ち着かないが、勧められるがままに席に着いた。
リヴェルはずっとレアの後ろについて行っている。
なんかボディーガードか執事みたいだ。
既にテーブルには、食事が置かれてあった。
全てが高級レストランのメニューのように美味しそうだ。
「シュラ、リアラ、クロエ、食事にするぞ!」
席に着いた後、彼女はいきなり大きな声で誰かの名前を呼んだ。
こんな広い場所で聞こえるのかなと、俺が疑問に思っていると・・
「待ってました!今日はいつもより頑張ったから腹が減ってたんだ!」
誰もいなかったはずの場所に突然人が現れた。
いや、人というのも正しくない気がする。
長身で筋肉隆々、淡い褐色がかかった肌に額には角が生えている。
なんというか
(めっちゃ強そう・・)
突然現れ、大声で空腹宣言をしたソイツは意気揚々とした感じで食事の席に着いた。
「あれ・・?手前誰だ?」
椅子に座り、ようやく俺の存在に気づいたようだ。
「少し前に説明しただろう。もう忘れたのか?」
呆れたような声がかかる
「・・・あ〜〜、いや大丈夫、覚えてる覚えてる。」
これ絶対覚えてないやつだ。
「何が大丈夫ですか!絶対忘れているでしょう。いつも適当なことばっかり言って、全くもう・・・」
背後から声がして振り返れば、また音もなく人が現れていた。
「あ、さっきの・・・」
そう、先程俺が目を覚ました時に部屋に入ってきた人だ。
彼女は軽く会釈してさっきの筋肉男の横の席に座った。
席に着いてからも二人でボソボソと言い争っている。
「もう少し待ってくれ、もうひと」
レアが俺にかけた言葉は、バキバキッという鈍い音にかき消される。
ドアが突き破られて人が現れた
比喩ではない、ドアが無残にぶち壊されていた。
「メシだ!メシーーー!腹減ったぜー!」
豪快な登場と男口調とは裏腹に、黒目黒髪の美女がドヤ顔で部屋の入り口に立っていた。
「「「・・・・・・」」」
部屋が静まり返る。
「〜〜〜ク〜ロ〜エーー!!!」
「ひぇっ」
静寂を破ったのは、レアの怒鳴り声。
空気が震えている。怒り心頭のご様子だ。
「あれほど、あれほどドアは開けて入れと言っただろうが!!まずまずどうして部屋の中に転移してこないんだ!!」
「レア様もクロエ様のことを言える立場ではないと思いますが・・」
ボソリとレアの後ろに控えていたリヴェルが言葉を漏らす。
「なんか言ったかい?」
「いえ、何も」
ゆっくりとレアは、クロエと呼んでいた女性を振り返ってニッコリと笑った。
いや正確には目が笑っていない。
「お前は3日間ご飯抜きな」
そう冷たく言い放った。
「え〜〜〜!!嘘でしょ!軽い冗談だってば、3日も食えなきゃ私死んじゃうよ?」
女性は急に女の子口調になり、必死に懇願しだした。
「なら、さっさとドアを直して黙って席に着け」
「イエッサー!!」
威勢のいい返事をしてドアを振り返る
「時間逆行」
みるみるうちにドアが元の形戻っていく。破片と破片がまるで磁石にくっつくように合わさり、ビデオの逆再生を見るように完全に元の形に戻った。
クロエと呼ばれた女性は何事もなかったように席に座った。
「ん?こいつ誰だ・・・?レアの匂いがするな」
(お前も今気づいたのかよ!つーか匂いってなんだ)
「お前にも説明したはずなんだがな・・・・。3日前、マンエットの森で助けた人間だといっただろう。」
「人間?そんなの覚えてらんないよ。でも匂いがするってことは、血を飲ませたのか?」
「まぁそういうことだ。」
「レアのお人好しは相変わらずだね〜 でもレアの血を飲んで適合出来るなんでお前運がいいんだな。」
最後は俺に向けられた言葉だったらしい。
話を聞いているに俺はかなり運が良かったらしい。
「リヴェルもそろそろ席に着きな」
「かしこまりました」
レアの言葉でリヴェルが座り、これで全員が席に着いた。
位置関係的には俺とレアが向かい合い、シュラとリアラ、リヴェルとクロエが隣り合っている状態である。
「みんな空腹のようだし、食べ始めるとするか」
その言葉を皮切りに待っていましたと言わんばかりに、シュラとクロエが食べ始める。
「君も食べていいぞ。・・そういえば名前をまだ聞いていなかったな、教えてもらっても構わないか?」
「ああ、俺の名前は健介、神谷健介だ」
そういいながらこの世界で自分の名前をいうのは初めてだなと今さら思う・・・
「ケンスケか。ではケンスケ、まずは食事を楽しんでくれ。」
「じゃあ、有り難く頂きます」
とはいうものの何から食べ始めようかと迷い、取り敢えずシチューのような見た目のものから食べてみた。
「うまっ・・」
思わずそう口にしてしまった。
白くとろみのあるスープに色々な野菜が入っていた。
味はとてもシチューに似ていたが、そこまでミルク感が強いわけでもなく野菜そのものの美味しさを引き立てているように感じた。
「うまいだろう。その野菜はうちの農園で栽培しているものでな。調理はリヴェルとリアラがしてくれているのだ。」
俺の反応を見たレアがどこか誇らしげに説明してくれた。
「農園?」
つい気になって口に出してしまった。
「ああ、ここでは野菜を含め色んな植物を栽培しているんだ。どれも丹精込めて作っているから他のものとは一味も二味も違うぞ。」
「ほぇー、凄いんだな」
本心からの言葉だ。前の世界でも農業はとても大変であり、かなり尊敬出来る。
そんな話をしながら、出されていた食事は全て食べ終わった。
数日ぶりのまともな食事だ。
しかも恐ろしくうまい。どれも空腹の胃に染み込んでいった。
◇◇◇
「さてと、だいたいみんな食べ終わったことだし、食後のお茶にでもしようか。色々聞きたいこともあるしな。」
レアがパチンッと指を鳴らせば机の上の皿が全て消え、代わりに湯気の立ち上る紅茶のようなものが現れた。
ちなみにクロエと呼ばれている女性はまだ一人で食べている。
とゆうか食べ終わるたびに新しい皿が彼女の前に現れている。
(どんだけ食べんだよ・・・)
軽く10人前は超えていた。
それは置いておくとしてレアはお茶を少し飲み口を開いた。
「ではでは、まずこちら側の自己紹介といこうか。」
「改めて、私はレア。レア・ユノシェスタだ。ここの最高責任者とでも思ってといてくれ」
最初にレアが自己紹介した。
外見は幼げだけれど、美しい真っ赤な髪と紫の瞳をしている。
「レアさん、でいいのか?」
最高責任者と言っていたから失礼があっては困る。命の恩人でもあるしな。
「レアでいいぞ。ケンスケは客人だしな」
呼び捨てでオッケーだった・・・
少女にしか見えないがここで一番偉いなんて凄いな。
「私はリアラといいます。レア様の元で働かせてもらっています。そこのシュラとは姉弟の関係です。」
「俺はシュラっていうんだ。姉貴と同じでここで働いている。よろしくな!」
お姉さんはおしとやかで、弟はやんちゃっていう感じの組み合わせだ。
「こちらこそよろしく」
しっかり挨拶は返す。社会人として当然だ。
この二人は揃って薄い翠の髪で、額の角が特徴的である。
「私はリヴェルと申します。前の二人と同じくここで働いています。」
リヴェルは知っている。あの森でレアが名前を呼んでいたからな。
銀色の髪と紅い瞳をしている。紅い瞳がピリピリとした雰囲気を漂わせている。
そして・・・
「むしゃむしゃむしゃ」
最後の一人はひたすら食事を食べている。
(本当によくそんな食えんな・・・)
「…クロエ」
レアが冷たい視線を彼女に送る。
「もごっ、ゴクン。はいはい、私はクロエでーす。レアのマブダチってところだな」
なんともまあ適当感溢れる自己紹介だ。だがクロエだけはレアの部下ではないらしい。
「まぁこいつは居候みたいなもんだ、気にしないでくれ」
「なっ、私だってちょっとぐらいは手伝ってるって・・・」
そう言い募っているクロエは黒眼黒髪で、顔立ちは西洋の外国人のような出で立ちだが、どことなく日本人に近い雰囲気を漂わせている。
「さて、こちらはほとんど自己紹介は済んだな。今顔を見せていないやつもいるんだが、先にケンスケのことを聞かせてもらっても構わないかな?」
全員の紹介が終わりレアが俺に問いかけた。
しかし俺には自己紹介の前に聞かなければならないことがある。
「一つ聞きたいんだ。ここには、この世界には、魔法が存在するのか?」
その場が一瞬静まり返った。
「ああ。もちろんだが、なぜそんなことを?」
少し困惑した様子でレアが答えた。
だがこれで確信がいった。
俺は次に繋ぐ言葉を思い浮かべ、軽く息を吸い込む。
そして覚悟を決めて口を開いた。
「なら俺は・・・別の世界から来たんだ。」
決死の告白・・・・!
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